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武藤彩未が見せたシンガーとしての力量 バンドサウンドで披露した“引きの美学”とは?

2015年06月12日 19:31  リアルサウンド

リアルサウンド

6月9日にワンマンライブ『A.Y.M. ROCKS ~ROCKな夜~』を行った武藤彩未。

 90年代以降の楽曲をカバーしようが、サウンドがロックになろうが、武藤彩未のボーカリストとしての実力はさらに確かなものとなっていた。2015年6月9日に渋谷CLUB QUATTROで開催された武藤彩未のワンマンライブ『A.Y.M. ROCKS』初日の『A.Y.M. ROCKS ~ROCKな夜~』はそうしたライブだった。


(参考:アイドル戦国時代の次なる指標 ソロアイドル=武藤彩未の「パフォーマンスの進化」を追う


 2015年4月29日に渋谷公会堂で開催されたワンマンライブ「BIRTH」から、わずか2ヶ月足らずという短いインターバルで開催された「A.Y.M. ROCKS」は、ライブでカバーされる楽曲が事前に公式サイトでアナウンスされているという異例の形式だった。


 会場に入ると、「AYM ROCKS」という大きな文字がステージの背後に飾られていて学園祭っぽさを出していた。実はこれ、武藤彩未の手作りによるものだという。


 開演前の本人によるアナウンスでは、「今日は新たな武藤彩未を見せます」と宣言された。今回バックを担当したのは、キーボードのnishi-ken、ギターの山本陽介、ドラムのマシータ、ベースの野田耕平。渋谷公会堂もバンド編成だったが、同じ渋谷CLUB QUATTROで2014年8月1日に開催されたワンマンライブ「SUMMER TRIAL LIVE『20262701』」のバックがnishi-kenとドラムの楠瀬タクヤのみだったことを考えると、1年足らずで倍の人数のバンド編成で渋谷CLUB QUATTROへ帰ってきたことになる。


 実際、1曲目を飾った「A.Y.M.」は、これまでになくサウンドがヘビーだった。しかし、武藤彩未のボーカルは、それに充分に拮抗しており、むしろ余裕さえ感じさせる。


 続く「Doki Doki」以降の楽曲では、バンドマンに囲まれて激しくも華やかに踊る武藤彩未の姿に魅了されることになった。アイドルがバンドを従えて歌うことは、そう多くはないものの、あることだ。しかし、ここまで男臭いバンドとハードなサウンドの中で、「アイドル」として歌い踊る武藤彩未の姿は新鮮で、どこか幻想的にすら感じられた。


 MCでは、この日のライブがロックをテーマにしていることを明言。そしていよいよ中盤から始まったのが、武藤彩未自身の選曲によるカバー曲コーナーだった。


 Whiteberryの「夏祭り」は2000年の楽曲だが、原曲をJITTERIN'JINNがリリースしたのは1990年。この日のリズム・セクションの音の太さには驚かされた。


 相川七瀬の「夢見る少女じゃいられない」は1995年の楽曲。一瞬武藤彩未の声の細さも感じたが、声の伸びは良く、そこにはしっかりと細かいニュアンスが乗せられていた。


 中島美嘉が「NANA starring MIKA NAKASHIMA」名義でリリースした「GLAMOROUS SKY」は2005年の楽曲。カバーなので振りがない。また、ファンを煽ることもなく、武藤彩未はスタンドマイクを抱きかかえるかのように歌った。この武藤彩未の姿が感動的だったのは、ふだんはアイドルである自らの「型」を完全に外していたからだ。このステージングを自分でプロデュースしたことは紛れもなく「成長」だろう。


