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“ポップ求道者”HARCOがたどり着いた新境地とは?「川柳が20行ぐらい続くような歌詞が理想」

2015年05月30日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

HARCO。

 97年に現在の名義で活動開始したHARCO。いち早くサンプリングを取り入れるなど実験的な部分を覗かせつつ、ポップスを軸とした楽曲を送り出してきたシンガーソングライターだ。個人曲を発表する一方で、「世界でいちばん頑張ってる君に」などCMソングやテーマソングの作曲・歌唱やナレーション、映画音楽やプロディース、他アーティストとのコラボレーションを行うなど、その活動は幅広い。ピアノやドラム、マリンバなど複数の楽器を演奏するマルチプレイヤーでもあり、レコーディングは自宅スタジオで行うという、ポップス職人的な活動形態をとっている。


 そんなHARCOが約5年ぶりに発表したアルバム『ゴマサバと夕顔と空心菜』は、堀込泰行や杉瀬陽子、あがた木魚らがゲスト参加。アコースティックギターの音色が心地よいポップソングからマリンバが印象的なインスト曲、ジャジーなピアノが響く楽曲までとバラエティ豊かな仕上がりで、新しくもどこか懐かしい“2015年のシティポップ”を打ち出した良作だ。


 6月からはNHK『みんなのうた』での楽曲放送が決定。6月3日には同曲を収録したアルバム『Portable Tunes 2 -for kids&family-』の発売を控えており、リスナー層を拡大しそうだ。


 今回はそんなHARCOに、シティポップへの思いや新作の聞きどころをインタビュー。制作スタイルや楽曲の軸となっているもの、ファンタジーとリアルの間をとったような表現で綴られた歌詞へのこだわりなど、自身の音楽についてたっぷり語ってもらった。


・「日本のシティポップを自分なりに捉え直してみたかった」


――新作『ゴマサバと夕顔と空心菜』は、前作『Lamp&Stool』(2010年)から約5年ぶりとなるアルバムです。どんなことを意識して作りましたか。


HARCO:『Lamp&Stool』発売後は、GOING UNDER GROUNDのサポートキーボードや、『らくごえいが』など映画のサウンドトラック制作、プロデュース業などをしていました。5年ぶりと言っても、実際は自分のレーベルから、チャリティミニアルバムやサウンドトラックなどの企画盤を1年1枚のペースで制作していたのですが、レコードショップに並ぶメジャー流通形式でのリリースは本当に久しぶりですし、自分の書き下ろしのみというのは、やはり思い入れが違ってきますね。


 2007年以降の何作かは、どこか「もっとこうなりたいな」という向上心や憧れをベースに、何かを目指しながら作っていたんです。例えば『Lamp&Stool』(10年)はジャズとポップスのクロスオーバーを狙って少し大人っぽく仕上げたんですけど、今回はAORじゃなくてMORというか。MORは「ミドル・オブ・ロード」という場合もあれば、「モダン・オリエンテッド・ロック」と訳す人もいるみたいで、日本語にすると「道の真中をいく」「中庸」になります。意気込みすぎず、自分がもともと持っているものをみつめて、自然体で作りました。


――歌い方も、近作とは異なるように感じられました。コアレコードからリリースされた3部作『Ethology』(04年)『Night Hike』(05年)『Wish List』(06年)を彷彿とさせる、抑えぎみの歌唱です。


HARCO:僕はもともと自分の声や歌にコンプレックスがあったんです。鼻にかかっていて、あどけなさ100%みたいな感じで、歌も下手で……というところからスタートしたので。それで一時期、「もっと“歌手”っぽく歌ったほうがいいのかな」と思っていた時期があって。08年から10年あたり、アルバムだと『KI・CO・E・RU?』『tobiuo piano』『Lamp&Stool』までの三作なのですが、僕は性格が真面目だからそっちに振り切れて、大げさに言うと「歌のお兄さん」のように歌い上げる感じになってしまうことがあって。それを好きだと言ってくれる方もいますが、戸惑いの声もあり、僕もリスナーとして“喋るように歌う”シンガーが好きなので、今回に向けて少しずつ戻してみました。


――喋るように歌うシンガーというと、具体的には?


HARCO:僕のまったくの主観なんですが、元The Changのボーカルで、今はユニット・TICAや映画音楽の制作などで活躍されている石井マサユキさんとか、坂本慎太郎さん、高田漣さんとか。はっぴいえんどの大滝詠一さんの初期の声も好きですね。


――はっぴいえんどと言えば、今作は楽曲的にシティポップの雰囲気がありますね。


HARCO:そうですね。今作ではあえて「日本のシティポップを自分なりに捉え直してみたい」という思いがありました。はっぴいえんどやシュガーベイブ、ティン・パン・アレーが下地を作った日本独自のジャンルだと思うんですけど、根底のところにブラック・ミュージックの要素が隠れていておもしろい。今回のアルバムの表題作は、細野晴臣さんのトロピカル3部作(『トロピカル・ダンディー』『泰安洋行』『はらいそ』)を意識して仕上げています。あと今回、自分でドラムを叩いたのですが、表題作や「つめたく冷して」のドラムは、リズムのところでティン・パン・アレーを意識していますね。


――HARCOさんはピアノ、ドラム、マリンバと様々な楽器を扱うマルチプレイヤーですが、影響を受けた人物はいますか?


HARCO:やっぱりトッド・ラングレンかな。自分で楽器を何でもやって、ジャンルも幅広くて、インストもやっていて、という。あと、僕は自分で歌う曲でも、人に歌ってもらうような作り方をするんです。メロディも「自分で歌うから、とりあえずざっくりで」じゃなくて「明日、自分が死んでしまっても、誰かが歌えるように」って(笑)。だからシンガーでありながら果敢に楽曲提供をしている人はいつも気にしていて。なかでもジミー・ウェッブは好きですね。サイモン&ガーファンクルのアート・ガーファンクルがジミー・ウェップの曲ばかりを歌った『ウォーターマーク』というアルバムはとくにお気に入りです。


――『Lamp&Stool』から、自宅スタジオで収録されているとのことですが、メリットはありますか。


HARCO:2009年に今の家に移り住んで、そのときに施工してもらいました。宅録がメインなので、ずっと、いつか自宅スタジオがほしいと思っていたんです。最初の投資は大きいですが、音楽活動を続ける中で得るものも大きいと思います。レコーディングだけじゃなくて、リハーサルスタジオとしても役立ちます。どの時間帯でも、大声で歌ったりピアノを鳴らしたりしても怒られないし、一日中曲を作ることもできるから、スキルを上げるためにすごく良かったですね。自宅スタジオを作るミュージシャンはこの10年くらいでどんどん増えていて、僕は「アコースティックエンジニアリング」という業者にお願いしたんですけど、もう友人のミュージシャン3人に紹介しています。


 音作りの面では、バンド揃って「せーの」で録るわけではないから演奏が同時に重なるグルーヴ感は活かせないんですけど、そのぶん音を緻密に作り込めるというメリットがあります。一つ一つの楽器を重ねて、グルーヴを自分の好きなように操作できるというか。僕は編集をたくさんするので、それも楽しいですね。とくに5曲目のインストゥルメンタル「TIP KHAO」は1回壊して再構築しています。


 あとはドラム。スネアとハイハットと、ライドシンバルだけを置いていて、バスドラムはないんですけど、ペダルを踏むと音が再現される――という機材を使っていて、「トンッ」と踏んだだけで、スピーカーからはちゃんと「ドンッ」と音がするんです。それを使ってドラムの音を素材として録って、編集して重ねています。


――「TIP KHAO」は今作で唯一のインストゥルメンタルですが、制作面で歌のある楽曲と異なる点は?


HARCO:歌は言葉があるので「言葉の世界と真正面と向き合う時間」があるのですが、インストだとその時間が全くないぶん、音だけの世界にのめりこめますね。僕は歌声が柔らかいのでそういうイメージがないかもしれませんが、実はグルーヴやビートの際立っているものが大好きで、4つ打ちモノも普通に家で聴いていたりするんですよ。インストだと歌がないぶん、音に振りきって作れるというおもしろさがあります。


・「僕の曲は『整理したくなる』エッセンスが入っている」


――歌詞は生活や街など身近なものが描かれていますが、表現はファンタジックなところもあり、短編小説のようだと感じます。


HARCO:短編小説のよう、というのは、まさに目指している方向性なので嬉しいですね。歌の主人公がどこかからどこかへ、旅をしている、移動している様子を描くのが好きなんです。表現的なところを言うと、心象風景よりも、景色など目に見えるものを組み合わせて描くほうが好みかな。あとは、歌詞の1行にできるだけ多くのセンテンスを詰め込みたい。極端な話をすれば、川柳が20行ぐらい続くような歌詞が理想です。


 僕は読書が趣味なんですが、さらっと読めるものよりも、比喩に比喩をかさねていたり、ときにアイロニカルな文体の小説が好きで。とくにジョン・アップダイクやレイモンド・カーヴァーは、庶民のなんてことはない日常と、そのなかで心が移り変わっていく様子を書くのがうまくて、僕もそういう詞を書けたらと思っています。色で言うと、原色じゃなくて、何色とも言い表せられない中間色を出していけたら。


――一方で、代表作の『世界でいちばん頑張ってる君に』は、作詞を山田英治さんがつとめ、ストレートなメッセージ性を持った楽曲です。6月からは同じく山田さんが作詞を担当された「ウェイクアップ!パパ!」が『みんなのうた』で放送されます。作り手として、どんな意識の違いがありますか。


HARCO:CMソングやテレビのテーマソングは完全にモードが違って、いい意味で職業作家という感覚で作っています。『みんなのうた』は10年くらい前から選ばれることを目指して作っていた経緯があって、『Portable Tunes 2』に収録されている「シロクマは、いったりきたり」もそのなかで出来た曲なんです。山田さんはもともと広告代理店のコピーライターで、歌詞にすごく訴求力があって。今回のテーマは「イクメン」なんですけど、僕には書けない種類の歌詞ですね。


――私生活だと、HARCOさんもお子さんが生まれたばかりですが、変化はありますか?


