フォーミュラEに参戦中のアムリン・アグリは、6月27・28日に開催されるロンドンePrixに山本左近を起用することを、正式に発表した。
アムリン・アグリはモスクワePrixまで、アントニオ・フェリックス・ダ・コスタとサルバドール・デュランのコンビでフォーミュラEを戦っていた。しかし、ダ・コスタはDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)への参戦がメインであり、日程が重複するロンドンePrixには参戦できないことが決まっていた。そこでチームは、3月10日にマイアミでフォーミュラEマシンをテストドライブした山本左近に、最終戦出走を打診していたのだという。
「シートがひとつ空くということは、チームから聞いていました。そして、日本のチームに日本人ドライバーが乗れたらいいねという話は、以前からしていました。最終的に正式な契約を交わしたのは、6月4日です」
フォーミュラEのマシンの印象について左近は「モーター駆動なので、今までのフォーミュラカーとはまったく違う感覚のマシンです。特にリヤが重く、フォーミュラカーとGTマシンの中間という印象のクルマですね。そのマシンでコース幅の狭い市街地コースを走るのは、非常にチャレンジングですね」と語っていた。
左近はロンドンePrix参戦前の準備として、すでに都内でシミュレータに搭乗。徹底的な走り込みを行った。
「ブレーキやハンドリングの感覚は、実際にマイアミで乗った時の印象にアジャストすることができました。今後はイギリスに渡ってチームと一緒にシミュレーションしますし、モナコでもシミュレータに乗る予定です。今はまだ最初のステップですが、今後2段目、3段目と進めていきたい」
左近はこの日、ロンドンとモナコのフォーミュラEコースを試走。モナコではセバスチャン・ブエミ(e.ダムス・ルノー)のポール記録を上回るタイムで走り、ロンドンでは路面コンディションの変化に合わせたグリップレベルでの走行を行うなど、準備は順調のように見える。しかし、左近が実際のレースに参戦するのは、2010年のF1韓国GP以来実に5年ぶり。その上、ロンドンePrixはフォーミュラE第1シーズンの最終戦であり、多くのドライバーは9戦の経験を携えてロンドンに乗り込んでくる。ハンデは明らかに大きい。
「もちろん、課題はいっぱいありますが、それをひとつずつ解決していって、どうやってレースに臨むかが重要だと思います。僕は2日目の予選と決勝に目標を合わせているので、初日は準備段階。他のドライバーたちとは経験的には全く違う位置からのスタートですから」
しかし、左近はなぜレースに戻ろうと思ったのだろうか? そして復帰の舞台にフォーミュラE選んだ理由は? 「速く走りたいとか、レースに勝ちたいというだけだったら、他のレースに乗るチャンスもあった」と語る左近は、その疑問について次のように説明してくれた。
「F1にいる時は、勝てないチームだったということもあって、自分が“こうしたい”と思ったことも実現できなかった。だからレースは楽しいこともあったけど、苦しい時の方が多かったように思います。でも僕がフォーミュラEに挑戦することにしたのは、ここに社会的意義があると感じたからなんです」
その社会的意義とは?
「フォーミュラEは、クルマだけではなく、様々な分野の電子機器の発展にも繋がるはずです。医療の世界では、車いすとか電動ベッドとか、介護ロボットなどが使われていますが、フォーミュラEの進歩によってバッテリーの開発が進めば、今より小型で軽い医療機器ができるかもしれない。そうなれば、車いすで出かけることも気軽にできるようになるし、医療の仕事に従事する人たちの負担も減ると思います」
レースを離れて以来、左近は医療・福祉の業界に携わり、現在もその分野の活動は拡大している。その左近だからこそ語ることができる“フォーミュラEの意義”がそこにはあった。
「僕が関わっているNPO法人では、インドでカースト制度からもさらに外れた、貧困層の人たちのための病院を運営しています。そこには電気が来ていないので、発電機を回してバッテリーに蓄電して、それを使っているのですが、もしバッテリーがもっと高性能だったら、彼らの生活の豊かさを引き上げることだってできるかもしれない。本田宗一郎さんが仰ったように、フォーミュラEが“走る実験室”になってバッテリーの開発が進めば、そういう所にも役立つのではないかと思いました」
レースでは、ライバルに勝つために、他人を蹴落とすことが必要となる。しかし左近が携わってきた医療や福祉は、それとは正反対。他人を救うために手を差し伸べる仕事だ。レースから一度離れることで、それを認識した左近は、人を救い、豊かにするためのテクノロジーの発展に寄与するため、単なるドライバーという枠を超えてフォーミュラEに挑戦しようとしている。そういった考えでレースに挑むことができるという点が、以前の“山本左近”とは大きく変わった点だと左近本人は言う。
とはいえレースになれば、ひとつでも前のポジションを目指すのがレーシングドライバーだ。ロンドンのコースは、道幅が狭く、真っすぐブレーキングできるコーナーも少ないなど難易度は高い。ファンブーストを獲得したとしても、オーバーテイクは困難極まりないだろう。久々の実戦を迎える左近にとっては、非常に高いハードル。その難コースを、“F1時代とは違う山本左近”がどう攻略していくのか?
なお、ロンドンePrixのファンブーストは、まもなく投票が開始される予定だ。