「去年のレースでは見つけられなかったものを、今年は見つけることができたと思う」
ヨーロッパ・ラウンド3勝目を飾ったニコ・ロズベルグは、好調の理由をこんなふうに表現した。
「おかげで、ほんの少しレースをうまく進めることができる。今年の僕には、それがとても良い結果をもたらしている」
2015年のレースでつかんだこと──ロズベルグは具体的な説明を避けたが、おそらく、外部の人間には説明しきれないほどたくさんの意味が込められているのだろう。週末の仕事の進め方、予選の挑み方、レースの組み立て。すべてに「技術」「ドライビングテクニック」そして「メンタル」という要素が関わってくる。
オーストリアGPに関して言うなら、ファンにとって新鮮だったのは、ロズベルグが2番グリッドからポールポジションのルイス・ハミルトンに先行したシーン。ふたりが優勝争いをするようになって以来、初めてのことだった。イン側のグリッドからスムーズに加速したロズベルグは1コーナーで優先権を取って、出口でも迷うことなくレコードラインにマシンを運んだ。ハミルトンはいったん退くかたちでチームメイトの真後ろにつき、スリップストリームを活かして2コーナーでアウトに並び、3コーナーまで挑戦を続けたが、ロズベルグの確固たる意志に揺らぎはなかった。
予選最後のアタック、最終コーナーでコースアウトしてポールポジションを逃したあとも、ロズベルグはこう宣言していた。
「明日のレースで勝つチャンスは十分にあると思う。ルイスを攻撃するには最高のスタートを切ることが必要だけどね。ずっとプレッシャーをかけ続けるつもりだ」
得意のレッドブルリンクで、そんな勝利を実現した。フリー走行1回目から、マシンのバランスは快適。トリッキーな予選では最後のアタックの最後のふたつのコーナーで攻めすぎてポールポジションを逃したものの、マシンは自分のほうが仕上がっていると自信があった。最後のアタックでは、ハミルトンも1コーナーでミスをおかしていたのだから……「予選は予選」と割り切れたところで、ロズベルグのレース展望は昨年よりずっと開けた。フォーメーションラップのスタートでも、本物のスタートを決めるため、最大限のデータを送った。
ハミルトンのスタートの失敗は、発進の瞬間のホイールスピン。「スロットルペダルを緩めても回転が落ちなかったから、クラッチをつないだ時点で盛大にホイールスピンしてしまった」と、ゴール後に彼は説明した。
スタート時のプログラムやエンジンマッピングに関しては分析が必要であるものの、メルセデス・チームは「今日はニコのペースのほうが若干、優れていた」と認める。さらに35周目のタイヤ交換直後、ハミルトンがピット出口の白線を越えて5秒加算のペナルティを背負ったことによって、チームは「ふたりの戦いを乱した」という呵責を感じることなく、ロズベルグ - ハミルトンのオーダーを受け入れた。
それでも、首位ロズベルグが33周目にピットインしたあと、2番手のハミルトンを2周ステイアウトさせたところに“ハミルトン・チーム”の気概が表れている。メルセデスでは通常、前を行くドライバーが先にピットインする権利を持つため、後方のドライバーにアンダーカットのチャンスはない。したがってハミルトンのタイヤ交換が可能だったのは早くて34周目……その34周目に即ハミルトンを呼ばなかったのは、おそらくピットアウトしたロズベルグのペースがステイアウトしていた4位フェリペ・マッサに抑えられることに賭けたからだ。
32周目、ハミルトンは首位ロズベルグとの間隔を2.2秒まで詰めていた。さらに33周目、スーパーソフトタイヤの限界を迎え、ピット入口のスピード制限ライン手前で4輪をロックさせたロズベルグのインラップはハミルトン対比でプラス1秒。“期待”のマッサはロズベルグを抑えず34周目にピットインしてしまい、2周のステイアウトはかえってロスにつながったものの、すべてが“ハミルトン・チーム”の思惑通りに進めば、逆転のチャンスもゼロではなかった。チームとしての方針とは別に、レースエンジニアは自分のドライバーを勝たせるため最大限を尽くす。頭でスポーツする。その結末としてハミルトンがピット出口の白線を越えてしまっても……そこまで含めて、首位奪回への果敢なトライだったのだ。だからこそ、今日はニコに完敗だと認めているから、ハミルトンは多くを語らない。
1周目の2コーナーから3コーナーの間、キミ・ライコネンとフェルナンド・アロンソの事故はオーストリアGPで最も衝撃的であると同時に、その後のレースの展開を左右する出来事でもあった。
何よりも大切なのは、ふたりのドライバーが大きな怪我を負わなかったこと。F1マシンの安全がどんなに向上しても、2台が想定外の位置関係で重なった際のドライバーは無防備だ。大きな事故のあと、アロンソが慌てるでも怒るでもなく、まずライコネンの無事を確認した様子に事態の深刻さが表れた。ふたりに取り乱した様子がなかったのは、ドライバーとして互いを信頼し、ふたりとも何がいちばん大切なのかを熟知しているからだ。ライコネンが挙動を乱した原因は、フェラーリの分析も必要であるが「キミは5速でコントロールを失ったはず」というアロンソの証言は貴重だ。「それぐらいグリップがなかったというのは……僕らが週末を通して経験してきたことだ」──10年以上前のA1リンクではミシュランとブリヂストンのタイヤ戦争が繰り広げられていたが、当時のレンジはソフト~ミディアム。路面温度が低くても、誰も、これほどタイヤを作動させるのに苦労することはなかった。
事故によって6周終了時点までセーフティカーが隊列を率いた結果、どのチームにとっても2ストップという選択肢はなくなった。作戦の幅が狭くなれば、コース上の勝負ではパワー不足のハンデが大きい。そんな状況でメルセデス・パワーユニット勢+フェラーリ(セバスチャン・ベッテル)の上位7台に続いたマックス・フェルスタッペンは大健闘。ウエット想定のセットアップで予選7位を得たあと、ドライでは苦戦が予想されたが「セクター2と3で頑張る」という言葉どおり、レース序盤はバルテリ・ボッタスを抑え、第2スティントではマシンに傷を負っていたダニール・クビアト、ソフトタイヤでロングスティントを走っていたダニエル・リカルドをかわし、終盤にはスーパーソフトのパストール・マルドナドと大接戦。「タイヤが完全に駄目になった!」と抜かれたあともロータスを追いかけて、DRSでパワー不足を補うという、全力の戦いぶりだった。
3位マッサ/5位ボッタスとウイリアムズも得意のコースで大健闘。忘れてはならないのはフォース・インディアのふたり──アップデートもさることながら、レース現場では「タイヤをうまく使うこと」が結果への最短の道であると熟知したチームは、ふたりの作戦を分け、ニコ・ヒュルケンベルグ6位、セルジオ・ペレス9位というシーズンベストの成績につなげた。モナコGPからの挽回は、ソフト/スーパーソフトというタイヤのアロケーションにもよる(ミディアム/ハードは、どんなに努力しても作動しないのだ)。そして、自然児ヒュルケンベルグは路面が湿ったダンプコンディションや、コーナーのなかで路面の傾斜が変化する野性のコースで本当に巧みだ。今回も、その腕と技を見事に証明した。
(今宮雅子)