日本は、ものづくり大国。しかし当の僕らは、高い技術の恩恵をあまりにも当然のように享受してきたことから、それがどれだけ優れているのかをなかなか認識できない。
国が違えば水道からおいしい水が無限に出てくることすら夢物語なのに、知らず知らずにそれを当たり前のものとして見過ごしているような気がする。
4月30日(木)に放送された「所さん!大変ですよ」(NHK総合)では、この問題点にがっつりメスを入れていた。この日の放送では「文房具"爆買い"騒動の謎」と題して、日本のあるメーカーが生産してきたチョークが、ここ最近になって注文殺到という事態に直面していたことを紹介している。
機材や配合物のノウハウも、後継者不在で継続断念
どれも同じように見えるチョークだが、実は品質の良し悪しがあって、折れやすくて書きにくいものもあれば使いやすい製品もある。中でも羽衣文具の発売していた羽衣チョークは書き味に優れ、折れにくく、長年教育現場でも愛用されてきたという。
ところがこの羽衣文具、今年の3月に廃業してしまった。後継者の不在が理由だ。材料には牡蠣の貝殻を粉末にしたものも混ぜ、うどんを作る機械で製造していたというが、こうすることでチョークがより滑らかになってコシが強くなり、気持ち良く使えるのだ。
機材や配合物の工夫は、この会社が独自に編み出したノウハウ。しかし後継者がいなければ、次につなぐことができない。
この状況を急転させたのが、韓国からやって来た1人の予備校講師だった。羽衣チョークは国内だけでなく、国外にも愛用者がいる。わざわざ韓国から訪れた彼は、長年羽衣チョークを使って授業を行ってきたという。
彼曰く、「最高の道具が最高の成果を出す」。効率の良い授業をするための相棒として、羽衣チョークは欠かせないというのだ。
私財を投げ打って機械を買い取り、工場にライン整備
その熱意は凄まじい。彼は5000万円の私財を出して羽衣文具の機械を全て買い取り、韓国国内に工場を設けてチョーク生産ラインを整えてしまった。
その時点で羽衣チョークの製法が韓国に流出することになったわけだが、これを僕らは果たして「してやられた!」と思ってよいものか。
人気講師とはいえ、いち予備校の講師が私財を投げ打ち工場を自前で用意するというのは大変な労力だ。それほどの魅力が羽衣チョークにあることを、彼はしっかりと感じていた。恐らく、日本人以上に。
日本は、ただでさえ少子化でチョークの需要も少なくなっていたし、会社の売り上げも近年は低下の一途を辿っていた。だからこそ後継者も見つからなかったのだろう。
まして現在では、全国的に電子黒板とタブレットを使った授業に切り替えた小学校も増えているから、伸びしろがないと思われても仕方がない。多くの日本人は、成人して以降チョークを触る機会すらない。
ただ、韓国にはまだ需要は残っている。件の講師は今後はシンガポールや台湾などにも出荷を予定していると話した。アフリカなどの新興国のことも考えると、将来の海外市場は意外と広がっていくのかもしれない。
日本のメーカーもあわてて追随しようとするが
番組の最後には、今になって幾つかの文具メーカーが羽衣文具の技術に興味を持ち、製法を継承しようとする話が紹介された。しかしもう韓国には生産体制が整った工場がある。
羽衣チョークは、その使い勝手の良さもあって、海外では「チョーク界のロールスロイス」とまで評価されてきた。メイドインコリアになろうと、その名を冠している限り、幾ら後追いで日本製の優れたチョークが登場しようと、しばらくは苦戦するかも知れない。もちろん、いずれ日本が盛り返すことも期待してるけど。(文:松本ミゾレ)
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