2015年06月11日 14:41 弁護士ドットコム
「居酒屋の店員が勘違いして、自分の傘を隣の席の客に渡してしまった」。こんな悩みが、弁護士ドットコムの法律相談コーナーに寄せられた。ある会社員の女性が、お気に入りの高価な傘を居酒屋でなくしてしまったのだという。
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相談者は会社の送別会で居酒屋を利用したが、店に傘たてがなかったため、持っていた傘を座席近くのハンガー用のフックに掛けていたそうだ。しかし、そのフックは隣の席のもので、隣の席の外国人客が帰った際に、店員が忘れ物だと勘違いして渡してしまったそうだ。ただ、店員は、この外国人客に忘れ物かどうか尋ねた際に「Yes」と言われたと釈明している。
相談者は傘代の一部でも弁償してほしいと思っているが、店舗に支払わせることはできるのだろうか。西田広一弁護士に聞いた。
「居酒屋で、物を失くしてしまった場合の取り扱いについては、商法に規定が定められています」
西田弁護士はこのように切り出した。どんなルールが定められているのだろう。
「居酒屋は、客の来集を目的とする『場屋』(じょうおく)の取引営業に該当します。居酒屋のような飲食店の他にも、ホテルや旅館などがこれにあたります。
この『場屋営業』では、多数の客が出入りし、客がある程度の時間、その場所に滞在するという特殊性から、客の所持品がなくなったり壊れたりした場合について、場屋営業者の特別な責任が定められています。
たとえば、客が店側に預けた物品については、不可抗力を証明しないと責任を免れません(594条1項)。
また、店に預けずに、客が場屋内で携帯していた物品についても、場屋営業者や、その使用人の不注意があれば責任を負います(594条2項)」
客が高価な持ち物を持っているような場合、店側に酷ではないだろうか。
「高価な品については、客がその種類と値段を告げて預けた場合でなければ、店側は賠償する責任を負わないとされています(595条)。
たとえば、高価な腕時計を持っているような場合、『これは●●の腕時計だから、ちゃんと保管してくださいね』と告げて店側に預けないと、万が一のときに賠償してもらえないというわけです」
今回の傘のケースは、どう考えればよいだろう。
「傘が高価とはいえ、貨幣や有価証券に準ずるほどの高価品とはいえないのではないでしょうか。そのため、595条は適用されないと思います。
また、座席近くのハンガー用のフックに掛けていたそうですから、594条1項(客が店側に預けた物品については、不可抗力を証明しないと責任を免れない)のケースでもないと思われます。
ただし、店側に預けたといえない場合でも、店は、客の持ち物について善管注意義務(善良なる管理者としての注意義務)を尽くす必要があります(594条2項)。善管注意義務というのは、簡単にいえば、適切に管理する義務を負っているということです」
店側は、適切に管理する義務を果たしたといえるだろうか。
「フックにかけてある傘を渡す際にどのような注意をすべきかは、かなり微妙な問題です。
今回のケースで店側は、傘を渡した外国人客に本人の物かどうか確認をしています。客が嘘を言うとは思えないのが通常であり、客を疑うと店の信用問題にもなります。ですから、渡す相手に確認した場合には、他に疑う事情がない限り、善管注意義務を尽くしたと認めるのが妥当ではないかと考えます。
そのため、相談者は、店に対して、傘の時価分の賠償請求をすることはできないと思われます」
相談者はあきらめるしかないということだろうか。
「もちろん、この場合でも、店が店の信用のため、任意に傘の賠償をする場合はあり得ます。また、外国人客に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求ができるでしょう」
西田弁護士はこのように分析していた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
西田 広一(にしだ・ひろいち)弁護士
1956年、石川県小松市生まれ。95年に弁護士登録(大阪弁護士会)。大阪を拠点に活動。得意案件は消費者問題や多重債務者問題など。大阪弁護士会消費者保護委員会委員。関西学院大学非常勤講師。最近の興味関心は、読書(歴史小説)、食品の安全、発達障害など。
事務所名:弁護士法人西田広一法律事務所
事務所URL:http://law-nishida.jp