 その成長は、自己プロデュースにこだわったことをMCで告げた後に歌われた、片平里菜の「女の子は泣かない」でもはっきりとうかがえた。2014年の楽曲である。


 武藤彩未は小さめのアコースティック・ギターを抱え、ギターを初披露した。ギターを抱えると、左手はギターのネックを押さえることになり、踊りどころか右手と顔の表情ぐらいしか自由にならない。しかし、自分の動きをあえて封じて別の表現をする武藤彩未は、この楽曲においてはまさにバンドのボーカリストであり、同時にひとりのシンガーでもあった。武藤彩未がカポタストの位置を調整していたことにささやかな感動を覚えたことも付け加えておこう。


 木村カエラの2006年の楽曲「Magic Music」では、木村カエラのボーカルの個性を武藤彩未の声で表現するかのような歌い方も。これはふだんの武藤彩未にはないスタイルだ。


 アニメ「けいおん!」の桜高軽音部の「Don't say "lazy"」は2009年、SCANDALの「瞬間センチメンタル」は2010年の楽曲。ボーカリストとしての自分の位置付けの再定義を、セルフ・プロデュースで、しかも比較的最近の楽曲で行っているのは面白い。


 武藤彩未は、2008年から2009年にかけて可憐Girl'sという3人組ユニットで活動していた。そのオーディションのときに武藤彩未が歌ったというのが、大塚愛の2003年の楽曲「さくらんぼ」。バンドによる裏打ちのリズムが響き、ハンドマイクを持った武藤彩未がステージを左右に移動する姿は、バンドのボーカリストそのものだった。


 「RUN RUN RUN」から再びオリジナル曲に。「パラレルワールド」などのキャッチーさはカバー曲に負けていない。そして本編ラストの「OWARI WA HAJIMARI」は、ギターがうなる王道的なアメリカン・ロックだ。


 長いアンコールの後に、武藤彩未はロックをイメージした黒い衣装で再登場。CD未発表の新曲であるポップな「HAPPY CHANCE」と、80年代テイストの「彩りの夏」を歌ったが、後者での「彩未」コールのあまりの激しさには、かつてDVDで見たキャンディーズのコンサートの熱気さえ連想した。つまり、この日だけで70年代と80年代と90年代と現在が交錯し、時代性を超越していた。武藤彩未にマイクを向けられたファンの大合唱と、それを受け継いでの武藤彩未の歌でライブは幕を閉じた。


 それでもやまないアンコールの声に応えてダブルアンコールへ。この日2回目となる「OWARI WA HAJIMARI」が歌われたが、本編よりラウドで自由になった演奏は、この日の武藤彩未のライブを象徴するかのようだった。楽曲が終わる頃には、すっかり周囲が熱気で暑くなっていた。


 最後の最後、武藤彩未は会場を静かにさせて肉声で「明日もあるからもう帰ってね!」と言って笑わせた。武藤彩未のライブでは、自分の学校での成績の良さを「面白くないですよね?」と言ってみたり、ミスをした楽曲を意地になってやり直したり、素のキャラクターが見える瞬間があるのが面白い。


 武藤彩未の楽曲は基本的にポップであるだけに、この日のようにロックなサウンドになると、いつもの雰囲気との違いが大きいがゆえに盛りあがる。しかし、それは「ロック」というわかりやすい記号の中に陥ってしまう危険性もある。また、この日のカバーの選曲は80年代ほど古くなかったために、中途半端な懐メロ感が出てしまう懸念もあった。しかし、それらをすべて杞憂としてしまった武藤彩未のシンガーとしての力量にこそ注目するべきだろう。


 またカバーでは、振りがなかったり、ギターを弾いたりしたために、いつものように歌い踊ることがなく、そこには「引きの美学」があった。そのぶん、武藤彩未が歌に集中していたことは言うまでもない。


 「この時代にソロアイドルでつらいこともあるけど」と、武藤彩未がMCで語ったことは印象的だった。しかし、時代性の枠を超えて、武藤彩未には同時代のシンガーとしてのリアリティをつかんでほしい。それこそ気を抜いていると、聴き手が置いていかれるような存在に進化してほしいのだ。そんな期待をさせられたライブだった。(宗像明将)