トップへ

渡辺淳之介×松隈ケンタが語る、音楽プロデュース論「僕らはアーティストより超人じゃなきゃいけない」

2015年06月15日 15:01  リアルサウンド

リアルサウンド

左・松隈ケンタ氏、右・渡辺淳之介氏

 アイドルグループのBiSが2014年7月に解散した後、仕掛人としてマネージャーを務めた渡辺淳之介氏と、サウンドプロデューサーを務めた松隈ケンタ氏はそれぞれ、ミュージシャンのA&Rやマネジメントを行う事務所WACKと音楽制作プロダクションのSCRAMBLESを設立、タッグを組んで新たな道を歩んできた。そして2015年3月、BiSの系譜を受け継ぐ新たなアイドルグループ・BiSHを始動させ、5月27日にはデビュー作であり1stフルアルバム『Brand-new idol SHiT』を発表。アイドルファンを中心に話題を呼んでいる。8ヶ月前にふたりを取材したインタビュー【BiSの仕掛人、渡辺淳之介×松隈ケンタ対談 2人が別々に起業した理由とは?】では、会社設立の理由や今後のビジョンなどについて語ってもらったが、その後、ふたりの環境はどのように変わったのか。そして、新たなプロジェクト・BiSHやPOPではどのようなプロデュースを行っているのか。6月に移転したばかりのスタジオにて、じっくりと話を聞いた。聞き手は、前回に引き続き編集者の上野拓朗氏。(リアルサウンド編集部)


■渡辺「ネットに全曲公開したからこそ売れたんじゃないかなって」


――前回のインタビューから8カ月経ちましたが、2人ともオフィスとスタジオを移転して、制作の環境もそうですけど、担当されている案件にも変化がありました。


渡辺:順調……ってことなんじゃないですかね。


松隈:バンドもグループも激変してますけど(笑)。前回は僕がまだLUI◇FRONTiC◇松隈JAPAN(現LUI FRONTiC 赤羽JAPAN)にいた頃で、BiSHをやる話もなかったから。


渡辺:松隈さん! あの壁にかかってるデカいモニター、何ですか?


松隈:ああ、55型やろ。


渡辺:さっき初めて見てビックリしたんですけど、松隈さん、ああいうところにこだわりますよね。


松隈:スタジオって雰囲気が大事だと思うんですよ。例えば、このリハーサルルームの端っこに間仕切りのカーテンがあるじゃないですか。あれは散らかった荷物が隠せるように付けたんです。リハスタって、ギターのケースとか個人の荷物とかすぐに散らかるので、そういうのが目につくとプレイヤーもイラついてくるんです(笑)。だったら隠してスッキリしようと。気持ち良くリハーサルしてもらう。大きいモニターを付けたのもそういうことで、エンジニアやプロデューサーから歌ってる人の様子がよく見えるようにすることで、“今のテイクを気に入ってるんだな”とか“今日は機嫌がいいな”とか、そういう表情がよくわかる。プロデュースしやすいという意味で大きいモニターにしているわけで、見栄じゃないからね(笑)。


渡辺:(笑)でも、あのモニターが松隈さんを表してるなぁと思いました。


松隈:まあ、ちょっとデカいくらいなら、すごくデカい方がいいなとは思うけど(笑)。僕は高価なビンテージギターとかいらないんです。高価な機材を買うんだったら、プレイヤーが演奏していて気持ちいい環境にお金を使いたい。スタジオって普通は巨大なミキサーの卓を買ったりするんですけど、ウチは敢えて買わないという斬新なスタンスなんです。今の若い人たちは大きいミキサーは使わずに、家のパソコンでレコーディングまでしちゃう。そういうところと同じ感覚でありたいというか、“今の機材”でつくることを大事にしているので。


――それにしても、制作のスピードがめちゃくちゃ速いですよね。BiSHのオーディション告知~音源制作~ライブの流れ、また松隈さんのフェイスブックとか見てるとレコーディングの一連の作業もかなり集中して臨んでいたんじゃないかなと。


