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名ドラマー、ジェフ・ポーカロの功績(後編)「小田和正や竹内まりやとの仕事もすごい」

2015年05月24日 14:01  リアルサウンド

リアルサウンド

左から村山貞雄氏、小原由夫氏、山村牧人氏。(撮影=大久保徹)

 書籍『ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事』(DU BOOKS刊行)をめぐる鼎談の後半。ここからは、本の内容を軸としながら、ジェフ・ポーカロというドラマーがいかなる存在だったのか、三者の言葉から探っていきたい。


・「“一緒に曲を盛り上げようぜ”みたいなオーラを出している」(村山)


――そもそものお話になりますが、みなさんがジェフ・ポーカロにハマったきっかけは?


村山:僕は単純にドラムを叩いていましたから。ジェフのことはTOTOで知って、大学の頃から大好きでしたね。彼の演奏は、フロントマンを盛り立ててあげるような雰囲気を醸し出すじゃないですか? それがすごく素敵で。眉間にシワを寄せて“俺のプレイはどうだ!?”みたいな感じではなくて、むしろ“一緒に曲を盛り上げようぜ”みたいなオーラを出していて、そういうドラマーってあんまりいないなと思ったんです。それが好きになったきっかけでしたね。


小原:僕はもともとTOTOが大好きというわけでもなくて、やっぱり参加ミュージシャンを追いかけるのが昔から好きだったから、「この曲のドラムはスティーヴ・ガッド、こっちはハーヴィー・メイソンで、あれはジェフ・ポーカロだ」っていう感じでした。自分の中に好きなドラマーのスタイルが固まりつつあった中で、裏方的にセッション・ミュージシャンとして参加しているジェフが好きだったんです。この本を書いているときにも、そういうジェフの演奏にいっぱい触れることができて……“これいいなあ”って思っているうちに、もっともっとジェフのことが好きになっていった感じはありますね。そこで、あらためて気がついたのは、歌伴の上手さ。歌の盛り上げ方は本当に上手いなって思いました。


――山村さんはいかがですか?


山村:僕は大学に入ってドラムを始めたとき、先輩に「もっと音楽を聴け」と言われて、ダビングしてもらったテープのひとつが『TOTO Ⅳ~聖なる剣』だったんです。僕自信は、どちらかというとガッドや神保彰さんが好きだったんですけど――あの当時、ジェフはちょっと地味に感じましたよね?


小原:“俺が俺が!”っていう感じのドラマーじゃないですからね。


山村:ですよね。TOTOの場合、僕は最初(スティーヴ)ルカサーのギターに驚いたんですよ。“ギターってこんなにカッコ良くなってるんだ”という印象がすごくあって、そのバンドのドラマーがジェフ・ポーカロだったという感じでした。ジェフのグルーヴについて注目したのはもう少し後でしたね。今回原稿を書いた中で、リオン・ウェアのアルバム(※5)なんて原稿書きながら、もう痺れちゃうんですよ。“何だ!? このタイム・キープは”っていうね。やっぱりジェフがこれだけ(セッションに)呼ばれる理由を、あらためてつくづく感じさせられました。


(※5)リオン・ウェアのアルバム『Leon Ware』。


村山:スティーヴ・ガッドやハーヴィー・メイソンといったドラマーが、クロスオーヴァー/フュージョン系のすごい人たちと一緒にやっていて、その裏でジェフはシンガーソングライターの人たちとすごいセッションをやっていたんですね。要するに僕らはあまり知らなかったんです。トム・ヤンスのアルバム(※6)で叩いていることなんて、知り得ないわけですよ。この本を読むと“当時はこういうことをやってたのね”ということがわかると思います。


(※6)トム・ヤンスのアルバム『The Eyes Of An Only Child』。


小原:こんな人とやっていたの?という発見は、かなりありましたね。キャロル・ベイヤー・セイガーとか、そういう売れっ子の歌手のバックだったらまだしも、“何でアース・ウィンド&ファイヤーのこの2曲だけに呼ばれてるんだろう?”とかね。考えると不思議なんですよ。


村山:まあ歌伴がすごいというか、そこに真髄があるのかなとは思いますね。


――ジェフの魅力は譜面的にすごいものもたくさんありますが、歌伴のすごさのような部分をうまく言葉にして説明するのは、なかなか難しいですよね。


山村:この本の打ち合わせで最初に会ったときにも、そこを一番に伝えないとヤバいという気持ちが僕の中にあったんです。最初から“ジェフ・ポーカロ最高ですよね! ぜひやりましょう!”という気分には、恐くてなれなかった。


小原:そう、山村さんは「恐い」って言っていたんですよ。「ジェフにはコアなファンがたくさんいるから、すごく慎重に取りかからないといけない仕事だ」と言っていたのは、強く印象に残ってます。“軽い気持ちで始めちゃった俺って何なんだろう?”って思いましたけど(笑)。


