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インディ500詳報:壮絶なドックファイトを制したモントーヤが15年振りの2度目の勝利

2015年05月25日 11:40  AUTOSPORT web

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インディ500を制し勝利の雄叫びを上げるファン・パブロ・モントーヤ
今年で第99回目を迎える伝統のインディアナポリス500マイルレースが24日に開催。200周500マイルのスピードバトルをファン・パブロ・モントーヤ(チーム・ペンスキー)が制した。追突により一度はリードラップ最後尾まで落ちたモントーヤだったが、そのビハインドを挽回。最後はチームメイトのウィル・パワーを抑え、2000年以来2度目のインディ500ウイナーとなった。

 予選15位だったファン・パブロ・モントーヤは、スタート直後のフルコースコーション中にシモーナ・デ・シルベストロ(アンドレッティ・オートスポート)に追突されて右リアのホイールガードを壊された。彼はピットに3回入り、リアウイングごとアッセンブリーで両ホイールガードを交換し、燃料補給も行ってリスタートを迎えた。この時のモントーヤの順位は30位まで落ちていた。

 しかし、イエロー中の66周目にトップグループが3回目、モントーヤが5回目のピット作業を終えると、彼の順位は8番手にまで上がっていた。たったの2スティントで20台以上を抜いてトップグループ入りを果たしたのだ。

 トップグループからトニー・カナーン(チップ・ガナッシ・レーシング)が150周過ぎに単独クラッシュで脱落。予選3位からトップ争いのメンバーとして戦い続けていたサイモン・ペジナウもフロントウイングを傷めて後退した。

 優勝争いはポールスタートだったスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ)、予選2位だったウィル・パワー(チーム・ペンスキー)、そしてモントーヤの間で繰り広げられることとなった。

 レース終盤にルーキーのステファノ・コレッティ(KVレーシング・テクノロジー)ら3台による多重アクシデントが発生。セーフティクルーたちが短時間でコースを清掃し、ゴールまで15周でリスタートが切られた。

 ここからの優勝を賭けたドッグファイトは凄まじいものとなった。この15周で5回もトップが変わり、2、3番手も目まぐるしくポジションが入れ替わった。まさにインディ500ならではのバトル。ペンスキーとガナッシのトップドライバーたちによる見応えあるファイトとなっていた。

 196周目、ディクソンをターン1でパスしたモントーヤは、その勢いを保ったままバックストレートを加速し、ターン4でパワーを抜き去った。この後、アンダーステアが出てディクソンは失速。モントーヤ対パワーの一騎打ちとなった。今年の開幕戦からライバル意識むき出しで優勝争い、そしてポイント争いを続けてきているふたりの戦いだ。

 ドラフティングが使える高速オーバルでの戦いでは、2番手が有利という考え方もある。最後の最後、逆転のチャンスを与えないタイミングで勝負を仕掛けるという戦い方が可能だからだ。しかし、2番手からの逆転勝利を狙ったパワーを、モントーヤはとうとう最後まで封じ込め続けたのだった。インディカーに復帰して2年目、インディ500は去年のものを含めてもまだ3戦目のモントーヤだが、8回目のインディ500だったチームメイトを打ち破った。そこにはF1、そして彼が7年間のストックカー参戦で積み重ねたオーバルなどでの豊富な経験が総動員されていたのだろう。

 インディ500デビュー戦の2000年に優勝したモントーヤは、実に15年ぶりで、しかも、インディカーへの復帰2年目にして最大のレース制覇をまたしてもやってのけた。パワーとのゴール時の差は僅かに0.1042秒。史上4番目のクロース・フィニッシュだった(1992年=0.0430秒、2014年=0.0600秒、2006年=0.0635秒に次ぐ)。

 チーム・ペンスキーのオーナー、ロジャー・ペンスキーにとってはこれが16勝目となった。もちろん史上最多だ。彼のチームが勝ったのは1972、1979、1981、1984、1985、1987、1988、1991、1993、1994、2001、2002、2003、2006、2009年。

 モントーヤは今日、インディ500での2勝目を挙げた。最初の勝利を記録した2000年、モントーヤは200周のうちの167周をリードした。しかし今回は最後の4周を含む9周のみと、ベテランらしい見事な勝ちっぷりを見せた。

「簡単なレースだったよ」とモントーヤは笑った。もちろん逆の意味だ。「ゴールの瞬間まで勝負はわからい。そこまで激しく戦う。それこそがインディカーのレースだ。今日はそういう戦いになっていた。自分のマシンが良い仕上がりなのは感じていた。しかし、最後のバトルは激しいものだった。それに勝てて本当に嬉しい」とモントーヤは語った。

 パワーは8回目のインディ500でキャリアベストとなる2位でゴールした。2009年の5位に続く2回目のトップ5入り、そして4回目のトップ10フィニッシュとなった。

「他のレースなら2位でも喜べるが、インディ500だけは……」と負けたパワーは悔しさを現した。「最後の戦いで自分のマシンはアンダーステアが強かった。あの時、モントーヤのマシンは本当に速かった。だから抜かれた後に抜き返すことができなかった」とパワーは敗北を認めた。

 3位は終盤土壇場で失速したディクソンを抜いたチャーリー・キンボール(チップ・ガナッシ)。ペンスキーが1-2で、3、4位はガナッシのものとなった。シボレーの1-2-3-4だ。1チームによる1-2フィニッシュは史上8回目だ。

 5位はグラハム・レイホール(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)で、6位はマルコ・アンドレッティ(アンドレッティ・オートスポート)と、ホンダドライバーが続いた。レイホールは2戦連続2位に続くトップ5入りで3戦連続ホンダ勢の最上位フィニッシュを果たした。

「レース前のも目標通りにホンダ勢のトップ、そしてポイントでも上位を保つことができた。チームがたゆまぬ努力を続けてきてくれているおかげだ。今日はシボレー勢が速く、彼らは別のリーグで戦っているかのようだった。しかし、レース終盤に我々はトップグループに迫り、最後のバトルを戦い抜いたことで5位フィニッシュを達成できた」とレイホール二世は喜んでいた。

 佐藤琢磨(AJフォイト)は、スタート直後のターン1でセージ・カラム(チップ・ガナッシ)と接触した。これで右フロント・サスペンションの一部が折れた琢磨は、ピットに入って修理を行い、2周遅れでレースに復帰した。1回めのピットストップの後にはトップに抜かれて3周遅れになった。

 しかし、そこから100周以上を使って着々と順位を挽回していき、ついに169周目、琢磨はトップと同一周回に返り咲いた。驚異的な追い上げだ。リードラップに戻った時点では24番手だった琢磨だが、コース上でのバトルを勝ち抜いてポジションを上げ続け、多重クラッシュ発生によるリタイア、燃費作戦のギャンブルに失敗してピットに入る者などもあったことから13位でゴールした。0周リタイアの危機に陥り、3周の遅れを取りながら、それらをすべて跳ねのけて13位。1周目のアクシデントが本当に悔やまれるレースとなった。

「あのアクシデントは本当に残念。マシンはとても良く、アクシデントで右側を壁にぶつけてしまったので、サスペンションもリアのフラップも正常な状態ではなくなっていました。それでもマシンは速かったし、ピットクルーの作業も素晴らしく、作戦も良かったことで3周もの遅れを取り戻すことができました。最後のバトルでも何台かをパスできました。そういうレースが戦えただけに、最初のアクシデントが本当に残念です」と琢磨は語っていた。

(Report by Masahiko Amano / Amano e Associati)