2015年06月03日 10:51 弁護士ドットコム
児童への「性的虐待」について、時効の壁による泣き寝入りを防ぐため、与党・自民党が時効の見直しを始めたことが報じられた。民事・刑事両面で、被害者が成人になるまで時効を停止する立法案を検討しており、幼少時に受けた性的虐待が対象になる。
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現在の法律では、性的虐待を受けた児童が泣き寝入りするケースが多いといわれる。たとえば、虐待が原因で心的外傷後ストレス傷害(PTSD)を発症しても、民事では、被害者が損害を知ったときから3年(時効)、あるいは加害行為から20年(除斥期間)を過ぎると、損害賠償の請求権が消滅する。刑事でも、公訴時効(強制わいせつ罪の場合は7年・加害行為があった日から起算)が定められている。
このため、見直し案では、時効の起算点を「成人になったとき」として、幼少時に性的虐待を受けた被害者が訴えを起こしやすいようにする。「時効」見直しの背景や今後の課題について、児童虐待問題にくわしい榎本清弁護士に聞いた。
「これまで、現実と、時効に関する法規制の間には、大きな不整合がありました。子どもが被害を受けてから、提訴・告発まで相当、長期間が経過してしまいますが、民事上では被害者が損害を知った日、刑事上は加害行為があった日から時効が起算されます。今回の見直しがなされた背景には、これをただすことがあります」
提訴・告訴まで時間がかかるのは、どんな背景があるのだろう。
「幼いときには、性的虐待の意味も分かりません。たとえ分かったとしても、他人には言えない状況におかれています。ですから、この段階で訴え等を起こすことはできません。
また、子どものときに性的虐待を受けると、長期間絶った後でも、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ病等という形で、深刻な影響を受け続けるケースがあることが、研究で明らかになってきました。
しかし、大人になってから、こうした症状が出ても、その原因が児童期の性的虐待であると認識することは、医学的な診断でもされない限り、難しいのが現状です」
となると、成長後でも、告訴などができるようになるまでには、かなり時間がかかりそうだ。
「しかし法律は、一律に不法行為のときや、犯罪行為が終わったときから一定の年数で、時効や除斥期間により、損害の請求や裁判を起こせなくなることを定めています。子どもに対する性的虐待被害に特有な問題には、配慮していません。
このため、性的虐待の被害者が損害賠償請求などをしようと思っても、実際には時効・除斥期間の壁にぶつかってしまうことが多いのです。実際、最近の裁判で、時効などを理由に被害者の請求を棄却する判決もでて、大きく報道されました。
その後、高等裁判所の判決で、逆転勝訴となりましたが、現在も最高裁判所で裁判は継続中です。この裁判と、裁判をめぐる世論が今回の見直しに直接的な影響を与えているのです」
今回の見直し案は、時効などの進行を、被害者が成人するときまで停止するというものだが、どう評価しているのか。
「子ども時代の性的虐待の被害者が、加害者に対して損害賠償請求をしたり、告訴したりということが、時効等の壁により断念させられるという問題は大幅に解決されます。
先に述べた裁判の高裁判決のように、法律の解釈で被害者保護を図ることもできますが、それにも限界があります。抜本的に解決するためには、法律自体の見直しが最善です。
ただ長期間の経過で、証拠が失われたり、関係者の記憶があいまいになって証言が得られなくなったりするということも課題です。加害者側が十分な防御ができなくなる可能性もあるという点にも配慮して、検討を進める必要があるでしょう。
また、被害者としても、同様に長期間の経過で立証が困難になれば、結局、損害賠償請求等が認められないことになってしまいます。
これは今回の見直しでは、解決される問題ではありません。やはり、性的なものも含め、児童虐待においては、早期発見と被害者に対する保護・支援体制を充実させることが重要です」
榎本弁護士はこのように話していた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
榎本 清(えのもと・きよし)弁護士
埼玉弁護士会所属。2005年弁護士登録。児童虐待案件で、児童相談所対応、審判対応などをした経験をもつ。離婚・相続問題、交通事故紛争等の一般民事から、労働問題まで幅広く対応している。
事務所名:西風総合法律事務所
事務所URL:http://www.ab.auone-net.jp/~enomoto/