山村:それは立場が全然違いますからね(笑)。ファンはもちろんですけれど、僕がドラムに関してやっつけて書いてしまったら、それこそ終わっちゃいますから(笑)。小原さんが書かれているような“このアルバムには誰が参加していて、誰がレコーディングしていて、それでこういうことになっている”という解説は、すごく有効な知識になりますけど、その中のドラム・プレイだけを拾って、“ジェフのハイハットの音はやっぱり最高で~”とか、“ジェフのタイム・キープが良くて~”とか、決まったことしか書けなくなる(笑)。だから今回の本では、“ドラマーの視点では、こういうことがすごいんだ”とか、“叩いてみると、実はこういうことが一番難しい”とか、そういう一般リスナーの方に着目してほしいドラマー的知識を織り交ぜていけたらいいなということは話していました。


・「“ジェフ・ポーカロの真似をしなさい”とは、ちょっと言いにくい」(山村)


――ジェフが活躍した時代を知らない人にとっては、当時の存在感の大きさをつかみきれないところもあります。みなさんが、その時代に見てきたジェフの影響力についてもうかがいたいのですが?


山村:さっき僕はガッドとかの方が好きだったと言いましたけど、ジェフの教則ビデオとか、隠し撮りされたスタジオの映像とか、そういうものが出たときには、仲間同士で「お前持ってるか?」とか「もう見たか?」とか言い合ってましたね。それで持ってる奴の家に行って、みんなでずっと見るみたいな。ジェフが教則ビデオで“ドン!パンッ!”と叩いているところを見たときには、みんなでのけぞって、“何ですか、これは!?”ってなりましたよね。リズム&ドラム・マガジンの創刊第1号の表紙もジェフ・ポーカロだったんですけど、ある意味納得でした。ジェフを“すごい!”と言葉にするにもいろんな視点があって、ゴースト・ノートなどテクニックがすごいとか、タイム・キープやタッチもありますよね。その点、ガッドとかはその“すごさ”っていうのが見えやすいと感じてました。まずどうやって叩いているのかわかりませんでしたから。ジェフは、どうやって叩いているかは想像しやすいんですけど、何でこんなふうに(気持ち良く)なるのかわからない。その謎解きの材料が、映像があったり、来日公演だったり、インタビュー記事であったりして、そういうものにみんな食いついていったのは、よく覚えています。


小原:今の音楽ファンの音楽の聴き方って、僕らの世代とちょっと違う気がするんですよね。僕らの場合、「これガッドが叩いてるよ」、「じゃあ、買ってみよう」とか、「あそこでマーカス・ミラーがとんでもないプレイをしてるよ」とかいうので買ったり聴いたりしたんです。中学生、高校生のときって、そういうアルバムを誰かが買うと、みんなそいつの家に聴きに行くわけですよ。どのアルバムに誰が参加しているとか、ポンポン言える人なんて普通でした。クロスオーヴァーが出始めた頃で、日本では渡辺香津美が出て来ていたりしていた、YMOのちょっと前くらいの時期ですね。ドラムで言えば、やっぱりガッドとハーヴィーの人気が圧倒的でした。だからレコードを買うきっかけが“あのアーティストの新譜が出た!”というより、“誰が演奏しているから”という人の方が多かったかな。そういうことをするのは、ある意味僕らの世代がピークなのかもしれないですが。どうですか?


村山:僕としてはやっぱり音楽をやってましたから、そういう聴き方をしてましたけどね。みんながみんなレコードを買えるわけではないので、買った人のところに行って聴いたり、カセット・テープにダビングしてもらって聴くっていうスタイルでした。いちいち音楽をどこかに聴きに行く、あるいはレコードを買ってステレオで聴くという、今とはまったく違うミュージック・スタイルでしたね。(ジェフを追いかけるようになったのは)TOTOはもともと好きだったんですけど、やっぱり1983年の『TOTO Ⅳ~聖なる剣』で来日したときの日本武道館で見たときの衝撃ですね。天井桟敷みたいなところで見ていたので、俯瞰するようにステージが見えたんです。ドラム・セットも見えるし、ステージの後ろまで見えちゃうようなところでした。当時は例のラック(※7)を組み始めた頃で、とにかく叩いている姿がカッコいいなと。もちろん、演奏も素晴らしいし、演奏している姿もカッコいい。うん、“カッコいい”というところから入っちゃった、というのはありますね。


(※7)ラック・システムによるドラムのセッティングは、ジェフの発案によるものとされている。


小原:同じ形のメガネを買おうとは思わなかったんですか?


村山:当時、僕はメガネをしてないですもん(笑)。


小原:いや、何だかそういうのって、例えば誰か俳優を好きになると、服を真似したり、髪型を真似したりとか、通じるような気がしたんですよね。僕は拳法をやりもしないけど、ブルース・リーみたいな髪型にしようとか思いましたから。


山村:それを言うなら、ドラムをやっている人の中では、膝が上がるまで椅子を低くして、ジェフみたいにしていることはありましたよ。


小原:それって結構叩きにくいんですよね?


