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星野源の音楽とドラマ『心がポキッとね』 両者に共通する“優しさ”と“毒気”とは?

2015年06月10日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『心がポキッとね』公式ホームページ

 フジテレビ系で水曜夜10時から放送されていた『心がポキッとね』が6月10日に最終回を向かえる。本作は、阿部サダヲが演じるアンティーク家具店で働く中年男性を主人公にしたコメディタッチの恋愛群像劇だ。脚本は岡田惠和。チーフ演出は宮本理江子。


参考:EXILEドラマが見せる、成熟した男たちの群像劇 『ワイルド・ヒーローズ』の可能性と課題とは


 大人の恋愛コメディとして好評だった『最後から二番目の恋』(フジテレビ系)を手掛けた二人の新作ということもあり、前評判は高かったが、視聴率は低く、第1話では10.4%(関東地区)あった平均視聴率は第9話では5.3%(同)と、半数近い視聴者が離れてしまった。


 個人的には、本作が失敗作だったとは思わない。むしろ、今期のドラマの中ではダントツに面白かったのだが、ついていけないと途中離脱した視聴者の気持ちもわからなくはない。


 タイトルのとおり本作の登場人物は、なんらかの理由で心が折れてしまった人たちなのだが、主人公の小島春太は営業の仕事のストレスから会社の部下に八つ当たりをしてクビになり、女房を殴って離婚したDV男。ヒロインの葉山みやこ(水原希子)は、好きな男性の仕事先まで付きまとうストーカー女と、普通のドラマなら悪役として扱われるような人間たちが主人公なのだ。


 また、アンティーク家具店のオーナーで、その穏やかな性格から「神様」と呼ばれている大竹心(藤木直人)は、優しいを通り越して人として感情の機微がわからない子どものような男で、大竹心の婚約者で春太の元妻の鴨田静(山口智子)は、空間デザイナーの仕事をしているのだが、若作りをしてオシャレな自分を過剰に演出する1996年に大ヒットした『ロングバケーション』(フジテレビ系)で山口が演じたヒロインの葉山南が、そのまま年を取ったような女として設定されている。つまり、登場人物があまりにも個性的で感情移入を拒絶するような痛々しい人ばかりなのだ。


 DV男やストーカー女といった加害者側の人間が、再び他人を傷つけてしまうのではないかという心理的不安をコメディとして描こうとする試みは挑戦的で、会話劇としても面白かったのだが、不快に思う人がいても仕方がないのかもしれない。


 代表作の『ちゅらさん』(NHK)を筆頭に、岡田惠和はハートウォーミングなユートピアを描く作家として高い評価を受けている脚本家だ。そういった明るいトーンの裏側に、優しさゆえにお互いを傷つけてしまうという残酷な現実を隠し味として常に潜ませてきたのが岡田の持ち味だったのだが、いつもは隠し味だった毒が、今回は全面に出過ぎてしまったように感じる。また、心を病んだ人たちをコメディで描くということも、視聴者からは理解されにくく、敷居が高い作品となってしまったのだろう。


 一方、岡田惠和のドラマは、表向きは優しい世界を描いていても、遠くから醒めた目で眺めているような突き放した距離感で作られている。そのせいか、穏やかで優しい世界の向こう側に「暗闇のようなもの」がぼんやりと見える。


 この優しい世界に対する距離感や、ほのかに見える暗闇は、本作の主題歌「SUN」を歌う星野源とも通じるものがあると言える。


 星野源はソロミュージシャンとして活躍する一方で、先日解散したインストゥルメンタルバンド・SAKEROCKのリーダーや、阿部サダヲと同じ「大人計画」に所属する俳優など、様々な顔がある。


 個人的に驚いたのは、「蘇る変態」(マガジンハウス)等の著作で見せる文章の才能だ。彼のエッセイには、親しみやすい表情からは想像がつかないような毒っ気があり、今まで漠然と癒し系の人と思っていた星野源の暗い面が垣間見えて、個人的にはすごく好感を持った。


 星野源は、優しい歌声と満面の笑みを浮かべているファニーフェイスの印象から、草食系男子のロールモデル的な存在として見られることが多い。ドラマ化もされた漫画『モテキ』(講談社)の主人公である自意識過剰な青年・藤本幸世のモデルが星野源だというのは有名な話だ。


 だが、星野の曲は、表向きは誰もが癒される優しい世界を提示しながら、その裏側に残酷な真実や毒が散りばめられているように感じる。だから、聴き込めば聴き込む程、心がザワザワしてくる。


 「地獄でなぜ悪い」では、脳動脈瘤再発による過酷な入院体験をもとに、病室の窓から下界を眺めながら、自分は楽しい地獄に生きている……と思う感覚が歌われていたが、こういう心境をポップに歌えてしまう感覚には驚かされる。


 本作の主題歌「SUN」も、おしゃれでポップな曲調だが、どこかもの悲しく、コメディタッチで生きるのが苦しい人たちを描く岡田惠和の世界観とシンクロしている。


 また、声質が柔らかいためか、さんさんと降り注ぐ太陽の光というよりは、穏やかな木漏れ日のような感触がある。


 奇しくも、岡田惠和が2011年に手掛けた連続テレビ小説のタイトルが『おひさま』だったのだが、「SUN」も『おひさま』も、押しつけがましくない距離感ゆえの優しさがある。穏やかな木漏れ日は、暗い影があるからこそ輝くのだ。(成馬零一)