パドックを訪れていた元F1ドライバーのジャン・アレジ氏に、F1カナダGP限定のベスト3ドライバーと悪い意味で気になったドライバーを選び出してもらった。さらに日本のみならず注目を集めているマクラーレン・ホンダについて、どう見ているのか──?
この週末、最高の仕事をしたドライバーは、言うまでもなくルイス・ハミルトンだよ。ポールポジションからスタートして、首位を独走し続けて、そのままチェッカーを受けた。もしかしたら、簡単な仕事に見えたかもしれない。でも、そんなはずがないということは、レースのことが少しでもわかってれば理解できるよね。
モナコで勝利を逃したことを、本人は「もう過去のこと」と言っていた。それを証明するためにもルイスには、ここで勝つ必要があったんだ。彼は、ほとんど完璧な形でやってのけた。終盤かなり燃費が厳しくなって、先頭を“むきだし”で走ってるぶん、すぐ後ろのニコ・ロズベルグより厳しかったはずだけど、その調整をこなしつつ、きっちりレースをコントロールしていたよね。
ルイスに劣らず良い仕事をしたのがセバスチャン・ベッテルだ。レースの最初から最後まで攻めまくっていた。なのにミスは一度、飛び出しただけ。タイヤや燃費、ブレーキにかなりの負担がかかっていたはずだけど、そんなことを感じさせない熱い走りだった。フェラーリドライバーがジル・ビルヌーブ・サーキットで、あそこまで見せてくれたら地元の観客にはたまらない! フェラーリは思ったほどメルセデスとの差が縮められなかったけど、それを帳消しにするようなパフォーマンスだった。
3番目には、ニコ・ロズベルグを挙げたい。二コは自分にできるベストを尽くしたわけだからね。スタートで前に出られなかった時点で勝負は決まっていた。さらに遡れば、予選でタイヤ管理がうまくいかないトラブルに見舞われて、ポールポジションが取れなかったことも敗因ということになる。チームメイト同士で優勝を争うというのは本当に難しいことなんだ。レースの週末が始まった時点から戦いが始まる。チームの戦力を、いかに自分に有利に持ってくか。いまのところはルイスのほうがうまくできてるけど、ちょっとしたことで変わりうる。メルセデスは、マイケル(ミハエル・シューマッハー)時代のフェラーリみたいに露骨な待遇差をつけるチームじゃないから尚更さ。
他に気になったドライバーは……キミ・ライコネンは、まだ本来の実力を発揮できていない印象かな。今回は予選で速さを見せたけど、本当はあんなもんじゃない。ソフトウェアのトラブルに足をすくわれて表彰台を逃したのは残念だった。でも、あれがなかったとしても、ちょっと精彩を欠いた感じがする。昨年よりは、はるかに良くなったとはいえ、まだキミが存分に走れるクルマに仕上がってないんだろう。
キミを抜いて表彰台に立ったのが、同じフィンランドのバルテリ・ボッタスだったことに別に象徴的な意味は感じない。キミは、まだまだやれると思ってる。バルテリは、キミや一世代前のミカ・ハッキネンと比べると、よりゲルマン風の印象だね。本能のきらめきより、理詰めでいく感じ、というのかな。一方でバルテリはブレイクスルーが待ちきれなくて、初優勝を待ち望んでいるはずだ。その気持ちは僕も本当によくわかる。
ロマン(グロージャン)は本当に情けない。初心者じゃあるまいし。しばらくクラッシュがなくて、落ち着いたかなと思ってたんだけどね。過去のミスから、全然学んでいない。クラッシュ直後に無線で「向こうが突っ込んできた」って言ったのには、あきれたよ。本当にそう思ってるんだとしたら救いようがない。あのクラッシュ癖は、もう治らないね。とても残念だけど、あれだけ繰り返すということは根本的な欠陥だから。ルノーからメルセデスにパワーユニットを交換して戦闘力が向上したのに、全然活かせていない。カナダに限って言えば、パストール(マルドナド)のほうが、はるかに落ち着いて安定した走りをしていたよ。
マクラーレン・ホンダのふたりは、当分我慢し続けるしかない。フェルナンド(アロンソ)もジェンソン(バトン)も、疑心暗鬼になり始めていることは手に取るようにわかる。でもチームを信頼して自分たちのベストを尽くすしかないよね。いまのところはふたりとも涙ぐましいぐらいに自分たちの仕事をやっているように見える。コース上でもメディア対応においてもね。チームもホンダも1日も早く彼らに応えないとね。
厳しいのはレッドブルも同様で、僕はクリスチャン(ホーナー代表)のことは昔からよく知ってるけど、あんなに緊張した表情をしてるのは初めて見た。チーム内の雰囲気は最悪のようだ。ある意味でダニエル・リカルドとダニール・クビアトは完全に犠牲者と言っていい。ふたりとも才能あるドライバーなだけに、かわいそうとしか言いようがない。
(柴田久仁夫)