渡辺:本当にあっという間でした。今回、アルバムがオリコンのウィークリーで20位になったんです。アルバムってシングルに比べると高くて何枚も買えないから、アイドルは苦戦することが多くて。なので、いきなり20位になったことには驚いたし、しかも全曲ネットで聴けちゃうんですよ。アルバム発売前に「BiSH-星が瞬く夜に」という曲を除いてSoundCloudに全曲アップしていて、今も聴ける。「BiSH-星が瞬く夜に」もYouTubeにアップしてるので、結果的にアルバム収録曲すべてフル尺で聴けるんです。それなのにアルバムが売れたのはすごいなと。もちろん、それで買わなかった人もいると思うんですけど、僕の実感としてはネットに公開したからこそ売れたんじゃないかなって。


松隈:渡辺くんは前からネットで全曲公開したいって言ってて。僕も自分のバンドで以前は無料で試聴とかやってたんです。でも、ファンは買ってくれるんですよね。CDを買わない人は無料でも聴かないだろうし、そういう意味では公開してもあまり変わらないのかもしれないねって話はずっとしていて。


渡辺:メジャーだとできないことも多いんですけど、BiSHはインディーズで初めて出すタイミングだし、失敗してもいいから(ネットでの無料試聴を)をやらせてほしいと松隈さんに話して。松隈さんも最後まで悩んだんですけど、「いいか、淳之介。こんなことして許されるの、俺くらいだぞ」って(笑)。


松隈:怒ってたわけじゃないよ。面白いなと思って。


渡辺:僕がBiSHのスタートアップでうれしかったのは、全曲試聴のおかげで、アルバム発売前の初ライブでお客さんが一緒に歌ってくれたことなんです。“何だこの状況は?”って思ったんですけど、よくよく考えると、何回も試聴して覚えてきてくれたんだなって。


――今回、そうやって一つ結果を残すことができたわけじゃないですか。ある種、衝動的にやったことが認められたと考えると、その次にどうしようか悩むことはないですか? 「う~ん、う~ん」と頭をひねって絞り出したアイデアよりも、「うぉりゃ!」と勢いでやった方が上手くいったりする……みたいなケースもあるじゃないですか。


渡辺:普段の仕事のスタイルもそうなんですけど、時間をかけてコンセプトを練りに練るというよりは、締め切りギリギリになんとか間に合わすタイプで。言い換えるなら、誤魔化すみたいな(笑)。例えば、何かハプニングが起こったとき、それをどうやって見せようかなってことは得意ですね。BiSHもデビュー前にメンバーが脱退しちゃいましたけど、いろんな人から「脱退も織り込み済みで進めてたんでしょ?」って言われるんですけど、逆にそんなことはできないので(笑)。


松隈:ほんとの事故だからね(笑)。


渡辺:まさかのハプニングだったので。そういう不測の事態があったとき、もしコンセプトを事前にしっかり考えていたとしたら、対応できないと思うんですよね。僕的には「そのコンセプトはズラしたくない!」というのはないので、突発的に起こったことに対して、どう振り切っていくのかが楽しい。問題があった方が楽しいんです。松隈さんもそういうタイプですよね?


松隈:うん。でも、大きい目標はブレないからね。


渡辺:僕が感じるのは、何か一つダメだったときに「もうダメだ!」って諦めちゃう人が多くて、そういうのって残念だなと。「いや、ダメじゃないでしょ!」って僕は思うし、もっとどうするか考えようよと。でも、こう見えて普段から心配しかしてないタイプなので、何があっても動じないっていうのは強いかもしれないですね。


■松隈「僕のフィルターを通させてもらってるところが、BiSHらしさになってるかも」


――BiSHに関して、音楽的な方向性は決まっていたんですか?


松隈:今回、渡辺くんから最初に言われていたのは「音のオモチャ箱にしたい」ってことで。BiSの一枚目のアルバム(『Brand-new idol Society』)が、そうだったんですよ。14曲14ジャンル詰めこんで、とにかくハチャメチャにしようと。で、それをもう一回やろうと。ただ、曲をバラバラなものにするというよりは、方向性を一つに決めないでつくっていたところはあります。あと渡辺くんが言ってたのは、シンセを減らしたいと。バンドの生音を活かしたサウンドにしたい。だから、必要最小限の要素しか入ってない。いい意味で音がスカスカというか。その点は結構こだわりました。


――渡辺さんは松隈さんに「こういうサウンドがいいです」みたいに、いろいろ聴かせるわけですか?


