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日本でもついに大ヒット! 『ワイルド・スピード』現象の鍵はマイルドヤンキー層へのリーチ?

2015年05月15日 17:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『ワイルド・スピード スカイミッション Soundtrack』(ワーナーミュージック・ジャパン)

 『ワイルド・スピード SKY MISSION』が映画、サントラCDともに大ヒットである。本国公開の2週後、4月17日に日本で公開された同作は公開週に『ドラゴンボールZ 復活の「F」』、『名探偵コナン 業火の向日葵』といった同週公開の人気アニメ作品に次ぐ興行成績3位(実写1位/洋画1位)。と、ここまでは本作の世界中での異常な盛り上がりを考えたら当然のスマッシュヒットではあったが、公開から約1ヶ月経った先週も前週の6位から4位とランクを再び上げ、完全にロングヒットのゾーンに突入。これまで日本では興行収入20億をギリギリ超えた前作『ワイルド・スピード EURO MISSION』がシリーズ最大のヒットであったが、早々とその20億を超えて、シリーズ大化けの30億超えを射程に収めつつある。さらに、ある意味それ以上に目を見張るのがサントラCDのチャートアクション。4月8日にリリースされて初週18位だった同作のサントラは、その後、9位→8位→3位と右肩上がりに上昇し続け、今週のオリコンのアルバムチャートでは2位にまで上り詰めている。低予算B級作品でありながら世界各国でその年の最大のサプライズヒットとなった2001年公開のシリーズ1作目から15年、遂にというか、ようやくというか、日本でも完全に『ワイルド・スピード』熱に火がついた状況だ。


参考:話題騒然のジャズ映画(?)『セッション』、絶対支持宣言!


 もちろんその背景として、シリーズ7作目となる本作『ワイルド・スピード SKY MISSION』が現在進行形で世界各国においてとんでもない記録を打ち立てていることに触れる必要があるだろう。本国アメリカでは4週連続1位、もっとすごいのは中国で、公開から8日間で約2億5,000万ドル(約300億円)を稼ぎ出す爆発的ヒットを記録(あっという間に中国の歴代興収1位を塗り替えた)。現在、世界興収は14億ドル(約1700億円、Box office mojo調べ)を突破して世界興収歴代4位。3位の『アベンジャーズ』1作目を抜くも時間の問題で、その上にいるのは『アバター』と『タイタニック』のみという、まさに歴史的大ヒットとなっている。サントラCDも当然のように全米チャート1位、中でも本作の撮影中に亡くなったポール・ウォーカーに捧げられ、本編の感動的なフィナーレを飾っているウィズ・カリファ「See You Again ft. Charlie Puth」は現在5週連続でビルボードのシングルチャート1位を記録中。映画だけでなく、音楽界でも本年度最大のヒットソングの栄冠を確実なものとしている。


 さて、ここまでケタ外れのヒットを世界中で記録していれば日本でも大ヒットするのも当然と思う人もいるかもしれないが、そうはならないのが21世紀に入ってからの映画界(特に実写映画)だった。『トランスフォーマー』シリーズも、『アベンジャーズ』及びマーベル・ユニバース各作品も、どんな世界的なメガヒット作品も日本ではぼちぼちというのが常態化。そのせいか、『トランスフォーマー』シリーズは完全に中国資本に取り込まれ、ソウルで大々的にロケ撮影が行われた(羨ましい!)『アベンジャーズ』2作目は世界中で日本が最も公開日が遅いという由々しき事態に。そんな中、『ワイルド・スピード』シリーズが遅ればせながら日本で大ブレイクを果たした意義は大きいのだ。


 そもそも日本の走り屋文化&カスタム文化をルーツに持ち、作中では新旧GT-RやWRXやスープラといった日本車が毎回大活躍、3作目(ちなみに今回の『ワイルド・スピード SKY MISSION』の時間軸は3作目の直後のエピソードという設定だ)の『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』の舞台は文字通り東京で、妻夫木聡や北川景子や真木よう子ら日本の人気俳優もキャスティングされていた(みんなチョイ役だけど)『ワイルド・スピード』が、これまで日本ではあまりヒットしなかったというのが、なにか大きなボタンを掛け違えていたとしか言い様がないのだ。で、今回そのボタンの掛け違えを「正した」、その原動力となったのが郊外や地方での興行であるという点に注目したい。ここ数年、映画業界では「あの作品、調子はどう?」「いやぁ、都市部では入ってるけど地方は苦戦だね」というような会話が挨拶代わりになっている。もちろん超娯楽大作以外は地方では公開館数が少ない/公開が遅いという問題もあるが、その洋画の超娯楽大作がアニメ作品や日本のマンガ原作映画などに食われて、以前ほどお客さんが入らなくなってきているのだ。そんな中、『ワイルド・スピード SKY MISSON』の上映館に駆けつけている(中でも公開直後に観た洋画ファン/シリーズファンではなく、何週も後になってから今まさに観ている)層は、近年実写洋画作品が取りこぼしてきた郊外や地方の観客、もっと言うなら、いわゆるマイルドヤンキー層なのだ。彼らは流行にはそれほど敏感ではないかもしれないが、一端そこにリーチすれば洋画でも大ヒットするということが今回証明されたと言えるだろう。


 マーケティング用語として生まれた「マイルドヤンキー」という言葉には、「もともと昔からいた層だ」だとか「都市生活者が地方を見下ろした言葉だ」だとかいろいろ批判があるのも承知している。しかし、「もともと昔からいた層」だとしたら、どうして『ワイルド・スピード』シリーズの日本での大ブレイクまで15年もかかったのか?(むしろ日本で走り屋文化やカスタム文化が盛り上がっていたのは10年以上前だ) また、「都市で映画や音楽に関わっている業界人はもっと地方に目を向けるべき」という教訓を与えた上で、見下ろすどころか見上げる対象として再定義する必要があるのではないか? 今回の『ワイルド・スピード SKY MISSION』の大ヒットは「マイルドヤンキー」層の影響力を改めて証明したトピックだと思うのだ。実際のところ、『ワイルド・スピード SKY MISSION』では「何よりも大切なのは仲間だ」「仲間というより、それはもはや家族だ」「スポーツカーを捨てて家族のためにミニバンに乗るようになったブライアン(ポール・ウォーカー)」「なにかにつけてみんなで集まってバーベキューをやる」といった、もうそのまま「マイルドヤンキー」の定義そのもののようなセリフやシーンが頻出している。日本だけでなく世界中でCDがバカ売れしている(もちろん配信でも大ヒットしているが相対的に)のも、「ITへの関心やスキルが低い」という「マイルドヤンキー」の定義にすっぽりと収まる。『ワイルド・スピード』シリーズの大ヒットが示しているのは、先進国ではなく新興国において、都市ではなく郊外や地方において、ホワイトカラーではなくブルーカラーにおいて、世界と思想やライフスタイルがよりダイレクトに繋がっているのは都市生活者ではなく「マイルドヤンキー」だという重要な事実なのではないだろうか。そう考えると、以前から「なんて野暮ったい邦題をつけたんだろう」と思っていた『ワイルド・スピード』(原題は『The Fast & The Furious』)というシリーズの名前も、とても相応しいものに思えてくるから不思議だ。(宇野維正)