6月13日~14日に決勝レースが行われた第83回ル・マン24時間耐久レース。昨年優勝を争ったトヨタだが、今季は優勝争いに絡むことができないままレースを終えた。
●カメラマンがいないピット前
6月11日の予選3回目の時のこと。18号車ポルシェ919ハイブリッドのポールポジション獲得が決まった後、サルト・サーキットのメディアセンターに戻ってきた日本人カメラマンがこんな話をした。
「トヨタのピットの前にいたんだけど、他にカメラマンが全然いないんだよ」
当然ながら、ヨーロッパのみならず世界中のカメラマンがポルシェのピットに殺到していた状況ではあったが、中嶋一貴のポール獲得に沸いた昨年とはあまりにも雰囲気が違った。レースが始まってからも、立場上どこかのメーカーを贔屓目に見ている訳ではないのだが、「表彰台に日の丸が揚がるかも」という日本人的な期待とともに見ていた昨年とは、レースを見ている緊張感が段違いだった。
トヨタは昨年、ル・マン24時間制覇に今までにないほど近い場所にいた。レギュレーション変更に合わせて生まれたトヨタTS040ハイブリッドはWEC世界耐久選手権の最速ランナーであり、ル・マンでもポールポジションを獲得。ル・マンでこそレースをリードした7号車がトラブルに見舞われストップし勝利を逃したものの、WECではチャンピオンを獲得。ゼッケン1、2を着けた2台の15年仕様TS040ハイブリッドに、ひさびさの日本車によるル・マンでの勝利を期待したファンも多かっただろう。
●ほとんどミスがなかったレース運びだったが……
ただ、今季のTS040ハイブリッドは、昨年から進化は果たしたものの、ライバルであるポルシェ、アウディの性能の上げ幅にまったくついていけない状況となっていた。WECの開幕2戦で状況を把握していたチームは、ル・マンでは先述の予選で無闇にタイムを争わず、決勝での逆転を狙いセットアップに終始した。しかし終わってみれば、レースでもドイツの2強による争いについていけず、淡々と7~8番手を争う状況となってしまった。
2台のレースを振り返ってみると、中嶋一貴が乗り込んだ1号車はアンソニー・デイビッドソンのドライブ中にGTEクラスのマシンと接触。車両の修復のために13分のロスを喫したが、それ以外はほぼノートラブル。2号車に至っては、ほぼトラブルらしいトラブルはない完璧なレースだった。それでも結果的に2号車の順位が6位。トラブルで後退した9号車アウディを超えたのみで、優勝争いには完全に及ばない状況だった。
レース後、今季から指揮を執った佐藤俊男チーム代表は「我々のTS040ハイブリッドは、今年のル・マンで表彰台を勝ち取るだけの十分な速さを示せませんでした。懸命に、予選でのライバルとのギャップを埋めてきましたが、まだ互角に戦うまでに至らなかったのが残念です」と悔しがった。
●チームの努力に反して薄まる存在感
マシンの地力のスピードはドイツの2メーカーに及ばないものだったが、一方で今季のトヨタの頑張りは大いに評価できるものだったと言える。6人のドライバーたちは、デイビッドソンのミスを除けば完璧に近い仕事ぶりだった。WECスパで負傷した一貴も、GP2時代のジュール・ビアンキの負傷の治療に当たった医師による治療の甲斐もあり「まったく気になりません」とケガを感じさせない速さをみせた。
また、チームも素晴らしい仕事ぶりをみせたほか、プロモーション面でも向上が見られた。サーキット内の“ビレッジ”と呼ばれるファンエリアでは、昨年を上回る規模のブースが登場。コース上の看板も地道に増え、応援するチームウェアを身につける現地ファンも少しずつ増えてきた。
チームホスピタリティも、ドイツ2社、ニッサンに比べればまだ控えめだが、昨年までのテント状のものからきちんと外壁があるものに変わった。また、日本でもファンへの訴求を強めキャラバントラックを全国で走らせたほか、スーパーGTの人気ドライバーである脇阪寿一を現地に派遣し、ル・マンの魅力をネットで発信した。
