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稀代の名ドラマー、ジェフ・ポーカロの参加作をどう味わうか 評論家ら3氏が語り合う

2015年05月22日 19:11  リアルサウンド

リアルサウンド

左から村山貞雄氏、小原由夫氏、山村牧人氏。(撮影=大久保徹)

 今年発売された書籍『ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事』(DU BOOKS刊行)が熱い。


 本書は、稀代の名ドラマーであるジェフ・ポーカロの参加作505枚を紹介する渾身の一冊だ。ジェフは1992年に38歳という若さで亡くなってしまったものの、その功績は計り知れない。TOTOのドラマーとしても、セッション・ミュージシャンとしても数え切れないほどの名演を残し、今もドラマーのみならず多くの音楽ファンを魅了している。


 そんなジェフの参加作をほぼ網羅したという本書。執筆はオーディオ&ビジュアル評論家の小原由夫氏によるもので、505枚それぞれについて聴きどころを検証し、考察を施している。さらに重要作については、ドラマー/インストラクター/ライターの山村牧人氏が、ドラマー目線のプレイ分析を実施。多角的な視点でジェフの魅力を掘り下げているのも、本書の大きなポイントだ。


 本書が今年2月に発売されると、その反響は大きく、すぐに重版が決定。そこで今回、話題沸騰中の本書についてお話を聞くべく、著者のお二人と制作を全面的にサポートした村山貞雄氏(株式会社ポーカロ・ライン代表取締役)にお集まりいただき、鼎談を敢行した。


 前編では、制作の経緯や執筆の背景、そして本書の楽しみ方について語っていただいた。そのお話は、リスナーとして音楽に向き合う姿勢についても、深い示唆を与えてくれるものだ。(大久保徹)


(参考:欧州プログレの奥深き世界ーーマグマ、S・ウィルソン、ムーン・サファリらの“現在地”とは?


・「当初は、僕の会社にジェフ・ポーカロ好きが集まる小さなものだった」(村山)


――まず、あらためて本書を制作した経緯についてうかがえますか?


小原由夫(以下、小原):そもそものきっかけという意味では、私たちの業界関係者の好きものでやっている“ポーカロを聴く会”という集まりが発端です。僕がそこに参加させてもらったのが、4年くらい前。会そのものはそれ以前からあって、村山(貞雄)さんを中心に、5人くらいで構成されていたんです。


村山貞雄(以下、村山):当初は、僕の会社にジェフ・ポーカロ好きが集まって、音楽を聴きながらお酒を飲んで、「こんなジェフのプレイがあったよ。知ってる?」みたいなことを言い合うという、小さな集まりだったんです。


小原:村山さんが僕の仕事場に製品のデモで来たとき、その会の話を聞いたんですね。そこで「ここのオーディオ・システムでジェフのプレイが聴けたらいいな」とおっしゃるので「やりましょう!」と。僕も結構ジェフ(の参加したレコード)を持っていましたから。それで僕もどんどん面白くなって、めずらしいレコードなんかも集めていったんです。その後、暑気払いを兼ねて蒲田に集まったとき、誰かに「そんなに集まったのなら、いっそ形にしてみたら?」と言われて。その話はその場で終わったんですけど、家に帰って寝床についたら、何だかいろんなアイディアが頭に浮かんできまして。翌日企画書の雛形を作って、後日村山さんたちにも見てもらったりして形にしたんです。“よし、これでどこかの出版社に持ち込もう”ということになったのが、2013年の秋でした。1社目はダメだったんですけど、2社目が(今回の本を刊行した)DU BOOKSで。最初に手応えは感じていたんですけど、正式にやりましょうという連絡をいただいたのは、まさにクリスマスの日でしたね。で、この本のキー・ポイントとして、ドラマーによる奏法解説を考えていたんです。それを当初は村山さんにやっていただこうと思っていたんですよ。まがりなりにもドラマーだし(笑)。


村山:まがりなりって、ちょっと失礼なんじゃない!?


山村牧人(以下、山村):何より、ジェフのファンですからね。


小原:そうです。でも、「自分には書けないよ」って言うんですよ。「それだったら、もっと適任がいる」ということで、山村さんを紹介していただいたんです。初めてお会いしたのは、年明け(2014年初頭)でしたっけ?