山村:まあ、(椅子が低過ぎると)だんだん腰に負荷がかかるっていうんで、ドラマーにとって負担の少ない、一番良い椅子の高さを考える人が出始めたりもしましたね。そうすると、僕なんかはドラム講師をしているので、“ジェフ・ポーカロの真似をしなさい”とは、ちょっと言いにくいんですよ。音楽的には吸収しまくらないといけないんですけど。


小原:あと、ジェフが活躍した時代って、いろんな技術が発展した時期と重なっているんですよね。オーディオもレコーディングもそうだし、メディアの技術もそう。


山村:楽器もですよね。シンセもいわゆるデジタルのものになって、ドラムもシモンズ(※8)が出てきたり。ドラム・セットもすごく変わった時期だし、ドラムの奏法だってジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ガッド、ハーヴィー・メイソンとかの登場でどんどん変わって、いろいろな技巧が出てきた時代ですよね。ただ、例えば(TOTOの)「ロザーナ」のリズムは、ハーフタイム・シャッフルって言いますけど、今の時代、その言葉だけが浮いちゃってるところがあって。そういうジェフの知識にしても、ちょっと再定義しないといけないなとは思いました。


(※8)80年代に一世を風靡したシモンズ社のエレクトロニック・ドラム。


・「邦人アーティストのバックで叩いているジェフって、結構奔放に叩いているものが多い」(小原)


――最後に、ジェフ・ポーカロのドラミングに興味を持って、これから聴いていくリスナーのために、オススメの作品を教えていただけますか?


村山:入門ということでは、やはりTOTOでしょうか。本当にいっぱいあり過ぎて困りますけどね(笑)。でも、ちょっとジェフが気になるという人に、とっかかりやすい有名な曲から入ってもらおうと考えると、まずはTOTOかなと思います。アルバムも普通に手に入りますからね。


――アルバムで言うと?


村山:ファースト(『宇宙の騎士』)から4枚目(『TOTO Ⅳ~聖なる剣』)あたりかな。一番有名なのはやはり『Ⅳ』なので、それかなあ。スター・ウォーズだって、最初はエピソード4だったので(笑)。


山村:(笑)。僕はドラムを練習する過程で、ジャズというものをもう少し学ばないと、この先自分が伸びて行かないなと感じたときに、チャーリー・パーカーの伝記を読んだんですよ。パーカーがいろいろなセッションに行って、しくじって、シンバルを倒されたり、スティックを投げられたり。そんな失敗を何回かやらかして、ついに彼はどんなスケールでも自在に吹けるようになっていくとか、そういうことを読みながら、“一人の人間が、こういう思いの中で演奏したものを、やっぱり聴いてみたい!”と思ったんですね。それまでは、音質的な古さとか、そういう小さなことだけで入り込めない感じがあったんですけど、そこが全部ひっくり返ったんです。そして一気にジャズが面白くなった。だから、こじつけじゃないんですけど、この本を読んで、ペラペラ~とページをめくりながら、“おっ! 何これ、そういうことなの!?”と思った作品から聴いてもらいたいな、と思います。小原さんが書かれた“ここはジェフのフレーズがすごくキマっている”とか、僕の書いたところで“ここではこういうことをやっている”みたいなものを読んで、“ふ~ん”と感じたら、それを聴いてもらいたいと思います。インスピレーションを感じたり、聴きたいという気持ちが湧いて、自分から探しにいくみたいな行為がそこにあれば、すごく楽しいんじゃないかと思うんですよね。あとは、年代順に聴くのもオススメですね。個人的には。


小原:僕は多少へそ曲がり的なことを言うとですね。この本の中で何枚か言及していますけど、ジェフはJ-POP系のアーティストとも結構共演をしているんですよ。たいていがウェスト・コーストに行って、向こうで録音しているんで、やっぱり西海岸独特の空気やノリなんかが欲しかったんだと思うんですけどね。そういう邦人アーティストのバックで叩いているジェフって、結構奔放に叩いているものが多いんです。僕が今回すごいと思ったのが小田和正の『K.Oda』で、あれはちょっとびっくりしましたね。短い期間なんだろうけど、ジェフと小田和正との間に信頼関係が築けたんじゃないかなと、そういうふうに感じられる演奏なんです。あと実は、僕がジェフ・ポーカロのことを初めて意識したのは、竹内まりやの『Miss M』っていうアルバムなんです。邦人アーティストだと、日本語だから取っつきやすいというのもあるし、いろいろなアーティストとやっているので、選ぶこともできると思います。聴いてもらえると、意外と“おっ!”と感じるものがあると思いますよ。(取材・文・撮影=大久保徹)