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奥田民生の新グッズ「老眼鏡(RGM)」が大人気 邦楽ロックファンの高齢化を今だからこそ考える

2015年05月16日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

奥田民生の新グッズ『RGM』(筆者撮影)

 邦楽ロックファンの高齢化を考える? なんで? そんなのとっくの昔からそうじゃないか。2015年の今、わざわざ書くようなことか? と、人に言われずとも自分でも思うが、それでも書く理由はふたつ。


(参考:ミスチル、ユニコーン、ウルフルズ、GLAY…90年代を彩ったバンドが今もモテ続ける理由とは?


 ひとつめは、今の現実が、まがりなりにもそこから脱したと言っていいのではないか、という状況になったこと(詳しくは後述します)。この高齢化、ある意味とてもシリアスな問題でもあったので、そのまっただなかの時期は、それについて書いたりするのが、なかなか難しかったのでした。


 そしてふたつめは、奥田民生が最近販売を始めた、グッズの新シリーズの中に、これがあったことだ。


 RGMとは“roh gan megane”の略。老眼鏡。丸(写真のもの)と角(フレームが長方形)の2種類。度数は+1.0、+1.5、+2.0の3種類。3,300円。広島市東区のハックベリーという会社の製品。


 5月11日(月)&12日(火)に広島文化学園HBGホールで行われた、「ユニコーン 奥田民生50祭“もみじまんごじゅう”」の会場から販売がスタート。関係者に裏をとってはいない情報だが、早くから物販に並んだ知人の話によると、数あるグッズの中で初日にもっとも早く売り切れたのは、この老眼鏡だったという。


 2日目、開演30分前に行ってみたら、丸の方だけ残っていた。それで買ったのが写真のものです。しかし「すみません、+2.0のしか残っていないんです」「じゃあそれでいいです」と買ったものの、試してみたところ、老眼歴2年半の私の目にも+2.0は度がきつすぎて、実用は不可能でした。


 つまり、比較的多くの人の老眼にフィットするであろう、+1.0と+1.5の商品から順に売れた、ということだ。たとえばネクタイ(あるのです、ユニコーンのグッズに)を女性ファンが買う時とは異なり、多くの人が実用を視野に入れて買ったことになる。実際に使うかどうかはわからないが、使おうと思えば使えるものを買った、ということです。


 ちなみに、翌日の13日から所属事務所の通販サイトでも販売がスタートしたが、やはり、あっという間にソールドアウトになっていた(ハットやマグカップもソールドアウトになっていましたが)。


 ロック・アーティストのグッズで老眼鏡。どうでしょう。何か、「日本のロックの高齢化もここまで来たか!」という感慨を覚えないでしょうか。ただ、奥田民生よりもファンの平均年齢が高そうなアーティスト、たとえば矢沢永吉でも山下達郎でも浜田省吾でも松任谷由実でもいいが、彼らがグッズで老眼鏡を作ることは、まあ、ないだろう。奥田民生/ユニコーン関係という、アーティストもスタッフも含めて、おもしろきゃなんでもいいと思っていることにおいて他の追随を許さない人たちだからこそ、「50歳なんだから老眼鏡どうすか?」「あははは、いいね」みたいな動機で作ったのであろうが、重要なのは、それが売り切れた、しかも多くの人が実用も視野に入れて買った、という事実だ。シャレで出したグッズが、シャレ半分マジ半分で受け入れられた、という言い方もできる。言うまでもないが、この現象の前提は、ファンのうちの何割かが、老眼鏡を必要とする年齢になっているということである。


 邦楽ロックファンの高齢化は1980年代までほぼなかった、と言っていい。僕は1968年生まれで今年47歳になるのだが、たとえば自分が中高生だった80年代、自分の親の世代である30代や40代がオールスタンディングのライヴハウスに行くなんてこと、ありえなかった。それ以前にオールスタンディングのライヴハウスが地方にはまだなかった、という問題もあるが。


 というか、そもそも、たとえば「サザンオールスターズがツアーで来るから広島郵便貯金ホールに行こう」という同級生はいても、有頂天や爆風スランプや地元のアマチュアバンドを観にライヴハウスに通う僕のような奴は、学年にせいぜい10人いるかいないか、みたいなレベルだったと思う(僕の通っていた高校は1クラス40人強で1学年10クラスありました)。


 要は日本のロック自体が、バンドの数もファンの数も非常に限られている、小さなマーケットだったわけです。大人になってもロックを聴くのは一部の洋楽ファンだけ、それもブルースとかソウルとかの渋い音楽を椅子席のホールでご鑑賞、というようなノリだった。東京はもっと進んでいたのかもしれないが、僕の育った広島ではそんなもんでした。


 その様相が、80年代終わりから90年代頭にかけて勃発したバンドブームで、ちょっと変わる。日本のロックを聴く層が大幅に拡大したおかげで、当時中高生だったロックファンが大人になっても日本のロックから離れなくなったし(たとえばユニコーンからソロになった奥田民生のファンが減るどころか何倍にもなったのはその象徴的な例)、日本のロックから離れた人も、当時好きだったバンドが再結成したりすると喜んで戻ってくる、という現象がまず起きた。


 そして、90年代半ばの渋谷系勃発で、邦楽ロックファンの中心年齢層が、中学生&高校生から、高校生&大学生や専門学校生や社会人、というふうに、ちょっと上がった。


 さらに、日本という国でもっともCDが売れる時代だった90年代末期から00年代前半にかけては、新人バンドでもデビュー時からファンは既に大人、若くても大学生で社会人が中心、という現象も起きるようになる。