山村:そうですね。まだ寒い時期でした。


村山:ドラマーから見た側面についての解説を、この本のひとつの大きな売りにするには、名もないアマチュアのドラマーが書いても意味がないですからね。やはり実績のある人に書いてもらわないと説得力がないので、山村さんに頼んだわけです。


小原:「アカデミックな視点で書けて、なおかつドラマー目線で総合的に分析するということになると、そうした方がいいんじゃない?」というお話が村山さんからあったときには、確かにと思いました。それで会いに行って、「全部で(アルバムを)500枚くらい紹介するけど、(山村氏が書くのは)そのうち100枚くらいでしょうか」という大雑把なお話をしたわけです。最初は“うーん”という感じで難しそうな印象を受けたんですけど、いろいろ話をしているうち、「じゃあ、やりましょう」ということになって。そこでこの本の体制が整ったんです。


――この505枚に決まった経緯について教えていただけますか?


小原:もともと500枚ほどで目処をつけていたんですけど、あるとき505枚にしたいと思ったんです。それには理由がありまして……“TOTO”って、「とうとう」つまり、”イチゼロイチゼロ= “1010”のになるじゃないですか? その半分ということで“505”にしたんです(笑)。非常にくだらないネタですけどね。でも、今は(新たに入手したジェフの参加作が)10枚くらい増えたかな。もし、増補改訂版を出せるなら、515~520枚くらいにはできると思います。


――まだまだ見つかっているんですね。


小原:見つかりましたね。本を書いた後にもいろいろ調べていったんですけど、まだ誰も言及していないようなアルバムもあったりします。ただ、買った中には騙されたものもあって、ジェフ・ポーカロが入っていると紹介されていたけれども、実はジョー・ポーカロだったりとかね(※1)。


(※1)ジェフの実父。スタン・ゲッツ、ジェリー・マリガン、フランク・シナトラらのレコーディングに参加した名ドラマー。


・「ジェフの音源をとことん知りたいという途方もない愛があって、その結果として生まれた本」(山村)


――本の中で“ジェフが参加していることは確かだけど、どの曲で叩いているかわからない”というアルバムに関して、どの曲でジェフが叩いているか、綿密に検証しているところもポイントだと思いました。


小原:それについては、村山さんと、(ポーカロを聴く会の)メンバーの田中(雄一)さんという長年ジェフを聴いている人と僕との3人で検証したんです。アルバムを3人一緒に聴いていくんですけど、多いときで1日に12枚聴きました。


村山:とにかく全部聴かないといけませんからね。ものすごい作業でした。


小原:全部と言っても、イントロだけ聴いて明らかにジェフじゃなかったら飛ばしちゃう曲もありましたけどね。みんなで検証する前に、僕が各アルバムの情報を整理して、リストにしておくんです。ジャッジ・シートと呼んでいるんですけど、参加ミュージシャンをわかる限り書いておくんですね。こういった情報があると、例えば事前に他の参加ドラマーの癖を把握しておけば、そこから推測できるし、ベーシストとのコンビネーションから推測することもできるし。あとジェフかどうかをジャッジするためのリファレンスの演奏も決めておきました。検証するアルバムと同年代の、象徴的な演奏を決めておき、それを基準に推測していったんです。


山村:やっぱり、そういう作業が脈々とあってこその本なんですよね。


――本の中には、参加ミュージシャンの他にも、プロデューサーやベーシスト、レコーディング・スタジオまで書いてありますから、途方もない作業だったと思います。


小原:今考えると、よくぞここまでやったと思いますね。自分で自分を褒めてあげたい(笑)。大変でしたけど、“この本、プロデューサーやベーシストまで書いてある。すごいな”とか、“何となく「愛と青春の旅立ち」のあのハイハットの音はパイステ(シンバル)の音でジェフっぽいと思ってたんだよな”とか、本の感想を書いてくれる人がいると、うれしいですね。


山村:それってなかなかできないことなんですよね。“曖昧だからやめとくか”ってなるんだけど、そこを載せているのはすごいと思います。


村山:逆に音楽評論家でなかったからやっちゃったことですね。オーディオについては迂闊なことを言えないけど。


小原:責任がないってわけじゃないですけどね(笑)。あくまでも推測と断った上で。でも、三人寄れば文殊の知恵じゃないけど、一応ジェフをずっと聴いてきている人間が推測しているから、読み物として読んでくださって、“七割方くらいは合っているんじゃないかな”と捉えてくださればいいかなと思います。


