2015年06月03日 13:11 弁護士ドットコム
大阪府豊中市で5月下旬、33歳の女性が1歳の子どもの目の前で刺殺されるという痛ましい事件が起きた。報道によれば、被害女性は、妊娠3カ月だったそうだ。
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事件の容疑者は同じマンションに住む男で、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。では、殺害された「被害者」の人数はどうなるのか。身体を刺された女性のみの「1人」とされるのだろうか。あるいは、母の胎内で亡くなった胎児も含む「2人」となるのだろうか。容疑者の量刑にもかかわるだけに気になるところだ。
冨本和男弁護士に話を聞いた。
「刑法上の『被害者』は母親である女性だけとなります」と、冨本弁護士は結論を述べる。
「殺人罪の対象は『人』です。しかし、現行刑法は、胎児が『人』ではないという考え方ですから、胎児については、殺人罪が成立しません。堕胎罪の対象となる場合をのぞき、胎児は『母体の一部』であると考えられています」
過去には、どのような議論があったのだろうか。
「過去に、胎児の法的位置づけが、大きく議論された事案があります。母親が妊娠中にメチル水銀によって汚染された魚介類を食べたところ、胎児が胎内で脳に異常をきたし、胎児が出生して『人』となった後、12歳9カ月で、『水俣病』に起因する栄養失調・脱水症で亡くなりました。
最高裁判所は、1988年(昭和63年)2月29日の判決で、次のような判断を示しました。
『胎児に病変を発生させることは、人である母体の一部に対するものとして、人に病変を発生させることにほかならない。そして、胎児が出生し人となった後、右病変に起因して死亡するに至った場合は、結局、人に病変を発生させて人に死の結果をもたらしたことに帰するから、病変の発生時において客体が人であることを要するとの立場を採ると否とにかかわらず同罪(業務上過失致死罪)が成立する』
胎児については『母体の一部』と述べていますが、この裁判では、『人(母親)』に病変を発生させて、『人(出生して人となった子供)』を死亡させた場合でも、『業務上過失致死罪』が成立するという理屈による処罰を可能な限り広く認めました」
それでも、妊娠中の女性が不幸にして殺害された場合には、容疑者に「2人を殺害した」罪を問うことはできないのだろうか?
「犯人が堕胎させるために母親に危害を加えたわけでもありません。そのため『被害者』は母親だけということになります」
それでも家族にとっては、被害者は2人として記憶されていくのだろう。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
冨本 和男(とみもと・かずお)弁護士
債務整理・離婚等の一般民事事件の他刑事事件(示談交渉、保釈請求、公判弁護)も多く扱っている。
事務所名:法律事務所あすか
事務所URL:http://www.aska-law.jp