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ミオヤマザキ、感覚ピエロ、R指定……ネガティブな歌詞表現を昇華するバンドたち

2015年06月16日 10:21  リアルサウンド

リアルサウンド

ミオヤマザキ『大人がダメって言ったヤツ』(ERJ)

 「歌が勇気をくれた、共感した、価値観や人生観が変わった」といった言葉が聞かれるように、音楽は生きるうえで絶対に必要なものではないかもしれないが、人の心を動かす力がある。心に響く歌、現実を忘れさせてくれる歌、背中を押してくれる歌……そうした歌に突き動かされることも多いだろう。だが、実際に落ち込んだときには、優しさや励ましの言葉をかけられるよりも、同じ悩みを抱えているのは自分だけではないということを知ることで、妙な安堵感を得られることがある。苦悩、葛藤、不安、劣等感といった“負の感情”を、詞(ことば)に、音楽に、サウンドに、昇華していくバンドは、決して万人受けするとはいえないが、悩みを抱えたひとには深く訴えるものがあるのではないか。必要とする人は必要とするだろうし、要らない人にはずっと要らないまま、そんな存在の音楽を紹介したい。


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■悶々とした気持ちを言葉にするネガティブ系ロック


 Coccoは〈太陽まぶしかった 泣くことさえできなくて 雨ならきっと泣けてた〉と歌い、syrup16gは〈したいことも無くて する気もないなら 無理して生きてる事も無い〉と叫んだ。悶々とした感情を綴る歌は、90年代に台頭したオルタナティブ・ロック~ラウド・ロックの影響もあり、メジャー感とは一線を画すサウンドとの親和性とともに、いつしかロックシーンの一端を担っていった。そして数々のネガティブな、しかし優れた表現が紡がれる。


●Lyu:Lyu


 死にたくなるくらいつらい、でも死ぬのは怖い。明日に怯え、未来に絶望する。そんなやり場のない焦燥感を赤裸々に歌うのが、Lyu:Lyuだ。野太い声ながらどこか切なさを感じるコヤマヒデカズのボーカル。絶望的な言葉を力強く歌う声が心に深く突き刺さる。彼らの演奏は、すべてを吐き出すことによってこそ、見いだせるものがあるのかもしれないと思わせてくれるのだ。3ピースならでは荒々しさと、絶妙に作り込まれたバンドアンサンブルが同居した、高い完成度の楽曲が魅力的なバンドだ。


■シニカルな音楽ビジネス風刺


 反体制的な思想は、ロックのスタイルとして古くから確立されている。そうした態度は、社会や政治に対してはもちろん、固定観念の多い音楽ビジネスや市場に対しても示されてきた。斬新かつ自由な発想で、既存の価値観に反抗するのが彼らのやり方だ。


●感覚ピエロ


 感覚ピエロは、ヒットチャートに迎合するだけの音楽や、それに抗う姿勢を見せながらもどこか媚びているような音楽を痛切に批判する。「リア充を爆発」させようと、他愛のないどうでもいいことをあえてテーマに据えながらも、高い演奏力と音楽センスで打ちのめすのだ。上記楽曲「A-Han!!」では、〈4つ打ち待って頂戴 テンポが足りない 4つ打ちばかりでなんだかうんざりだ〉と近年のロックシーンでは供給過多気味とも思える常套手段を、軽快なテンポに乗せた4つ打ちダンスビートで皮肉る。プロモーションはライブとクチコミがメインという、昨今の音楽ビジネスの潮流に逆らうような独自のスタンスで多くの音楽ファンを唸らせてきたが、6月9日、ついに全国流通盤をリリース。今、もっとも注目すべきバンドのひとつといえよう。


●ミオヤマザキ


 メンヘラの彼女とその彼氏にまつわる謎解き脱出ゲーム『マヂヤミ彼女』をご存知だろうか。同作は旅行中に、彼女が温泉に入っている最中の彼氏のスマホを覗き見するという、今どきのリアルな恋愛事情が垣間見れる設定の面白さから、若い女性を中心に爆発的なヒットを飛ばしたiPhoneアプリだが、これはミオヤマザキのプロモーションとして作られたものだ。ミオヤマザキは、“メンヘラ”や“屈折した偏愛”といったフレーズが飛び出すキレキレの歌詞と、ぶっ飛んだオルタナロック・サウンドで胸ぐらをつかんでくるバンドだ。露出はほとんどなし、“スレ(ライブ)”でも顔はほとんど見えないという謎めいたバンドであるが、先日アップされたスタジオライブ動画ではバンドとしての真価を発揮。圧倒的な存在感を放つボーカルを擁し、その歌声を支える重厚なバンドサウンドは緊迫感に満ちている。自主規制のミュージックビデオなど、奇抜なプロモーションが話題になることが多いが、やさぐれた不良性のロック、ラウドロック、オリエンタルなオルタナティブ性など、ロックバンドとして多大なるポテンシャルを秘めた猟奇的なバンドだ。


■ナルシズム、狂気、中二病……ヴィジュアル系の世界


●DIR EN GREY


 堕天使、薔薇、十字架、生と死……良くも悪くも“中二病”ともいわれるナルシズムを色濃く演出するのがヴィジュアル系シーンである。元来『ジキル博士とハイド氏』や『ジキルとハイド』といったゴシック・ロマンス小説をベースとして生まれたゴシック・ロックの影響下が強く、幻想的、耽美的ともいえる徹底した非現実的世界観を構築してきた。そんなシーンの中でも特に異彩を放ち、独自の道を切り開いたのはDIR EN GREYだろう。痛み、苦しみ、憎しみ……感情を叩きつけるような言葉と狂気性を帯びたサウンドは、単純にジャンルで括るのは難しい。また、海外進出するには英語で歌わなければならない、という既成概念を崩したのも、彼らの功績のひとつだろう。


●Plastic Tree


 彼らとは対象的に、陰鬱な退廃美を醸し出すのはPlastic Treeである。幻想文学的な文体、儚さを感じさせる中毒性の高いボーカルと、シューゲイザーやドリーム・ポップといったイギリスのサウンドをいちはやく取り入れたサウンドは、シーンにおいて孤高感を漂わせる。孤独から生まれる壮絶なる破壊衝動がDIR EN GREYなら、からっぽな世界の孤独感「誰にも知られずに消えてなくなりたい」のが、Plastic Treeだろう。


●R指定


 そんなダークな印象の強い同シーンだが、反面、きらびやかなバンドも現れ、多様化も目立っている。中でも独特の彩りで歪んだ病的さを演出しているのが、R指定である。「病ンデル彼女」「青春はリストカット」「毒盛る」など、いかにもな楽曲タイトルが目立つが、メロディーはキャッチーで「死にたい」とリズミカルに歌っているのが印象的だ。ロック、ポップス、歌謡曲といった様々な要素を融合し、高いアレンジ力でおいしいリフを巧みに組み立てたバンドアンサンブルは、一聴の価値があるといえる。「重い、痛い」とも言われるこの分野に、ある種の親しみやすさを持ち込んでしまったそのセンスは、特筆すべきだろう。


■独自の視点で表現するバンドたち


 ひとの心に訴える歌詞を書こうとすると、どうしても直接的な表現、インパクトのある言葉になりがちであるが、少し視点を変えて独自の表現を紡ぐバンドもいる。ひとつのことを伝えるのに、十人十色の表現方法があるというのも日本語の深いところである。


●arrival art


 人との出会い、交わされる言葉……苦悩や渋難というほどでもないが、ふとした日常に思うこと、誰もが抱えるような葛藤、揺れ動く心情変化を淡々と紡ぎ出すバンドが、arrival artだ。決してありきたりではない言葉の数々は、優しく語りかけるように、時にストレートに聴くもの心の隙間にスッと入ってくるのである。3ピースのストレートなギターロックながらも、クリーンサウンドを主としたギターサウンドだけで静と動を操るサウンドメイクは圧巻である。


●BUGY CRAXONE


 メジャー時代はアルバム『歪んだ青と吐けない感情の底』に見られるような、痛切なメッセージと感情を吐き捨てるようなバンドだった。鈴木由紀子の歌は、うかうかしていると刺されるかと思うくらい鬼気迫るものがあった。しかし、インディーズに活動を移し、いつからか肩の力の抜けたボーカルスタイルに変わっていった。楽曲タイトルも歌詞も、漢字を極力使わず、平仮名、カタカナになり、誰もが口ずさめる簡単な言葉選びをするようになった。「ナポリタン、レモネード」といったなんの変哲もないように思える言葉も、素朴な残りもので作る料理、酸っぱい果物で作る甘い飲み物、といったささやかな日常で作り出せる小さなしあわせだ。そこには、音楽シーンの表と裏を見てきたからこそ、音楽を奏でることの喜びを見いだしたバンドならではの達観した価値観があるのではないか。字詰めの多い日本語ロックの中では珍しい、少ない言葉選びによるメロディーが、絡み合うギターサウンドとともにイギリスでもアメリカでもない、アイリッシュ~ケルティック・パンクに通ずる独特のバンドサウンドを構築している。


■今注目される、“リリック・ビデオ”という存在


 近年世界的に広まっていているのが、音楽と歌詞で構成される、“Lyric Video(リリック・ビデオ)”である。フォントやタイポグラフィといったデザイン主体で、元はグレイトフル・デッドのマーケティングさながら、ファンによる自主制作で広まったものである。海外では動画サイトにおけるプロモーションの主力として、ミュージックビデオとは別に導入されることも多いが、そうした映像はここ最近日本においても増えてきている。


 独特の言葉選びが文字による強烈なインパクトを与え、レトロなデザインがこのバンドの色を強く打ち出している、MERRY「千代田線デモクラシー」や、リリック・ビデオとミュージック・ビデオの間にあるような作品で、断片的な言葉の羅列ながらも“刺さる”の日本語の美しさを感じるハルカトミユキ「春の雨」などは秀逸だ。



 ここ数年で音楽の聴き方は大きく変わっている。日本でも本格的に定額制音楽配信サービスの気風が高まった。CDだってパソコンに取り込んだら、すぐにラックに仕舞ってしまうことも少なくない。お気に入りのアーティストや楽曲を、歌詞カードを眺めながらじっくり聴くという行為は減っているのかもしれないが、一方で リリック・ビデオのように、歌詞を楽しむ新たな方法も提示されている。そんな時代だからこそ、音楽における詞(ことば)の重要性は高まっているのかもしれない。(冬将軍)