村山:1日で12枚も聴くと頭がおかしくなりそうでしたけどね(笑)。集中して聴くから、本当に耳が疲れてくるんです。身体を動かしていないのにヘトヘトになる。(アルバムに参加している他のドラマーが)明らかにジェフと違うスタイルだったらわかりやすいんですけどね。例えばエアプレイのアルバム(※2)について、何年か前、マイク・ベアードがインタビューで、ずっとジェフだと言われていた曲について「これは僕だ」と言ったから、それまでの定説が覆っちゃったんですよ。本人が言っているから間違いないと思うんですが……そこは信じるしかない。でも、マイクの演奏は本当に(ジェフと)似てましたね。あと、一番の発見だったのはジョージ・ペリッリ。本当にそっくりで、ジェフのフォロワーだったことがよくわかりました。


(※2)エアプレイのアルバム『Airplay』は、ジェフ参加の重要盤ながら、どの曲で参加しているか明記されていなかった。参加ドラマーはジェフとマイク・ベアードの2人。


小原:あと例のトニー・ウィリアムスとのツイン・ドラムの件(※3)ですね。これについても、情報を見たことがなくて。アルバムのクレジットにトニー・ウィリアムスと書いてあるけど、左右のチャンネルでドラムが全然違う。だから調べてわかったときには、もう“ああっ!!”という感じで。こういうことはちゃんと書くべきだなって思いました。それからランディ・シャープのテイク違いを見つけたときも興奮しましたね。


(※3)本書制作の過程で、レス・デューデック『Say No More』収録曲に、トニー・ウィリアムスとジェフ・ポーカロのツイン・ドラム曲が確認された件。詳細は本書参照。


――どういう発見でしたか?


小原:ランディ・シャープの『The First In Line』というアルバムがダイレクト・カッティングのディスクで、オーディオ的にも面白いわけですよ。だから、よりコンディションのいいものを入手したいと思って、何枚か買って聴いているうちに、「あれ? これはさっきのリフと違うぞ?」と気がついて。レコードのマトリックス番号(※4)を見たら違っていたから、「ああ、これはマスターが違うんだ」とわかったんです。そういうところもきちんとフォローして書かなきゃと思いましたね。まあ、そんなことを毎月1回、全部で6回やったんです。半年かかりましたね。


(※4)何番目のプレスかを表す番号。通常、レコード盤に表示されている。


村山:この作業だけで 72~3枚は聴いてるんですよ。


山村:こういうふうに聴き込む人がいるということですよね。それが根っこにあっての、この本なんだと。例えば、僕が接する若いドラマーに「どんな音楽が好きなの?」と聞くと、アーティストの名前は挙げるんだけど、そこで「ドラムは誰?」と聞くと知らなかったりする。そういう人が少なくない。ヘタしたら何となくYouTubeで出てきた曲だけ聴いてますとか。そうするとやっぱり“人”に焦点が当たらないし、研究になりにくい。まったくならないとは言いませんけど。この本には、ジェフの音源をとことん知りたいという途方もない愛があって、その結果として生まれた感じがありますよね。


――アル・シュミット氏や村上輝生氏といった、実際にTOTOのレコーディングに携わった人の証言が入っている、ということにも驚きました。


小原:村上さんに行き着いたのは、今回アル・シュミットに話を聞きたいと、ある日本人のマスタリング・エンジニアに紹介してもらおうと考えてメールを送ったんですよ。そうしたら「TOTOやジェフに関して話を聞くのなら、村上さんに聞いた方がいいよ」と、その人が推薦してくれたんです。それで、コンタクトを取って、会いに行ったら、すごくフランクな方で。


――インタビューの回答も、とても丁寧ですね。


小原:そうなんです。とにかくこのインタビューがあったことが、この本が成功した要因だと思うし、自分を奮い立たせることにもつながりました。


村山:楽しかったですね。本当にいろいろなお話を聞けて。


小原:活字にできない話もあったし、本当は載せたい秘蔵の写真もあったんですけど、結局それは遺族のアプルーヴを取らないといけないってことで、そこまで話が行かなかったんです。


・「あらためてジェフのプレイに耳を傾けてもらえるきっかけになればいい」(小原)


――また、この本はいろいろな楽しみ方ができると思いました。初めから順に読んでいけばジェフの歴史を追うことができるし、興味のあるところだけピックアップしても面白い。アルバムを聴きながら参考書として読んでも、とても楽しかったです。そこで著者の小原さんとしては、どういった読み方を想定していたのかお聞きしたいのですが?