ただそうは言っても、スタッフの努力に反して今季のル・マンにおけるトヨタの存在感は2012年の復帰以来最も“希薄”だったと言わざるを得ない。コース上の成績が優勝争いに絡むものではなかった部分もあるが、ニッサン/ニスモが派手なプロモーションを展開(コース上の成績はトヨタに及ぶものではなかったが)し、ポルシェ、アウディも例年以上に力を入れていたからだ。
●見劣りしてしまう設備
2016年に向けて、トヨタは捲土重来に向けて「この悔しさを2016年のル・マン24時間レース制覇に賭ける原動力にします」とプレスリリースを発行した。来季に向けてエンジンのターボ化等、今からさまざまな噂も聞こえてくる。もちろん、トヨタF1チームやWECでその技術力を示してきたドイツのトヨタ・モータースポーツGmbH、そしてこのプロジェクトに携わる日本人スタッフの技術力をすれば、ふたたびポルシェやアウディに立ち向かえるマシンを作り出してくるのは間違いない。
しかし繰り返しになるが、WECにおけるトヨタのスタッフの活動は、レースに直接関わる人たちもそうでない人たちも、クルマも設備もプロモーションも少しずつバージョンアップさせながらWEC、そしてル・マンに挑んでいる状況。今やF1チーム並みとも言われる予算を投じるポルシェ、アウディに対して、どうしてもトヨタ陣営は現場では見劣りしてしまう状況なのだ。
トヨタの設備はいまだにF1時代から流用するものが多く見られる状況だが、ポルシェやアウディ、そしてニッサンはピット裏に巨大な工場のような建物をつくり、そこでトヨタの倍ほどもいるスタッフが3台のマシンを最高の状態で送り出すべく作業していた。
●トヨタがル・マンで勝つために必要なものは
また、12年の復帰以来問われている部分ではあるが、プロモーションでもトヨタは“4番手”のポジションだ。アウディはすっかりル・マンだけでなく、全世界的なレースでシルバー、レッド、ホワイトのカラーリングと『Audi Sport』のロゴを定着させ、毎年アウディを応援するファンが大挙ル・マンにやってくる。ポルシェも『PORSCHE INTELLIGENT PERFORMANCE』の新カラーをイメージづけた。『NISSAN NISMO』のロゴも、LMP2時代からのプロモーションの成果もあり、ル・マンではかなり定着してきている。
アウディに関して言えば、ル・マンだけでなく5月のニュルブルクリンク24時間でも同様のカラーリングの新R8 LMSを走らせ、しっかり総合優勝を獲得した。チームスタッフも同じカラーのウェアを纏い、ファンにも「アウディが本気で勝ちにいくチーム」とすぐに印象づけることができた。一方で、同じ『TOYOTA GAZOO Racing』というチーム名で戦ったニュルとル・マンのチームを、同じメーカーの活動と認識できたファンが、ヨーロッパにどれほどいただろうか(ちなみにニュルはレクサス車での参戦だった)。
2016年に向けてトヨタに求められるものは、『ル・マンに勝つ』、『ル・マンを市販車のスポーツイメージと技術力の訴求の場として活用する』という自動車メーカーとしての断固たる意志、そして今季のようなハイスピードバトルになった場合に求められる『3台目』の存在ではないだろうか。現状、アウディの半分とも言われる活動資金も、少しでも近づける努力が求められる。
ル・マンで勝つことは『一流の自動車メーカーの証』であると言われている。今年、ル・マン参戦開始から30年を経たトヨタには、ル・マンに日の丸を揚げるだけの技術的なポテンシャルはあると信じている。あとは本気でドイツの両メーカーに立ち向かい、“一流の称号”を得るための覚悟を示すことができるかどうかだろう。