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都心から1時間の異界に集う… 高尾山で遭遇した色とりどりの人間模様

2015年06月19日 20:00  キャリコネニュース

キャリコネニュース

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僕は山登りが嫌いだ。先月のこと。仕事の付き合いで、静岡県に旅行にいった際に、無理やり強い日差しの中、3時間ほど登らされた。山頂に到着するとまず霊園しか見えなかったし、売店は閉まってるし、富士山は見えないし、散々だった。

なんでも、来月は高尾山に登るという。仮病を使いたいところだけど、高尾山といえば6月3日(水)にNHK総合で放送された「ドキュメント72時間」は、「高尾山・なぜかふらりと都会の山へ」というテーマだった。(文:松本ミゾレ)

耳の聞こえない女性と手話で話すカップルも

都心からのアクセスは、電車を使えばおよそ1時間。この高尾山で番組スタッフは、72時間の取材を敢行した。日中はかなりの登山客が訪れ、非常ににぎやかな山だ。

その喧騒の中、1人静かに遠くの山々を眺めている男性がいた。彼は今年27歳。都内で看護師として働いていたが、ここ数日、勤務先の経営建て直しの余波を受けて職が危うくなっていたという。

男性の携帯電話に、勤務先からの着信が入る。新しい職を探すことになったようだ。ほどなくして東京を離れると話す男性。「この結末は、何となく予想できていた」と語る表情が切ない。

20代後半か30代前半に見える男女が、ベンチに座って手話で会話をしている。聞けば彼らはこうして会うのは2回目で、女性は耳が聞こえないという。

そんな彼女の明るさに惹かれたという男性は、ここ最近はみっちり手話の習得に励んでいると照れくさそうに話した。友達以上恋人未満の関係のようだが、男性の手話は素人目に見てもかなり様になっている。恋をすることで、人は驚くほど積極的になれる。

登る人あれば居続ける人あり

高尾山には僧侶が常駐し、修行の日々を送っている。25歳の礼儀正しい僧侶がインタビューに答えてくれた。彼の場合、高尾山の修行で一番苦しいのは冬だった。登山客がめっきり減る冬は、孤独に押し潰されそうになり、ノイローゼ寸前まで追い詰められたと話す。

そんな彼の特技は、ヒューマンビートボックス。発声を工夫して、レコードのスクラッチやベースサウンドを再現する技法だ。きっと真冬の高野山で修行に励んだのだろう。披露したその腕前はプロ級だ。

番組ではしばし、彼のプレイがBGMとして流れる。木の枝の上を走るムササビを捉えるカメラ。バックには僧侶のイカしたサウンド。

週に3回の人工透析が欠かせない、66歳の男性が自力で山頂に辿り着いていた。40代の半ばで今のような生活を強いられることとなり、働きたくても満足に働けない。

面接には100回以上出向いたが、なかなか採用してくれる職場はないそうだ。持病を押して自分1人だけの力で高尾山を踏破し、遠くの富士山を見据える彼の「命が洗われる」という言葉が印象的だ。

何かを考えるため、人は山に登るのかも

25年も勤めた会社をクビになり、両親に言い出せないまま、かつて家族で訪れた高尾山に登る男性もいた。高尾山から見る景色は、四半世紀前となにも変わっていない。山を降り、近いうちに家族に自分の現状を正直に話すことにしている。

人はどうして山に登るのだろう。高尾山には、悩みや特別な思いを抱いて集まる人が少なくないことが、この番組を観ていると感じ取れる。

都会ではじっくりと腰をすえて自分の問題に対処する時間も静けさもない。だからこそ打開策を求めて、山に登るのだろうか。下山するときには、彼らの心が少しでも晴れやかになっていることを願わずにはいられなかった。僕はこれという悩みはないけど、来月はこの山に登る。

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