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Keishi Tanakaが考える“歌を届ける意味” 「ポップな音楽で、ポップな言葉を言うのは面白くない」

2015年05月08日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

Keishi Tanaka。(写真=山川哲矢)

 Keishi Tanakaが4月22日に2ndアルバム『Alley』をリリースした。同作は伊藤大地 (SAKEROCK)や古川太一 (KONCOS)、佐藤寛 (KONCOS)、松田"CHABE"岳二 (CUBISMO GRAFICO)など、腕利きのミュージシャンを多数招いて制作されたもの。ソウルフルなKeishiのボーカルが一層引き立つグル―ヴィーな楽曲や、これまで築き上げてきた弾き語りのスタイルが活かされた楽曲まで、様々な歌を楽しむことができるポップ・アルバムに仕上がっている。今回リアルサウンドでは、Keishiに話を訊き、アルバムのこだわりやソロとして活動していくこと、ライブや録音物への思い、先日キネマ倶楽部で行ったフルバンド編成のライブについて、たっぷりと語ってもらった。


(参考:Keishi Tanaka、ツアーファイナルレポート TGMX、本間寛人らも駆けつけた熱狂の一夜


・「プロデューサーを立てて、少し変化させてもらう楽しみも感じたい」


――今回の『Alley』がソロ2枚目のフルアルバムですが、今回リアルサウンド初出演ということもあり、まずはバンド解散~前回の『Fill』リリースからの話を聞かせてください。


Keishi Tanaka(以下、Keishi):2011年まではRiddim Saunterというバンドをやっていて、3枚アルバムを出したんです。でも、次に何をするか悩んだときに、4枚目のアルバムを出すのか、ライブを続ける年にするのか決まらなくて。メンバーとはそこで活動の形を変えようと決意しました。その時点でソロ活動をしようというのは考えていた、というかバンドを次に組むつもりが全然無かったんです。バンドだったらRiddim Saunterを続けるべきだと思ってたので、ソロをやった方が面白いという考えに至り、2011年の9月にバンドが解散したあと、すぐにソロ活動を始めました。なかには解散したあと、一旦制作期間を長く設けてソロキャリアをスタートさせる人もいるけど、そういうやり方は自分に適してないと思って、すぐに誘われているライブやイベントのオファーを受けました。なので、最初は自分1人で弾き語りをするしか無かったんです。


――そうですよね。解散して間もないころ、京都で行ったライブを拝見しました。


Keishi:それが同年の12月かな。今思うとすぐに弾き語りをやり始めたのは大きかった。音楽へ向かうテンションはそのままで弾き語りを始めたけど、そういうアルバムを作るつもりは無かったので、0枚目として弾き語りの音源が入ったソングブック『夜の終わり』をリリースして、1stアルバムの制作に入ったんです。


――そこでリリースした1stアルバム『Fill』は、弾き語りの要素を残しつつ、ストリングスを入れたり、ロック調の曲だったりと、様々な顔を見せていました。


Keishi:元々ジャンルをあんまり気にしていないのですが、弾き語りで曲を作ってライブで披露していたというのが大きいのかもしれません。『Fill』はその形式で作った楽曲をバンドサウンドにアレンジしていきました。『Alley』は『Fill』と使っている楽器はあまり変わってなくて、ホーンセクションが新しく入ってるくらいなんですけど、全然それに向かう曲作りの段階が違う。元々弾き語りでやっていたものをバンドサウンドにした『Fill』と、バンドセットを経験したことで始めからバンドを意識したものになった『Alley』という感じですね。もともとこの2枚に関しては一続きにしたくて、両方を聴いてバランスのいいものにしたかったということもあります。