HARCO:生活は変わりましたが、音楽面は変わらないですね。「子どもができたら、曲の感じが変わるよ」とみんなに言われていたのですが、「いやー、そう簡単には」って抗う気持ちになっちゃいますね。いろいろと実験もしてきたので作風によってカラーは違いますが、やっぱり20年近く音楽をやってきて築き上げた作風や軸があるので、そこは変えたくないんです。


――ご自身では、どんな部分が軸になっていると思いますか。


HARCO:不思議な言い方になりますが、僕の曲は「整理したくなる」エッセンスが入っているような気がします。聴いている人が「部屋の掃除がしたくなる」とか「もう一回、勉強がしたくなる」とか「書類をファイリングしてみよう」とか、ちょっと整った気持ちになってもらえると嬉しいですね。


 あと、「どこかノスタルジックな気持ちになる」というのも大事にしているポイントです。恋をしたときの“キュン”じゃなくて、懐かしい風景に出会ったときに胸が締め付けられる感覚が僕はすごく好きで。あれはどうやら、心臓ではなくて、内臓や腸がキュンとしてるらしいですね。比喩表現ではなく、実際に分泌液が少し多く出ているのだとか。いわば内臓疾患ですね(笑)。


――(笑)。先ほど「実験してきた」という話がありましたが、ライブでも工夫されていますよね。例えば『Portable Tunes 2』にも入っている「文房具の音」ではセロハンテープを引き出す音をその場でサンプリングされたり、コーラスを重ねたり。


HARCO:普通に歌いつつも、「あ、これおもしろいね」っていう要素はどこかに持ち込みたいなぁと思っています。例えばマジックを見せられると、大人でも子どもに戻る瞬間がありますよね。そういう作用をライブのなかで起こしたい。僕自身が未だに少年っぽいからかもしれないですね、月を追っかけて自転車を走らせてるような(笑)。今までやったことがないことのひとつとして、いつかパフォーマンスをしながら歌ってみたいと思っていて。シンプルな机の前に座って、何か動作をしながら歌う、一人芝居のようなパフォーマンス。イッセー尾形さんやラーメンズ・小林賢太郎さんなど、スタンダップコメディアンの気概で、手ぶらでステージに立っているのに作品が成り立ってしまう人に憧れますね。


――6月には東名阪でバンド形式でのライブを控えていらっしゃいますが、どんなふうになりそうでしょう。


HARCO:ライブでは榊原大祐くんにドラムをお願いしています。榊原くんはロンドンで10年ぐらいアシッドジャズのシーンで活躍していて、すごくいいグルーヴを持っているんです。彼のドラムが入ることによって曲がどう変わるのか、僕自身も楽しみにしています。


 グッズとしてはリトルプレスが出ます。中身は、今回ジャケット撮影をラオスで敢行したので、まずはその写真のコーナー。それから昨年、好きな本を紹介しながらライブをしていたので、もっと詳しく解説する企画があったり、普段食べているものを撮影したページがあったり。読み物としても充実しているんですが、付録として未発表曲も収録されたライブ盤CDをつけるんです。以前、新曲を必ず発表するマンスリーワンマンライブをしていて、その最終月となった2013年11月17日の模様を収録しています。付録でCDというのは初めての試みなので、ちょっとドキドキしています。


――『ゴマサバ』から約1ヶ月での新作リリースがあり、ワンマンライブがあり……と活発に活動されていますが、今後の予定は?


HARCO:17歳でバンドデビューしてから20年ちょっとやってきて、今年は40歳になる節目の年でもあるので、次の20年はどうしようか、いろいろと考えているところですね。『ゴマサバ』は約5年ぶりのアルバムリリースということで、制作当初はリハビリ感覚もあったんですけど、いろんな人が「名盤だ」と言ってくださって。僕としても今の歌声はすごくしっくりきている実感があって、さらに評価もしていただけるということは、「最高傑作ができた」と言ってもいいんじゃないかなと(笑)……もしそうだとしたら、次の作品は新たな一歩になる。ずっと歌を歌っていきたいので、どう踏み出すのがいいか、考えているところです。


(取材・文=西田友紀)