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定額制音楽サービスの新潮流ーーApple Music、Spotify、AWA、LINE MUSICは何を変えるか?

2015年06月14日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『Apple Music』公式HP

 いま、日本で「定額制音楽サービス」への注目が俄然高まっている。かねてから噂されていたアップルの「Apple Music」発表、「AWA」と「LINE MUSIC」の開始、Spotifyの新たな動きなど、この1カ月で一気に時計の針が動き出した。タイミングが重なった各社の動向をまとめながら、定額制音楽サービスのトレンドを考えてみた。


(参考:Appleが30億ドルでBeatsを買収した背景とは? 音楽業界との関係強化が狙いとの見方


・Apple Musicが提示する「あらゆる選択肢」


 アップルがイベントで「One more thing」のスライドを見せる時、それはアップルが戦略的に重要な発表をすることを意味している。そして先日行われた開発者向けイベント「WWDC 2015」でそのスライドの後に発表されたのが、新サービス「Apple Music」だった。


 Apple Musicはアップルが満を持して投入する定額制音楽サービスである。これまで音楽ダウンロードで世界一の座を守り続けてきたアップルにとっては、iTunesストア発表以来の大きな転換期を意味し、まさに音楽ビジネスの「The Next Episode」と言えるサービスだ。


 この数年で世界の音楽事情はゆるやかに変化している。CDなどフィジカル形式の音楽売上は毎年のように減少し続ける中、デジタル音楽は着実に成長し続けた。しかし近年、デジタル音楽のトレンドにも変化が生まれている。まずダウンロードの売上が減少し始めた。その一方で定額制音楽サービが急成長を見せている。2014年は世界の音楽産業でダウンロードからの売上高は8%減少、定額制サービスは39%増加する結果となった。この結果を踏まえ、多くの音楽産業は定額制音楽サービスこそが今後のモデルだと予期している。


 これまでダウンロード売上で世界トップの地位を築いてきたアップルが減少傾向の流れを変えるべく打ち出したソリューションが、定額制サービスへの参入であった。


 Apple Musicから見えた、特徴的な点は3つある。1つ目は「グローバル」であること。イベントでは、6月30日の開始時から世界100カ国に展開することに大きな注目が集まった。そして参入が難しい日本もこの中に含まれていると思われ、アップルもすでにApple Musicの日本語ページを公開している。


 これまで音楽サービスといえば、権利の問題でローカル市場向けに限定されているか、世界各地で展開される二通りがある。SpotifyやRdio、Deezer、Google Play Musicなどは後者にあたり、Apple Musicもこの中に含まれる。つまり、アップルは世界規模の音楽市場を短期間で狙うつもりだ。現在、世界100カ国以上で運営している定額制音楽サービスは、Deezerのみである。


 2つ目は、「ハイブリッド」であること。Apple Musicは定額制音楽ストリーミングサービスではない。ストリーミング、ライブラジオ、アーティスト向けコミュニティ「Connect」を組み合わせたハイブリッド型サービスで、音楽ファンはアプリ内であらゆる音楽体験に触れることができる。


 一般的な音楽ストリーミングサービスは、オンデマンドで音楽が聴ける、プレイリストが組める、キャッシュでオフラインでも聴けるなど、どのサービスでもほぼ似通った機能が用意されているため、独自の「らしさ」を生み出すことが難しかった。Apple Musicのタグライン「All in One Place」が示すように、音楽ファンが音楽を欲しい時に、どんな形からでも見つけられるように、広く選択肢を提供している。


 聴きたい曲は「ストリーミング」で、新しい曲は「ラジオ」で、好きなアーティストの曲やエクスクルーシブは「Connect」で聴く。このような形になるのではないか。これによって、触れる時間やチャネルが増えて、日常的に音楽を聴く機会が増える可能性が高まる。


 3つ目は、「キュレーション」。アップルは発表会でも取材でも、テイストメイカーがセレクトする「ヒューマン・キュレーション」を度々強調してきた。Apple Musicアプリでは個々の音楽ファン向けにキュレーションされたプレイリスト「For You」セクションが用意されているほど、こだわりを見せている。検索やその背後にあるアルゴリズムだけでは解決できない音楽との出会いをより人間らしくする必要があると、元Beats Music共同創業者で音楽プロデューサーのジミー・アイオヴィンは説明している。


 その象徴が、独自のライブラジオ局「Beats 1」。元BBC Radio 1の人気DJ、ゼイン・ロウ(Zane Lowe)を中心に、エブロ・ダーデン(Ebro Darden)、ジュリー・アデヌガ(Julie Adenuga) の3人がリードしていく。


 個人的にはゼイン・ロウとジュリー・アデヌガの選択が印象的だ。ゼイン・ロウは、Radio 1の伝説的ラジオDJ、ジョン・ピールが死去した後、彼の意思を引き継ぐかのように新しい音楽を発信し続けてきた、正真正銘のDJである。オリジナルコンテンツとしてこれ以上ない選択だと思う。