――『Alley』を聴いた印象としては、『1人だから何をやってもいいんだ』という選択肢の多さを感じました。


Keishi:それって、バンドとソロバンドセットの違いかも。それぞれに良いところがあるし、曲によってプレイヤーを選ばせてもらうっていうのはかなり贅沢なことで、ソロ活動を3年経って「やってもいいかな」と少し思えるようになりました。最初の頃はあまりそういう考えは無く、『Fill』に関しては基本ほぼ固定メンバーでやっていたのですが、気持ちに余裕ができたということもあります。


――2つのアルバムを作るにあたって、最初からその分け方を用意していたわけではないんですね。どちらも曲単位ではなくアルバム単位で聴かせるような作り方をしているように思えるのですが。


Keishi:弾き語りベースだったものが、バンドセットのライブを通じて変わった部分ですね。あと、元々アルバムを作るのがすごく好きなんです。全体の流れを作ったり、通して聴くことで1番いい状態にできることがアルバムの良いところなのかなと思うので。でも、最近では1曲だからこそ遊べる部分というか、テーマに寄せられる部分が結構あるということも思っていて、それもそれでいいなと。絵本を作る(『秘密の森』)とか、ハンカチ(『Crybaby’s Girl』)をジャケットにするのはシングルの方が良いかなと思ったのはそういう考えからです。


――それは曲も仕掛けも含めてということでしょうか。


Keishi:そうです。ソングブック『夜の終わり』は、写真と詩を見せるという意味では1曲じゃ物足りないなと思ってミニアルバム形式にしたし、詩を読みながら聴くならアコースティックがいいんじゃないかと考えたり、作品や楽曲に対するベストな状況を探してる。そのなかで2年に1回のアルバムという周期があって、良いバランスでやれていると思います。


――2年に1回のアルバムということですが、その周期を定めているのはなぜ?

Keishi:明確に決めているわけではないですが、アルバムを2年に1枚出すペースが結構続いていて、ツアーが終わって1年間制作に入るというのが自分のなかに周期としてあり、それが日常になってる。僕の作品は、日常を切り取ったものにしたいので、自分自身を日常的な空間においておくことが大切だと思い、意識してそういう風にしているんです。


――アルバムは、テーマに沿って曲を作っていくのでしょうか。それとも沢山作った曲を並べて完成させていくのでしょうか。


Keishi:コンセプトアルバムを作っているつもりは無いのですが、1枚目と2枚目には自己紹介的な意味合いもあり、“Keishi Tanakaとは”というテーマで作っているのかもしれません。でも、例えば「秘密の森」や「Crybaby's Girl」、「Floatin’ Groove」などのカギになる曲ができてきたときに「『Floatin’ Groove』は3曲目だな」という風に当てはめる。で、その前に2曲目としてどういう曲があったらいいのかを考えて、作っていく。だから最後にシャッフルするということはあまりないです。曲を作る段階で曲順や曲のキーなどアルバムの流れを考えて「『Crybaby's Girl』まで来たら、次は静かな『あこがれ』を入れてみよう」とか「最後はアップテンポなシャッフルが良いから『素敵な影の結末』のような曲を作って、その前に「秘密の森」を置く」とか。そして最後にプロローグ的な意味合いで1曲目を作ります。これは1枚目も2枚目も同じです。全体が見えてから入り口としてぴったりのものを作りたいので。


――曲作りの際にはどういったプロセスを踏むのでしょうか。


Keishi:ギターとメロディを作りつつ、パソコン上でデモを全部作ります。リズムや鍵盤を入れて、作ったものをバンドメンバーに渡します。1枚目、2枚目は、デモの段階で8割のイメージは出来ていました。音になってない部分は口頭で説明しちゃいますけど、自分の中では結構イメージが固まっている方だとは思うんで。ただ、プレイ自体はそれぞれのプレイヤーに任せます。例えば、「9月の甘い香り」は、最終的にプレイを任せていて、曲調やリズムはデモと同じにしてもらいつつ、僕がデモでは表現できない音がたくさん入っています。それが最高なんです。想像しなかった違う曲調になる、というのは心の余裕がもっと出て来たらできると思う。いつかはプロデューサーを立てて、少し変化させてもらう楽しみも感じたいと思っています。


・「僕は言いたいこととストーリーを考えているだけ」


――今作は『Fill』よりもR&Bやブルー・アイド・ソウルの要素をより色濃く感じます。


Keishi:そこはすごく嬉しいというか、狙っている部分でもあるんですよ。自分の中のメロディーや曲調はいろいろ変えてるし、あまりジャンルに関しては固定しないようにしています。ギターの手癖と同じようなものがメロディーにもあって、もちろん毎回同じようになっちゃ面白くないですが、ある程度は生かす。僕の場合、それがソウルに近いメロディーだと思うんです。だから曲調がどうであれ、ちょっとソウルなメロディーを感じてもらえれば、結構曲的には満足というか、やりたいことが出来ている感じがあります。演奏の部分のジャンルというのはあまりこだわっていなくて、それがもしかしたら白人っぽいのかもしれませんね。黒人的なソウルの土臭さを僕はあまり意識していないので。


――ちなみに、Keishiさんの中にあるソウル的な要素は、どの年代のものが染み出ていると思いますか。


Keishi:僕はだいたい60年代、70年代の曲ですね。どちらかというとノーザン・ソウルやモータウン、フィリー・ソウルなどが好きです。ブルー・アイド・ソウルだとラスカルズとか、黒人だとビリーポール、ウィスパーズとかはDJでよくかけます。今の年代のソウルの人でも好きな人はいます。ハー・マー・スーパースターとか。あと、ジョン・レジェンドとかもすごく好きですが、それはいま僕がやりたいこととは少しずれている気がします。


――国内外で若手や中堅どころが、こぞってソウルやR&Bの色が感じられるポップス作品をリリースしてくるなかで、Keishiさんが『Alley』を作ったことは良いタイミングだと思っているんですが、周辺のアーティストと交流はありますか?


Keishi:例えば、Lucky Tapesのメンバーは今もサポートしてもらってるし、Special Favorite MusicやAwesome City Clubを自分の企画に呼んで共演したこともあって、少し若い世代にも仲間がいます。彼らがどう考えているかはわかりませんが、若い時は届ける層が限定しているくらいでもいいと思っていて、少し尖った部分がカッコいいんじゃないかと思う。今の僕はそういうことを続けながらも、昔から曲を聴いてくれている人たちと一緒に年を取って、10年後に40歳になっても聴ける音楽をやりたいと思っています。そう考えると、今回のアルバムはいま40歳の人にも届くような気がしてる。どちらかというと若者に向けて音楽をやっているけど、結果的に広い年代に届けば嬉しいですね。


――幅広い層に届けるということは、それだけポップとして強度を要することだと思うのですが、Keishiさんは自身の曲に対してどこまでポップという意識をもって作っているのでしょうか。


Keishi:ポップなものを作ろうという意識はあまりありません。それよりも今の僕を表すことが重要だと思っています。あまりマイナーなコードで歌うタイプではないと思いますが、ポップな音楽で、ポップな言葉を言うのは面白くないし、儚い部分が出てくるのはそのまま残したいとも思っています。でも、今後逆のチャレンジもしてみたいとも思うんです。自然なメロディーや歌にちょっと引っかかりを作るのはもともと好きなので、そのバランスを考えながら次の作品を作っていこうと思います。


――Keishiさんが考える引っかかりとは?


Keishi:たとえば、歌詞の中に楽曲の印象と真逆の言葉を使うとか。しっかり違和感を入れないと、ただの聞き流せる音楽になってしまうので、コードの展開とか転調なども入れこむけど、聴いてて疲れる音楽は作りたくない。そのバランスは難しいですが、上手くやれれているとは思います。


――ちょうど歌詞の話が出ましたが、バンド時代からソロキャリアにおいて、Keishiさんの歌詞って“僕”とか“君”というワードが頻発しているなと思っていて。主観で見ているものが多いなと感じるんですが、ご自身では書いたものを見返したりした際にどう思っているのでしょうか。


Keishi:あまりどの目線で書くかというのは意識してなかったんですが…。リディム時代と比べても無意識に多くなってるんですかね。もしかしたら日本語だからというのもあるかもしれません。僕としては聴いた人が“僕”になれたらいいと思うし、僕が書いている所の“君”にそのままストレートに自分を当てはめてもらってもいいし、それはその時の状況によって変わっていくでしょうから。僕は言いたいこととストーリーを考えているだけなので、実際に感じる人がどの所に立つかっていうのは、各自のタイミングで楽しんでもらえれば嬉しいです。ちなみに「Foggy Mountain」とか、「It's Only My Rule」とかは、僕の目に映ったものを書いているので、主観的です。


・「欲張りなので、ひとつだけになりたくない」


――3月にキネマ倶楽部で行ったライブツアーのファイナルは、ロックとポップの両側面を綺麗に見せた2部構成になっているように思えました。途中で本間寛人さん(元Riddim Saunterのトランペット)が登場した時は、会場が大きく沸いていましたね。


Keishi:そうですね。ただ、アニキ(本間の愛称)の出演に関しては、正直、あまり想いというものは無いんですよね(笑)。


――それはステージ上で言ったことと同じですよね。


Keishi:そう。リディムのメンバーが揃ったという感じもしないし、そもそも寛(佐藤寛/KONCOSのギターで元Riddim Saunter)はずっとサポートメンバーとして一緒にいるから。アニキは基本的にはもう音楽活動をしていないので、盛り上がるのも何となく分かるし、とても嬉しいことでもあります。アニキには今後もどこかのタイミングで参加してほしいと思ってるので。ただ、それはRiddim Saunterどうこうではなく、アニキ個人に対して友達として思っていることです。


――弾き語りのライブとバンドセットのライブ、一長一短はあると思うんですが、やっていて気持ちいいのはどちらですか?


Keishi:これに関しては本当に五分五分です。バンド時代、僕は弾き語りが好きではなかった、というよりできなかったので、やり始めた時も最初は合わないんだろうなと思ってたんですよ。でも、続けていたら思いのほか歌の調子が良いし、今は辞める理由が何もないんです。それどころか、弾き語りは会場を選ばないというか、誘われる回数も増えるし、どこにでも行けるっていう面で僕の音楽に対する距離感に合っているとも思うので、バンドセットをメインで弾き語りをおまけにするつもりはあまりないです。


――どちらも自分であり、アウトプットの形が違うだけということですね。


Keishi:そうですね、セットリストの半分がカバー曲になったら、バンドセットがメインになったと思ってください(笑)。僕が基本的にカバーをやらないのは、バンドセットのライブも弾き語りのライブも同じだと考えてるからなので。でも、自分の企画とかならやってもいいかな…。こう見えていろいろ考えているんですよ(笑)。


――鍵盤をメインに進行していく「偶然を待っているだなんて」は、Keishiさんのソロキャリアの中でも新機軸と言える1曲ですね。様々なジャンルに挑戦するなかで、こういうものが合っている・合っていないという基準はどこにありますか?


Keishi:ジャンルに関しては特に考えてやってないです。その時の気分です。基準があるとすれば声に合っているかとかですかね。僕は自分の歌に対して技術がある方だと思っていなくて。歌を生業にするからには、どんな歌でも歌えないとダメだし、どんな声でも出せるというのがある意味では理想的です。ただ、僕は発声を習ったわけではないので、例えば息の量も気分で変わる。腐るほど僕より上手い人は居るし、そういう意味では正直シンガーというところで勝負をしていないということかもしれません。ただ、それが今の僕らしさにつながっているような気はするので、焦ってはいないしこれからