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モナコGP決勝レース分析:65周目“10秒”を失ったハミルトン

2015年05月25日 13:00  AUTOSPORT web

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モナコGPレース後、表彰台でマーチン・ブランドルからのインタビューを受けるルイス・ハミルトン
ステアリングを、そしてヘッドレストを、怒りの感情を落ち着けるようにひとつずつゆっくりと外し、マシンを降りたルイス・ハミルトン。ヘルメットを脱いだ後、その憮然とした表情が、実に印象的だった今年のモナコGP。最後の8周は、手に汗握る、もの凄いレースとなりました。

 スタートを確実に決め、トップを独走していたハミルトンは、マックス・フェルスタッペン(トロロッソ)とロマン・グロージャン(ロータス)のアクシデントによってセーフティカーが出た際、ピットインしてタイヤを交換することを選択しました。しかし、これによりニコ・ロズベルグとセバスチャン・ベッテルの先行を許してしまい、優勝を逃してしまうという結果になりました。

 なぜハミルトンはピットインを選択したのでしょうか? ピットインをしなければ、ハミルトンが優勝していたはずです。しかし、当時の状況を考えれば、チームがピットインを選択した理由を、理解することはできます。

 ここモナコは、ペースの差が大きくとも、そう簡単にオーバーテイクできるコースではありません。語りぐさとなっている、アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)vsナイジェル・マンセル(ウイリアムズ・ルノー)が激しい優勝争いを繰り広げた、1992年のモナコGPが、その良い例。当時のウイリアムズは、マクラーレンよりも数秒速いラップを刻むことができたものの、マンセルは遂にセナを攻略できませんでした。マシンを右に左に振り、セナにプレッシャーを与え続けたシーンを、思い出す方も多いのではないでしょうか。

 モナコは、とにかくコース上でのポジション重視。タイヤ交換をせず、コース上に留まっていれば、ハミルトンが勝っていたはずです。ただ、ピットインする前周、64周目のハミルトンとロズベルグの差は25秒以上。この差からすれば、ハミルトンがピットインするのは正しく、もっともリスクの少ない作戦だったと考えたとしても、不思議ではありません。

 もしハミルトンの後続、全てのマシンがタイヤを交換し、新しいタイヤで追ってきたらどうだったでしょうか? いくらコース上でのポジションが重要だとしても、ハミルトンがそれらのマシンを確実に抑え切れたという保証はありません。しかも、セーフティカーによって、後続とのギャップはゼロになってしまうわけです。たとえば同じタイミングでタイヤを交換したレッドブルのダニエル・リカルドは、コース復帰後にフェラーリのキミ・ライコネンを攻略することに成功しています(接触しながらのオーバーテイクであり、リスクが大きかったのも事実ですが……)。ロスベルグとベッテルが新しいタイヤで襲いかかってきたら……いくらハミルトン、そして抜けないモナコと言えど、抑え切るのに苦労したことでしょう。ベッテル以下がタイヤを新しいものに交換しても、ロズベルグをステイアウとさせて障壁にするという考え方ももちろんあるでしょうが、それでもリスクがゼロとは言えません。25秒のマージンがあるならば、新しいタイヤに換えた方がリスクが低いとも言えます。

 今年のモナコでは、20秒前後の差があれば、順位を失うことなく、コースに復帰することができるはずです。64周目の時点で、ハミルトンとロズベルグの差は25.727秒、ベッテルに対しては差は26.904秒ですから、本来ならばハミルトンは、リスクなく十分に先頭でコースに復帰できたはずです。しかし、実は65周目にハミルトンは、その差を10秒以上も失っています。結果的にはこれがハミルトンの敗因になるわけですが、10秒失った原因は、ふたつありました。

 まずひとつは、タイヤ交換を終えたタイミングで、ザウバーのフェリペ・ナッセが、ピットレーンを通過していたこと。ナッセが通り過ぎるのを待って再スタートしたため、この時ほんの僅かではありますが、時間を失ってしまいました。

 ハミルトンの最後のピットストップは、FIAが発表しているデータによれば、ピットレーンに入ってからコースに復帰するまでに25.495秒かかっていることになっています。同時期にピットインしたセルジオ・ペレス(フォース・インディア)は25.119秒、ジェンソン・バトン(マクラーレン・ホンダ)は24.661秒、リカルドは24.244秒と発表されています。ここから算出すると、ハミルトンがナッセの影響で失ったタイムは、約1秒だったことが分かります。ただ、この程度なら、まだロズベルグの前でコースに復帰できたはずです。

 ピットインした65周目のラップタイムを見てみると、ハミルトンは2分11秒321かかっていたことが分かります。しかし、ハミルトンと同じく65周目にピットインしているリカルドの65周目は1分59秒200。つまりハミルトンは、なんと12秒以上も遅かったということになります。

 これはVTRを見る限り、ピットイン前にセーフティカーに追いついてしまったから。セーフティカー出動前のリードを活かしてピットインする場合、セーフティカーに追いつく前にピットに入るというのは大原則。しかも、レース中にベッテルが無線で訴えていた通り、今回のセーフティカーのペースは非常に遅かった。ライブタイミングの記録では、ハミルトンの65周目はセクター2が異常なまでに遅く、おそらくここでセーフティカーに前を抑えられてしまったのでしょう。

 チームとしては、セーフティカーに前を抑えられた時点で、ピットに入れるという判断を取り消すべきでした。当初25.727秒あった差は、ロズベルグが65周目のセクター2を通過した時点で16.149秒になっており、ピットに入ってしまえば、順位を落とすことは明らかでした。しかし、チームはハミルトンをピットに呼んでしまい、結果的に順位を落とすことになるのです。

 ただ、チームがこの判断を変更に使うことができた時間は、おそらく数秒でしょう。ロズベルグがセクター2計測地点を通過し、差が16秒台まで縮まっていると認識できた時点で、ハミルトンはすでにピットの入り口付近にいました。F1では、そのくらい瞬時の判断の誤りが、結果を大きく左右するという典型例だったと言えます。ミスというのは酷かもしれませんが、それでもミスはミス。チームも今回の件について、ふたりのドライバーに対して謝罪のコメントを発表しています。ただこの結果、最後まで目を離すことができない、実に見応えのあったモナコGPになったと言えるでしょう。

 喜ぶロズベルグと、憮然とした表情のハミルトンというコントラストが、実に印象的なレース後でした。これでモナコGP3年連続制覇となったロズベルグは、「ルイス(ハミルトン)が勝利に値した」と、自らの勝利が運によるものだったことを認めていますが、それでも勝利は勝利。あのセナ以来となる3連覇を果たしました。一方のハミルトンは「チームを責めたりしない」と語っていますが、今後に遺恨が残ることはないのでしょうか?

 間違いなく最も速かったものの、勝利を手にすることができなかったハミルトン。しかも、誰もが特に勝ちたいと思うモナコGPを、勝利目前のところで逃してしまいました。その表情やコメントから、その悔しさがいかばかりだったか……。その悔しさをバネに、得意とする次のカナダ、そして来年のモナコGPでも、超絶の走りを披露してくれることを期待しましょう。そして運も味方につけ、連勝したロズベルグが上昇気流に乗っていくことはできるのか? シーズン中盤に向け、タイトル争いは面白くなりそうです。

 次のカナダGPは、6月5~7日に行われます。