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『海街diary』の情景は、音楽を通してどう表現されたか? 菅野よう子の劇伴から紐解く

2015年06月24日 15:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『海街 diary オリジナルサウンドトラック』

 6月13日から全国映画館で上映され、はやくも続編の制作を望む声が各所で挙がっている映画『海街diary』。同映画は、吉田秋生著の同名原作漫画を、『誰も知らない』や『奇跡』『そして父になる』など数々の名作ヒューマンドラマを描いてきた是枝裕和監督が作品化したものだ。


(参考:原作者の好み? 大人の事情? 映画主題歌はどうやって選ばれるのか


 作品では、主演の4姉妹を綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが務めるほか、豪華キャストが鎌倉を舞台に熱演。不在となった父が引き合わせた姉妹の絆と、それぞれの心の陰影を描きつつ、基本的には平和な日常風景を映し出したヒューマンドラマに仕上がっている。そして、この作品において重要なファクターのひとつを担っているのが、菅野よう子が手掛ける劇伴であろう。


 是枝は劇伴を決めるにあたり、最初に“四姉妹=四重奏”をイメージしたという。その旨を撮影現場で相談したところ、長澤から菅野の名前が挙がり、実際に菅野の楽曲である「モスリンマアチ」(連続テレビ小説『ごちそうさん』サントラCD『ゴチソウノォト』収録)を映像に重ねたところ、抜群の相性だったことから今回の起用が決定したそうだ。


 菅野は音楽作家として、これまでに数多くの名作を彩ってきたが、実写映画に楽曲を提供するというケースは、じつはアニメ作品ほど多くはない(といっても『下妻物語』や『ハチミツとクローバー』『シュアリー・サムデイ』など名作揃いではある)。ここでは、いわゆる“アニメ畑”の仕事以外における彼女の魅力を改めて紐解いていきたい。


 菅野がアニメ作品で見せる側面を語るとき、頻繁に挙げられるのが『マクロス』シリーズや『カウボーイビバップ』、『攻殻機動隊』だろう。菅野はこれらの作品で、スケールの大きなSFを、幾重にも積み上げられた壮大なオーケストラサウンドやコーラスを使って表現したり、スピード感のある活劇を、切れ味鋭いホーンセクションで描き出している。一方、ドラマを含む実写作品では、先述の『下妻物語』では奇想天外な物語をさらに盛り立てる劇伴を制作したり、『ハチミツとクローバー』ではブリティッシュ・テイストを感じさせるロック調の楽曲で、青春感を演出してみせるなど、どこかポップな側面が目立つのだ。


 彼女の多彩な作風について、かつて『ブレンパワード』シリーズや『ガンダム』シリーズでタッグを組んだ富野由悠季監督は「たいていの作曲家には、その人の色合いというものがある。だが、彼女にはそれがないのだ」と語ったことがある。菅野の楽曲は、自身の作家性を残しつつどこまでも作品に寄り添い、最適な形で受け手へ届けられる。そんな彼女の創作スタンスが、この富野の発言からも汲み取れるだろう。


 そんな菅野だが、近年の仕事では、実写・アニメの境界線を横断したような作品も存在する。それが先の連続テレビ小説『ごちそうさん』だ。同作では、アニメで多用していた壮大なオーケストラサウンドやストリングス・鍵盤・管楽器のアレンジを活かしながら、ただ作品を際立たせるだけではない、登場人物に寄り添った劇伴として機能させており、その絶妙な押し引きのバランス感覚は、サウンドトラック『ゴチソウノォト』を一聴すればはっきりとわかる。


 ここで話を『海街diary』に戻すと、先述の『ごちそうさん』で提示した“実写ドラマにおける菅野ようこのオリジナリティ”が、『海街diaryオリジナルサウンドトラック』で結実した、といえる。舞台は少し山形を経由しつつも、基本的には鎌倉で展開されており、海風吹く街と、四姉妹が暮らす古民家や行きつけの食堂、江ノ電のホームといった生活風景や、突然起こる小さな波乱によって生み出される心の揺らぎなどが、菅野の手掛ける楽曲の叙情性と見事にマッチしているのだ。作家生活も2016年で30周年イヤーに突入しようとしていながら、いまだ進化し続ける菅野の音楽性には、ただ感嘆するばかりである。


 補足だが、同作にはサウンドトラックのほかにも『海街イメージコンピレーション』なるものも存在する。こちらは藤巻亮太「旅立ちの日」や、つじあやの「忘れないで」、風味堂「泣きたくなる夜に」、kiroro「帰る場所」といった、どこか切なく儚い情景描写をテーマとした楽曲が収録されており、サウンドトラックでは描かれなかった“うた”としての『海街diary』を味わえるので、映画を鑑賞し終わったあとに聴き比べるのもまた一興だろう。(中村拓海)