6月13日~14日に開催された第83回ル・マン24時間耐久レース。このレースに初めて臨んだニッサンGT-R LMニスモだが、結果的に2台がリタイア。1台はチェッカーまで走りきったものの完走扱いにはならず。結果的に、1999年以来となるル・マントップカテゴリー挑戦は惨憺たる結果に終わった。「目標は達成した」と、欧州日産のモータースポーツ部門を率いるダレン・コックスは語るが、果たして今回のリザルト、レース内容は本当に褒め称えられるべきものなのだろうか。今回のニッサンGT-R LMニスモのル・マンの戦いぶりを振り返ってみた。
ニッサンは99年のR391での挑戦以来、しばらくル・マンからは遠ざかっていた。復活の機運が高まりはじめたのは2011年からで、LMP2クラスにスーパーGTで使用されていたVK45DEエンジンが転用されると、欧州日産が積極的にプロモーションを仕掛けはじめた。
その後も2012年にガレージ#56枠から参戦したニッサン-デルタウイング、14年に同じくガレージ#56枠で参戦したZEOD RCと、LMP2のエンジン供給とともに存在感を高めていたニッサン。ただいずれのプロジェクトも欧州日産が主導をとっていたことはチーム構成等を見ても明らかで、今季最高峰のLMP1-Hに挑戦を開始したニッサンGT-R LMニスモも、欧州日産、そしてプロジェクトの本拠地となった北米日産の関与が強く感じられた参戦体制だった。
GT-R LMニスモは、市販車のGT-Rのイメージを反映して、プロトタイプカーでは特異とも言えるフロントエンジンレイアウトを採用。LMP1規定の自由度が実現したレイアウトと言えるが、その特徴からか開発は困難を極めた。LMP1-H参戦車に義務づけられるハイブリッドも搭載はしているものの機能していないと噂され、ラップタイムも上位からは20秒以上遅れる結果となった。
レースでもストレートスピードはあるものの、コーナーでは下位カテゴリーのマシンとほぼ同じ程度のスピードまで落ちてしまう。テストデーから走行時間が少なく、最終的に3台ともレース中に週末を通じて最も速いタイムがマークされた。とは言え、3台の最速タイム3分35秒888は、18号車ポルシェ919ハイブリッドの3分16秒887と比べると、まだ19秒の開きがある。
また、トラブルも多発した。ブレーキやサスペンション、クラッチ、ギヤボックス等さまざまな箇所にトラブルが発生し、長時間ガレージでの作業を強いられることに。リタイアした21号車は1時間54分、23号車は7時間15分、なんとかチェッカーまで走りきった22号車は7時間56分と、実にレースの3分の1をピットで過ごしていたことになる(ちなみに、優勝した19号車ポルシェは24時間合計でピットでの時間は34分)。
これらの理由について、ニッサン陣営首脳陣の口は固い。また、欧州日産が得意とするソーシャルメディアでの短い情報発信は数多くあったものの、公式な発表もレースを通じてなかった。ただ、現場での状況と結果からも、FFというコンセプトはさておき、24時間を耐えうる十分な信頼性、そして本来のコンセプトで狙っていた速さが確保されていないまま、初年度のレースを戦うことなったと言わざるを得ない。
昨年のZEOD RCもそうだったが、プロジェクトの指揮を執るベン・ボウルビーがデザインした車両は意欲的で、たしかに魅力的なコンセプトではあるが、勝利を最優先で目指したパッケージではなく、実際の走行に関しても何かしらのトラブルが起きることが多い。今後は日本のニスモが積極的に関与し、コンセプト変更を含め2016年に向けて徹底的な設計変更が行われなければ、今後も速さの面でも信頼性の面でも苦しい戦いになるだろう。
また、今回21号車が見舞われたように、生命線であるフロントにトラブルを抱えた場合、なんとかピットに戻るための術も考えなければならないだろう。もしクラッシュした場合でも、フロントにダメージがあれば修復するのはライバルよりも時間がかかるはず。
いずれにしても今回のニッサンGT-R LMニスモの準備不足は明らかで、その状態で参戦せざるを得なかったことが残念でならない。ポルシェ、アウディ、トヨタとメーカーが威信を懸けてしのぎを削っているル・マンでこのような状態で参戦せざるを得ず、結果を出せなかったことは、むしろライバルメーカーに対して、そしてル・マンという歴史あるレースに対する取り組み方として、果たして正しかったのだろうか。欧州日産主導で進められたプロジェクトとはいえ、GT-R、ニスモのブランド名を付けている以上、日本のファンは日本を代表するクルマとして応援していたはず。そのファンが今回の結果にどれだけ落胆しているか、それは察するに余りある。
もちろん、今回のニッサンの参戦からは、ポジティブな面も見受けられた。ニスモが関わったエンジンに関してはトラブルはほとんどなく、非常に高い熱効率を誇りパワフルで、ドライバーからの評価も高かった。また、11年以来積極的に展開されるプロモーションは今年さらにパワーアップしており、アウディ、ポルシェと肩を並べるほどル・マンでは『NISSAN NISMO』の文字を多く見かけた。
コックスは、「我々は信じられないほど膨大なことををル・マンで学んだ」とポジティブな発言を残したが、レースそのものの取り組みについて、欧州日産の取り組みはプロモーション先行があまりに行きすぎていたように感じられる。当たり前のことだが、参加することに意義があるのはアマチュアで、プロのレースは結果がすべて。今後、プロジェクトの成否を決めるのは、いかに日本サイドがプロジェクトの中心として稼働し、技術的に貢献できるのかにかかっていると言える。