 日本では馴染みのない女性ラジオDJ、ジュリー・アデヌガ。彼女の経歴もユニークだ。アデヌガが在籍するのは、決してメジャーではないロンドンのラジオ局「Rinse FM」。Rinse FMとと聞いてハッとする音楽ファンは少なくないはず。グライムやダブステップ、UK Funkyなどアンダーグラウンドな選曲で知られる、コアなリスナーの多い人気のラジオだ。また、彼女の兄弟はグライムアーティストでレーベルBoy Better Knowのオーナーで有名なJMEとSkeptaである(最近ではカニエ・ウェストのロンドンでのライブにゲスト出演している)。さらに、彼女は数年前までアップルストアで働いていたという。


 Apple Musicの驚きは、音楽ストリーミングや、定額制ではない。それは、多種多様な音楽ファンが日常的に使えるようにあらゆる選択肢を提供して音楽に触れやすくしてくれることではないか。これを実現するためにアップルはBeatsの買収や、外部からの人材起用など、これまでにないほど自由な姿勢を見せている。


・新機能を追加し、音楽を生活の中に溶けこませるSpotify


 同様のトレンドは、Spotifyの発表からも感じられる。定額制音楽ストリーミングサービスでは世界最大のSpotifyは先日、強化したレコメンド機能の「Now」や「動画配信」、「ラジオ配信」、オリジナルコンテンツやランニング機能など、多数の新機能を発表して、大きなインパクトを残した。


 例えば「ランニング」機能では、走る速度が変わる度に曲のBPMを自動でマッチさせることが可能になっている。これによって、テンポが合わない曲で調子が崩れる場面を劇的に減らせたりできる。世界中の多くのランナーにとって音楽を聴きながら走ることは習慣化していることだろう。音楽とランニングの融合を技術的に実現した音楽ストリーミングサービスはSpotifyが初めてで、日本でもSpotifyが始まれば注目される機能といっても過言ではない。この領域の今後が楽しみだ。


 また「Now」はこれまで聞いた音楽の嗜好と時間帯を分析して、日常のさまざまなシーンに最適なプレイリストを生成してくれるスマート・プレイリスト機能だ。効果的なプレイリスト生成にSpotifyはアルゴリズムと人によるキュレーションを組み合わせている。朝の通勤時間やリラックスする時間など、テーマ別のプレイリストが個人の音楽の好みに合わせて出てくるようになれば、さまざまな場面で音楽を聴きたい気分が高まる。


 Spotifyはアクティブユーザー数7500万人、有料会員数2000万人をすでに獲得している。数字の上では、Apple Musicや他社を先行している、市場リーダーである。そしてSpotifyも、音楽を日常的に触れる時間と選択肢を増やそうと、音楽ストリーミング以外の部分を強化し始めた。ランニングや動画コンテンツ、スマートなプレイリスト生成を通じて、音楽を生活の中に溶けこませた体験作りに踏みだそうとしている。


・国内「定額制音楽サービス」の特徴と課題


 日本で始まった「AWA」や「LINE MUSIC」はどうだろうか? まずAWAの特徴は、音楽と出会う仕組みを、音楽ファン同士が作るプレイリストや、ムード別のプレイリストを通じて実現している点だ。これはApple MusicやSpotifyが追求しているキュレーションと似ているが、AWAではテイストメイカーの参加に加えて、今後は一般的な音楽ファン同士が共感し合えるプレイリストが増えていくのではないか。


 LINE MUSICでは、LINEアプリを通じて友人と音楽を送信し合い、会話の一部として楽しむことができる。またアーティストの公式LINEアカウントを通じた施策も今後は用意される点では、ファン同士そしてアーティストとファンがつながる、プラットフォームとして拡がる可能性を感じる。


 この点から、この2つのサービスもただのオンデマンドな音楽ストリーミングサービスだけに留まらない要素を取り入れていると言える。つまり、今の定額制音楽サービスが目指す方向性は、どれだけ生活の一部として音楽に触れるタッチポイントをサービス内で増やせるかだと思う。それがApple Musicを始め、今まさに始まろうとしている新しい定額制音楽サービスの潮流だ。


 一方で、日本では今でも「定額制音楽サービス」に対する認知が低いことは今後の課題と言える。そのためには積極的な啓蒙活動と、そしてネット検索では辿り着けない選択肢の拡充だと思う。機能を追加する時代は終わった。日本で本格的に定額制音楽サービスが普及させるには、音楽ストリーミングを提供するだけでは何も変わらない。選択肢を多様化させて、よりワイドなアプローチを仕掛ける。まだ日本では始まったばかりの定額制音楽サービスには、音楽を聴くワクワクする体験で生活に変化を与えてほしいと感じる。(ジェイ・コウガミ)