渡辺:楽曲コンペをやるんです。僕が「こういう曲がいいです」って資料用の曲をリストアップして松隈さんに渡して、そこから松隈さんがSCRAMBLES(松隈をリーダーとするクリエイター&プレイヤーのチーム)とか周りの人に声をかけて……みたいな。


松隈:だから、僕の曲が不採用になることも当然あります(笑)。ただ、渡辺くんはみんなの得意なところを活かすタイプだから、例えばジョンスペ(ザ・ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン)みたいな曲を渡辺くんが欲しいと言って、そういう曲が集まらなかったとしても、それぞれのクリエイターの良さを伸ばしてくれる。これが他の人だったら、「こいつら違うな」って別のクリエイターに頼んじゃうんですけど、渡辺くんは意見を出しながら一緒につくりこんでいく感じ。


――BiSのときもコンペはあった?


松隈:ありましたね。SCRAMBLESのメンツも当時とは少し変わってるんですけど、僕の周りの連中だけじゃなくて、バンド仲間とかにも声をかけたりしてました。今回も集まった曲を僕の中で精査して、それを渡辺くんに渡すという感じです。


――SCRAMBLESのクリエイターたちを見て、以前に比べて成長してるなと感じることも多かったのでは?


松隈:そうですね。田仲圭太はエビ中さん(私立恵比寿中学)や夢アドさん(夢見るアドレセンス)にも曲を書いてるし、井口イチロウは“つばさFLY”っていうアイドルさんからメインソングライター的に起用していただいたり。少しずつ実績が出てきてます。でも、BiSHでは彼らの曲は使われなかったんだけど(笑)、編曲ではそれぞれ参加してるので。


渡辺:あと、今回は制作期間がほとんどなかったので、曲を書き直したりする余裕がなかったですね。


松隈:トラックダウンの日にギター弾いた曲が何曲かありましたからね(笑)。


渡辺:いい意味で時間がなかったことが幸いしたというか、僕はこのアルバムのギザギザした感じが好きです。ソリッドというか。


松隈:いろんな人の曲が入ってるんですけど、すべて僕のフィルターを通させてもらってるところが、BiSHらしさになってるかもしれないです。ボーカル録りは僕が全部やりましたし、最初から最後まで何らかの形で携わってるので。


■渡辺「僕は必要悪でいい、ヒールでいいんです」


――ところで、渡辺さんはツイッターとかでのディスりとかは気にならないタイプですか?


渡辺:めっちゃ気にしますよ。僕はずっと褒められていたいタイプなので(笑)。BiSのときは全裸PVだったり、BiSHのときはネットで全曲無料試聴とか、これまでヘンなことばっかりしてきたじゃないですか。BiSのときからよく言われるのは、「楽曲はいいのに、プロモーションはどうなの?」って。そりゃ僕もきれいにプロモーションやりたいですよ。でも、BiSの前にやってたプー・ルイのソロのときに「楽曲いいね!」って言ってきてくれた人はいなかったですからね(笑)。鶏が先か、卵が先かって話にも通じると思うんですけど、これくらいインパクトのあることしなかったら聴いてすらくれなかったでしょって。まあでも、ぜんぜん褒めてくれないです。お客さんも僕のことは褒めてくれないですね(笑)。僕は必要悪でいい、ヒールでいいんです。


松隈:でも、表立って「すごい!」って渡辺くんが持ち上げられるよりは、今の方がいいと思う。渡辺くんがすごいのはみんなわかってることで、わかってる人は表に出してハッキリ言わないんだよ。渡辺くんは「私は偉いんです」みたいな空気を一切出さないところがすごいんですよ。だから、初対面の人に「もっと凶悪な人だと思ってました」と言われたりするし(笑)。「意外と人格者なんですね」って(笑)。


渡辺:あの……ほんとにみんな失礼ですよね(笑)。


――アハハ。BiSHのメンバーは渡辺さんに対して、どんな感じなんですか?


