例年、安定した天候に恵まれるモンメロの丘は、最高の観戦コンディションをファンに提供する──5月のバルセロナは陽光に包まれて、観客が雨に濡れることも、寒さに震えることもない。景気の後退によってグランドスタンドに空席が目立つようになっても、芝生の自由席には熱心なF1ファンが集まる。バルセロナ市内から気軽にクルマでやって来る家族がいれば、年に1度の大イベントのため長距離バスの弾丸ツアーも厭わない熱心なファンもたくさん。“お目当て”はもちろん、フェルナンド・アロンソ──。
マクラーレン・ホンダのパフォーマンスを考えれば「やった、やった」と祝杯を上げることなど叶わないと、みんなわかっていた。それでも苦しい経済状況のなかで旅費を捻出して、今年も多くのファンがここに集った。
「この声援は僕ひとりではなく、“僕らのスポーツ”に向けられたものだと思う。だから、パドックの全員がファンに支えられているんだよ」──アロンソが、こう口にしたのはルノーで勝利を重ねてタイトルを争っていた頃。そんなチャンピオンの言葉を、いまのスペインGPが証明する。
バルセロナのファンの特徴は、アロンソへの声援。でも、レースがどんな展開になろうとも、ゴールのあとは心から勝者を讃えるスポーツ精神をみんなが持っている。派手なチアホンやフラッグはなくても、表彰台の真向いに集まったグランドスタンドのファンはニコ・ロズベルグに惜しみない拍手を送り続けた。そして、彼がスペイン語で話し始めた瞬間、それは大歓声に変わった。ドイツ語、フランス語、イタリア語、英語……マルチリンガルのニコにとって、5番目の言語であるスペイン語は、唯一、育った環境や必然からではなく、彼が自ら望んで学習した言語だ。
例年以上に高温、強風。全員がテストで走り込んだカタルニア・サーキットではあるけれど、グランプリのコンディションは、このコースを何倍にも難しくした。風はサーキット上でつむじ風のように移動し、常に向きを変えてマシンの挙動を乱す。午後になって路面温度が急上昇すると、マシンのバランスは別物のように豹変する。
セットアップ作業が困難を極めたフリー走行で、すべてはロズベルグの思い通りに進んだ──マシンの動きにはアドリブのようなドライビングで対応しながら、細かいことにこだわりすぎず、考えすぎず、自信を持ってファインチューンだけを加えていった。
ここ数戦、フェラーリの接近を意識してストレート速度を伸ばす傾向だったメルセデスは、大幅なアップデートに成功して優勢を確認すると、パワーユニットの力に支えられながら重いダウンフォースを採用するという、彼ら本来のアプローチに戻った。バルセロナはそれに最も適したサーキットでもあった。硬いタイヤ+強風──滑りやすい状況でもロズベルグの気持ちが揺るがなかった一因だ。試行錯誤がないぶん、走行が進むにつれてマシンはいっそうドライバーのフィーリングに馴染み、自信を持って攻めることが可能になり、その成果はロングランのタイムにも色濃く表れた。
「ロングランも僕らのほうが速そうだ」
金曜午後の段階でニコは確信し、フェラーリに白旗を促した。
ルイス・ハミルトンの場合はロズベルグとは逆。不安定なリヤに悩み続け、細かくセットアップを変更しながらも前に進めないでいた。いつものように思いきり良くターンインすることができない。ブレーキも加速も慎重。それでさえ、予選直前のFP3では3コーナーでスピン──まるで、元来の力強さをすべてロズベルグに奪われたような週末だった。
スタートで出遅れ、最初のピットでもベッテル攻略が叶わなかったハミルトンは3ストップ作戦を遂行。第3スティントでハードタイヤを履くと驚異的なタイムで走り始めたが……ロズベルグはミディアムの第2スティントを30周(!)も走行しながら安定したペースを維持していた。ライバルは、手の内がわかっているチームメイト──今回はそれがニコのアドバンテージになった。
「チームからは、僕が安全圏内だと知らされていたよ」
ニコが波に乗り、平坦な展開となったスペインGPではあったが、バルセロナの週末にはカルロス・サインツJr.の活躍が鮮やかな彩りをもたらした。重要なのは、もちろん日曜のレース。でも、今回に限っては、予選5位はひとつの“達成”。誰もがミスを重ねる難しいコンディションのなか、母国のファンの目の前で、ミスなく最速のラップをまとめただけで十分に賞賛に値する。
「ここは僕にとって特別な意味のあるサーキット。10年前、初めてのグランプリ観戦にやってきて、初めてフェルナンドに会うことができた。幼い僕にとって、あれはすごく大きな衝撃だったよ。あの日から、いつかF1ドライバーになりたいと、僕は強く願うようになっていた」
そんな憧れの存在──アロンソは「カルロスはスペインの未来だ」と断言した。サインツ自身は「フェルナンドは偉大すぎて、僕なんかまだまだ……」と謙遜する。ファンの声援もアロンソへのものだと信じていたから、予選Q3で初めて自分への声援なのだと気づいたと笑った。
レースは予想以上に厳しい展開になったけれど、ポジションを落としたあと、すぐにタイヤマネージメントに集中し「マシンが軽くなる最終スティントの終盤」に勝負をかけたところはさすが。最終ラップ、ダニール・クビアトとの攻防は審議対象になったが、最終的には、ふたりそろってフェアであろうと努めたうえでのレーシング・インシデントだと認められた。
予選5位、レースは9位。本人やチームにとっては少しがっかりの結果だったかもしれないけれど……スペインのファンも世界のF1ファンも、若い“実力派”の存在が頼もしく、うれしくてたまらない。
(今宮雅子)