トップへ

AKB48の「ミュージカル路線」はここまで進化した 舞台『マジすか学園』が示したAKB歌劇団の最新系

2015年06月03日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

舞台「マジすか学園 」~京都・血風修学旅行~HP

 TVドラマ『マジすか学園』シリーズを舞台化した『「マジすか学園」~京都・血風修学旅行~』(渋谷・AiiA Theater Tokyo)が5月19日に公演を終えた。ドラマ版の『マジすか学園』、特にシリーズ初期の作品はAKB48の新たなファン開拓の入口にもなった人気作だが、それは同作に現実の48グループが描く人間関係のダイナミズムを踏襲した設定が織り込まれていたことが要因だった。宇野常寛氏がかつて整理したように、ファンの間に浸透していたAKB48の各メンバーのキャラクターをオリジナルとして、「秋元康を中心としたプロデュースチームはその二次創作として公式製作のテレビドラマを送り出し、アイドルの身体はその二次創作的キャラクターを演じる」(宇野常寛『リトル・ピープルの時代』:幻冬舎)という構造が『マジすか学園』にはあった。今回の舞台化は、その公式による二次創作的フィクションである『マジすか学園』を舞台演劇の場で再度、アイドル自身のライブの身体的パフォーマンスとして作り直す試みということになる。


(参考:「私は2年後、AKB48にいない」峯岸みなみと加藤玲奈が明かす、グループの世代交代と今後


 現実(実際の48グループ)→現実を踏まえつつ構成されたフィクション→そのフィクションをオリジナルのアイドル自身によって舞台化という、複数のジャンルのコンテンツにまたがって再解釈を加え虚実を交錯させる方法は、昨年9月および今年3月に上演された舞台『AKB49』にも共通したものだ。特に際立ったキャラクターを複数生み出した『マジすか学園』についていえば、映像メディアで生み出したそのキャラクターが、舞台というアイドル自身のパーソナリティが強く滲みやすいライブの場でどのように再構築されるのかが注目された。今回の舞台で最もフィーチャーされたのは、松井玲奈演じるゲキカラである。ドラマ全シリーズを通じて屈指の人気と完成度の高さを誇るゲキカラを演じた松井は、編集のきかない舞台の場でもそのイメージを壊すことなく、ゲキカラの破綻的な性格や独特の佇まいをキープし、ポテンシャルの高さをうかがわせた。フィナーレではキャストが劇中人物かつ48グループのメンバーとしてマイクを握るが、ここでの松井は一挙手一投足に「ゲキカラ」と「松井玲奈」を二重に映すような際立った振る舞いを見せ、演者としての懐の深さを見せつけた。また、フィナーレで歌われた楽曲はAKB48「前しか向かねえ」だったが、2014年の大島優子卒業に際して制作されたこの楽曲がチョイスされることで、TVドラマにおいて大島が演じた「優子」へのゲキカラの思慕とも重なり合い、虚実を絡ませて再解釈を重ねていくような、48グループのフィクション作品の効果がここにもあらわれていた。


 いま、「前しか向かねえ」について言及したが、48グループの手がける演劇は、グループがこれまで発表してきた楽曲を随所で活用するミュージカルとしての側面を持つ。いうまでもなくAKB48グループは、各グループのシングル曲とカップリング曲、それに劇場公演曲と、膨大な楽曲アーカイブを持ち、なおかつその総数は毎年定期的にシングルがリリースされることで、ハイスピードで増えていく。舞台『マジすか学園』『AKB49』は、それら48楽曲を駆使して制作されている。大きなヒットを記録してきたシングル曲にせよ、今回の『マジすか学園』でいえば「おしべとめしべと夜の蝶々」のように継承されてきた公演曲、あるいは現在の新進メンバーによって勢いと不穏さが表現されたアルバム曲「Birth」にせよ、舞台の物語に合わせて適用されることで新たな解釈を施され、また楽曲に合わせてシーンがつくられることで既存曲のイメージも豊かなものになる(とりわけ「Birth」は、小嶋真子と同曲歌唱メンバーでもある大和田南那のアクションシーンに用いられ、潜在能力の高い若手の不敵さを象徴する効果をあげていた)。48グループの積み上げてきた楽曲群の表現を広げる手段としても、ミュージカル公演は有効なものになっている。


 このところ、『AKB49』『マジすか学園』もしくは『指原莉乃座長公演』と、48グループが手がける演劇企画が相次いだが、AKB48の楽曲をミュージカルに活かすという発想は、早いところでは2009年のAKB歌劇団『∞・Infinity』で具現化していた。同作の構成・台本・演出を手がけた広井王子は当時、AKB48楽曲を集めて物語を立ち上げるに際して、AᗺBAの楽曲群を使いながら物語を構成したミュージカル『マンマ・ミーア!』を着想のヒントとして挙げている。『∞・Infinity』は『マンマ・ミーア!』のようにAKBの既存曲を多数用いながらオリジナルの物語として構成し、AKBミュージカルの端緒となった。『マジすか学園』等のミュージカル公演は、かつて定期的な活動が嘱望されながらも長期プロジェクトには至らなかった、AKB歌劇団の系譜を継承する最新系でもある。


 AKB歌劇団の演出を引き受けた折に、広井がAKB48に宝塚歌劇団や松竹歌劇団を重ね合わせていたように、「歌劇」はAKB48を立ち上げる段階から秋元康の構想の中にあったものだ。常設劇場を持つことで公演スタイルとしてのそれは早くに実現していたが、ここにきて48グループは手持ちの楽曲アーカイブを活かしながら、演劇としての「歌劇」の実践にも積極的になってきたように感じられる。かつてのAKB歌劇団は秋元才加、宮澤佐江という二人の優れた男役を生んだ。秋元は現在、AKB48グループの卒業メンバーのうちで最も優れた舞台女優に成長し、また宮澤も大きな舞台の経験を積みつつ『AKB49』では主演を務めるなど、AKB歌劇団の蒔いた種は時を経て各日に成果をあげている。AKB48グループのミュージカル路線が活発化することは、メンバーたちの将来的な選択肢やポテンシャルを広げるうえでも大きなものになるに違いない。(香月孝史)