渡辺:BiSHに関しては、もともとBiSを見てきた子たちなので、僕へのちょっとした尊敬があったりするんです。そこが逆に難しいところでもあるんですけど。BiSのときは完全に言われ放題だったので(笑)。


松隈:でも、レコーディングのときの渡辺くんは、その場の空気を悪くしないようにする天才ですよ。BiSのときもBiSHのときも。レコーディングのとき、どうしてもイライラしてきてしまって厳しいことを言ってしまうときが時々あるんですけど、そんなときは渡辺くんがアホなことを言って空気をつくってくれるので、すごくやりやすい。ただ、渡辺くんが唯一ピリっとするのは、彼のアシスタントが何かミスしたとき。そのときはレコーディング中だろうが何だろうが怒鳴り散らすので(笑)、僕もメンバーも怒りが収まるのを黙って待つしかない(笑)。


――温厚そうな渡辺さんしか知らない自分にとっては意外な一面です。


渡辺:アシスタントには厳しいです。アーティストがあってこその自分たちなわけだから、僕たちはアーティストよりも超人じゃなきゃいけない。極端な話、「この人、アーティストよりも寝てないんだな」って思われるくらい頑張るのが当たり前だし、アーティスト本人にも「この人、私たちのために死ぬほど頑張ってくれてる」と思ってもらわなきゃいけない。だから、自分本位で何か言ったりしたときは怒ります。疲れて眠たかったので寝てしまって遅刻したとか、相手から連絡が来ないので保留にしてあるとか。これはBiSHのメンバーにも言ってあることなんですけど、口に出す前に自分で一度考えろよと。これでいいんだろうか?って。当然、仕方のないときもあると思うんですよ。でも、それをリカバリーしようとするヤツがなかなかいないので。まあ、わかってもらえないことが多いんですけど(笑)。例えば、電車が遅延して現場に遅れることがあるとしたら、それに対してどれだけリカバリーできるかだと思うんです。ちょっとしたウソでもいいんですよ。「今、電車が止まって閉じ込められちゃってるんですけど、扉をこじ開けて外に出ようと思って!」くらいの話をしなくちゃいけないのに、冷静に「電車遅れてるんで、すみません」みたいなのって違うなと。


松隈:今の話、クリエイターにも通じるところがあるね。例えば「手持ちの機材が少ないんですよ」とか「すべて打ち込みだから、これが限界なんです」って言ってくるのは、やっぱりそういう音なんです。機材足りないんだったら、それを逆に活かしたサウンドにすればいいのにって。カゼひいて声があんまり出ないとか、でも、そういう声でカッコよく録れる方法を探せばいいと思うんです。


――BiSHのプロジェクトの次はPOPが控えています。こちらもプラニメから引き続き松隈さんが携わっていく感じですか?


松隈:そうですね。基本的にはプラニメの方向性を踏襲しようと思っていて、アルバムで世界観をがっつりつくれたらなと。


――BiSH、POPの動向もそうですけど、元BiSのメンバーの順調そうな活動ぶりも含めて、改めてBiSを解散して良かったと言える状況と言えるんじゃないですか?


松隈:もし続いてたら渡辺くん、今頃は死んでたよね。忙しすぎて。


渡辺:たぶん、あのまま続けてたら普通のダサいオジさんになってたと思うんですよ。


――僕はここ3年くらいしか見てませんが、渡辺さん、いい意味でぜんぜん変わらないじゃないですか。年齢を重ねてキャリアを積んでくると、「風格出てきたね」「なんか大物っぽいね」みたいに言われることもあるかもしれないけど、自分の好きなようにやってるからなのか、見た目や雰囲気がまったく変わってない。簡単に言うと“若い”ですよね。それって今の道を選んだからなんだろうなと思います。


松隈:うん、それはあるかもな。


渡辺:僕の中でBISは伝説なんです。でも、BiSHのリリースがあったことで、BiSの旧譜が売れてるらしいんですよ。


松隈:BiSHやPOPのファンになった人は、そのルーツに戻ることができるという。


渡辺:今、BiSが過大評価されてるので、ほめられるのが好きな自分にとっては最高にいい時期であるとも言えます(笑)。(上野拓朗)