小原:前書きにも書いたんですけど、この本はディスコグラフィ本でもないし、ジェフの研究本でもないんですよね。これを読んで、少しでも多くジェフの参加したアルバムを再発見してほしい。“こんなところでも叩いているんだ”、“このアルバムは持ってるけど、ジェフだと知らなかった”とか、そうやってあらためてジェフのプレイに耳を傾けてもらえるきっかけになればいいなと思います。もっと本格的な研究本という形には、僕にはできないですよ。音楽評論家みたいなことも書けないし、やろうとも思わない。まずはジェフのプレイを会のメンバーで聴いている中で出てくる、彼の魅力についての話を活字にする。なおかつ、それに少し枝葉がついて、山村さんが書いてくださったようなことがつけ足されるような形になったら、ジェフの演奏にもう一度スポット・ライトが当たるんじゃないかな?とは、書きながら感じました。ディスコグラフィ本として扱ってくださっても、もちろんいいんですよ。でも、それだけじゃなくて、“ここにも入っていた、ここにもいた、知らなかった、聴いてみよう”という楽しさを再発見してもらえたらうれしいです。もうひとつ言えば、さっき山村さんがおっしゃったように、「今はこの曲が好きなんですよね」、「誰がやってるの?」、「知りません」じゃなくて、もう少し演奏している人たちに関心を持ってほしい。今、音楽がどんどん安易に消費される方向に来ているので、作っている人たちの意図や考え方とか、どういう人が関わって、その人にはどういうバック・ボーンがあって……みたいなところにも入っていってほしい。そこに関心を持つ、ひとつのトリガーとして感じてもらえるとうれしいですね。そのへん、山村さんの生徒さんの反応なんかは何かありますか?


山村:まずは“読みました! すごい量ですね!”というのが一番ですね。そして、持っていないアルバムを少しずつ集めていきたいとか、そういう反応は多いです。この本に関しては、僕がリズム&ドラム・マガジンみたいな媒体で、譜面の詳細を載せて取り上げることと、小原さんの立場でアルバムについて書くのとは視点が違うじゃないですか? 違う立場が混ざっているのが面白いんじゃないかとは思いますね。僕としては、“どの部分を書いたらいいかな?”っていうのはすごく考えました。小原さんの原稿を少しいただいて、読んで、こういうふうになるんだったら自分はこう書くかなとか。小原さんの文章が同じページに載っていて、あまりにも僕が自分の視点であり過ぎるといけないときもあるし。そこは気になりました。結果として、この本はジェフに思いを馳せるという、その材料がたくさん詰まっているところがすごくいいんだと思うんですよ。ドラム奏法を研究するとか、分析するとかいうのはその次の段階で、まずは“うぉー! ジェフだ!”となって、自分が持っているたった1枚のアルバムでもいいから、それを聴きながら“俺はこんなにある中のこの1枚を聴いてるんだ”と思いを馳せる――そういうことにも、やっぱり力があると思うんですよね。最初は、こういう本って、ともするとアルバムたくさん持ってるんだぞ的な自慢本に受け取られちゃんじゃないかとか、そういうことも感じたりしました。“俺はジェフをこんなに知ってるんだ”みたいな。だから、そういう意味で気になるような書き口をなるべく避けようとはしていました。


小原:僕も読み手に“何だこれ、ただのコレクター自慢じゃないか”と思われちゃってはダメと思ったんですよ。そうならないようにするには、どうしたらいいか?というのは、すごく注意しましたね。そのへんは、企画の段階で村山さんにサジェスチョンを貰いながらやっていました。完全に信頼できる相棒がいたのは良かったですね。


山村:村山さんは、その一連の流れを見ていてどう思っていましたか?


小原:不安だったでしょうね(笑)。


村山:企画の段階でとにかく遠大な計画なので、出来上がったら素晴らしいものになるなという確信はもちろんありましたし、途中のプロセスでいろいろありましたけど、結果的には大満足です。今いろんな人にレビューや反響をいただけているのはうれしいですよ。さっき小原さんも言いましたけど、音楽評論家の立場で書かれた本ではないので。オーディオ評論家とドラマーの複合的なディスコグラフィであり、ヒストリーであり、ドラムのアドバイス的な本になるのは、たぶん世界に他にはないだろうという自信はありましたからね。僕は僕でサポートをやらせてもらって、大変でしたけどすごく楽しい仕事でした。


山村:年代的にジェフの全盛期に自分たちが青春期を過ごしていたことは、良かったことなのかもしれないですね。僕が以前Facebookにカーラ・ボノフの曲を書いたとき、小原さんが「あのデヴィッド・サンボーンのサックス・ソロは最高ですよね」とか言ってくれたので、やっぱり当時の音楽は幅広く聴かれているんだなとか思いましたし。そういう時代の周辺の情報が、この本の中に入っているっていうのはいいなと思います。


(後編へ続く)


(取材・文・撮影=大久保徹)