2015年06月02日 11:02 弁護士ドットコム
クラブのママによる客への「枕営業」は、その妻に対する不法行為にはならず、慰謝料を払わなくてもよい――。銀座クラブのママに対して、クラブの客の妻が「慰謝料」を求めた裁判で、東京地裁がそんな内容の判決を出していたことがわかり、話題となっている。
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この裁判では、東京・銀座のクラブのママをしている女性が、客である会社社長の男性と約7年間、繰り返し性交渉をしていたことが問題になった。男性の妻が「精神的苦痛を受けた」として、女性に慰謝料400万円を求めたのだが、裁判所は妻の請求を退けたのだ。
昨年4月に出た判決だが、今年5月下旬に発売された法律雑誌「判例タイムズ」に掲載されたことがきっかけで、弁護士たちの間で話題となった。その後、朝日新聞がこの判決を記事として取り上げたことで、一般の人たちにも広く知られることとなった。
東京地裁は、クラブのママの「枕営業」について、「何ら結婚生活の平和を害するものでなく、妻が不快に感じても不法行為にはならない」と判断している。妻が控訴しなかったため、判決は確定しているということだが、判決のポイントはどこにあるのだろうか。秋山直人弁護士に聞いた。
「被告(クラブのママ)は『男性との間で不貞行為はなかった』と争っていましたが、判決では、『仮に不貞行為の存在が認められるとしても』という前提で、論理が展開されました」
どんな論理なのだろうか。
「まず、ソープランドに勤務する女性が対価を得て、妻のある顧客と性交渉を行った場合には、顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず、何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないから、たとえそれが長年にわたり頻回に行われても、妻に対する関係で不法行為にあたるものではない、としました。
さらに、クラブのママやホステスによる『枕営業』の場合にも、顧客がクラブに通って代金を支払う中から間接的に性交渉の対価が払われており、ソープランドとの違いは、対価が直接的か間接的かに過ぎないとか、『枕営業』の場合には女性が顧客を選択できるといっても、出会い系サイトを用いた売春のように、女性が顧客を選択できる形態の売春もあるから、売春と大差はない、と論じています。
つまり、『枕営業』の場合もソープランドと同じで、ママは顧客の性欲処理に商売として応じたにすぎず、何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないから、そのことを知った妻が精神的苦痛を受けたとしても、妻に対する関係で不法行為にあたるものではない、と判断したのです」
不法行為にあたらないということは、慰謝料を払わなくてもよいということだ。
今回の判決は、一般のニュースで話題になっているが、法律の専門家からみても異例といえるのだろうか。
「この判決は、東京地裁の有名な裁判官の判断ということもあり、弁護士の間でも、かなり話題になっています」
秋山弁護士はこう語る。
「ただ、今回のケースでは、夫婦は離婚していません。また、妻は、夫ではなく、クラブのママだけを訴えています。その点には、注意が必要です。担当裁判官も、同様の事案で妻が夫を訴えたのであれば、不法行為を認めるのかもしれません」
過去の判例はどうなっているのか。
「そもそも、夫と不倫関係に入った女性が、妻との関係で不法行為責任を負うかについては、以前はかなり議論もあったようです。
過去の最高裁の判例(昭和54年3月30日)は、『夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意又は過失がある限り、・・・両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務がある』と判示しています。
この判例の一般的な理解からすれば、顧客と女性の関係が自然の愛情によって生じたものではなく、女性が顧客の性欲処理に商売として応じた場合であっても、女性が、その顧客が妻帯者だと認識していたのであれば、その女性は妻に対する関係で不法行為責任を負う、ということになるように思います」
では、今回の判決は、従来の判例とかなり異なるものではないのか。
「今回の判決は、判例の一般的な理解や、これまでの裁判実務の大勢に反するものであると思います。判決は控訴なく確定したとのことですが、今後同様の判断があいつぐとはちょっと思えないところです。
事実認定としても、本判決が前提としたのは、『月に1、2回、主として土曜日に、共に昼食を摂った後に、ホテルに行って、午後5時頃別れることを7年間にわたって繰り返した』という事実関係ですが、そのようにして7年も続いた関係が、単なる商売と割り切って言えるのか疑問ですし、婚姻共同生活の平和を害さないと言えるのかは、大いに疑問です」
今回の判決の論理を他の事例にも適用すると、どういうことが起きうるのか。
「この判決の論理からすると、夫が愛人と定期的に性交渉を繰り返した場合でも、夫が愛人に定期的にお手当を渡していれば、性欲処理に商売として応じたに過ぎないとして、妻との関係で不法行為にならないという結論になってしまうのではないでしょうか。
さらに言えば、本事案の男女を逆にして、ホストにはまった妻が、月に1、2回、ホストとホテルでの性交渉を7年間にわたって繰り返し、夫がホストを訴えた事案だとどうでしょうか。
ホストの行為は、顧客の性欲処理に商売として応じたものとして、婚姻共同生活の平和を害さないでしょうか。男女の社会的性差が判断に影響しているのではないかも、気になるところです」
秋山弁護士はこのように語っていた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
秋山 直人(あきやま・なおと)弁護士
東京大学法学部卒業。2001年に弁護士登録。所属事務所は溜池山王にあり、弁護士3名で構成。原発事故・交通事故等の各種損害賠償請求、企業法務、債務整理、契約紛争、離婚・相続、不動産関連、労働事件、消費者問題等を取り扱っている。
事務所名:たつき総合法律事務所
事務所URL:http://tatsuki-law.com/