 たとえば2003年にデビューしたサンボマスターがその2年後にどかーんと売れた頃、ライヴに行って、驚いた。デビュー2年のバンドなのに、お客さん、男ばっかり、おっさんばっかり。ツアー先の地方のライヴハウス、終演後の出待ちはみんな男で、その中のスーツ姿の男に名刺を渡され、見たら肩書が「課長」だったという。当時、山口隆本人にきいた話です。まあ当時のサンボは極端なケースなので(むしろ最近の方が若いファンが増えている)、例に出すのはフェアじゃないかもしれないが、彼らに限らず「ファンが最初から大人」というケースが増え始めたのは事実、と言ってよいと思う。


 ロッキング・オンで働いていた頃、音楽業界関係者に「『ROCK IN JAPAN』は若い人のフェスですからねえ」「お客さん若いですからねえ」とよく言われたが、そのたびに「ああ、この人来たことないんだな」「それか、来てもバックステージしか見てないんだな」と思ったものです。あれ、確かフェスが10周年を迎えた2009年の時だったと思うが、毎朝GRASS STAGE(いちばん大きいステージ)で前説を務めるフェス総合プロデューサー渋谷陽一が参加者に言ったこと。


「今年、参加者の平均年齢が30歳を越えました!」


 これは「毎年ずっと参加してくれてありがとうございます」という感謝の気持ちと、「みんなもう若くないんだから体力温存しながら楽しんでくださいね」という気遣いから出た発言なのだろうと思うが、つまり、そういうことです。年末の『COUNTDOWN JAPAN』も同様。全国津々浦々まで調べたわけではないが、この高年齢化はロッキング・オンのフェスだけでなく、全国のフェスに共通したことだったと思う。


 フェスはおカネかかるから若い子は来れないんでしょ、とあなたは言うかもしれないが、2000年代に入ったあたりから、どのバンドもツアー日程を週末に集中させるようになったという事実が、これがフェスに限ったことではないという事実を示している。ウィークデーは来れないファンが多いのだ、仕事が終わって19時にライヴハウスに辿り着くのが無理だから。どの都市でも週末にライヴが集中すると、当然、ロックファンはその中のどれかしか観れなくなる。僕のような音楽メディアの人間も、週末になるたびに担当バンドのライヴが1日3つくらい重なって、「頼むから散らしてくれよお」と困っていた。しまいには、これからデビューする新人のコンベンション的なライヴも週末だったりして、「あの、関係者を集めたいなら平日にやった方がいいですよ」と、某レーベルの人に言ったこともあるほどです。


 また、ライヴハウスの数は増えたが、どのハコも週末は奪い合いだけど平日はブッキングガラガラ、ということになる。PAやローディといったスタッフも、複数のバンドを掛け持ちして生計を立てているものだが、これも週末にライヴが集中するせいで、どれかを断らなければならなくなる。


 何にしても、いいことはない。歳をとってもロックファンでいてくれることは、もちろんありがたい。ありがたいが、若い人が入ってこないのは困る。という話です。


 まあ、こうした高年齢化問題はロックに限ったことではなく、「お笑い芸人とその客」「演劇と客」「タレント全体(ビートたけしも明石家さんまも、タモリでさえ、どかーんと売れたのは今の有吉弘行よりも若い時だ)」はては「俺みたいな音楽とかのライター」にも言えることだし、そもそも日本全体が高齢化しているんだから……ということにもつながるが、そこまで話を広げると収拾がつかなくなるので、掘らずにおきます。


 という、「新人バンドのファンも大人」「中高生ロック聴かない、ヘタすると大学生も聴かない」という状況に歯止めがかかったのは2,3年前からだろうか。もっともでかいのはSEKAI NO OWARIのブレイクだが、新世代のバンドたち、クリープハイプ、KANA-BOON、ゲスの極み乙女。、KEYTALK、グッドモーニングアメリカなどの登場により、再び高校生や大学生がライヴハウスに通うようになった(厳密に言うとクリープハイプはもうちょい世代上だし音楽性も違うんだけど、ファンが若いという意味でここではくくらせていただきます)。本当に、このあたりのバンドたちのおかげである。つくづく、足を向けて寝られません。


 僕はロッキング・オン社をやめる前の数年間、夏の『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』と冬の『COUNTDOWN JAPAN』の会場で、参加者に写真を撮らせてもらって、それをウェブ上にアップする担当だったので(フェスのクイックレポートの中の「AREA REPORT」というコーナーです)、「また平均年齢上がったなあ」「高校生とかいないよなあ」「いても親と一緒だよなあ」ということを、毎年現場でつくづく実感していた。それが2013年の暮れあたりから「あれ? 若返ってないか?」と感じ始め、2014年の夏に「どう見ても若返ってる」と確信し、2014年の暮れには「うわ、これ間違いなく若返った!」と興奮した。


 お客さんに「誰と来たの?」と訊きながら写真を撮ってアップする、ということをやっていたのだが、男の子の3人組に声をかけて「同じクラスの友達同士です」「高校生?」「はい、高2です」と言われた時は、本当にうれしかったものです。


 なぜそうした新世代のバンドたちは、10代をライヴハウスに呼び戻すことができたのか、について書き始めるとキリがないので、それについてはまたいずれ。


 グッズで老眼鏡が売られる、という、かつてなら考えられないこの事実に「日本のロックの高齢化もここまで来たか!」とか言っておもしろがっていられるのは、今がそういう状況になったからです。


 このまま上へも下へも、邦楽ロックファンの年齢層が広がり続けることを、切に望みます。(兵庫慎司)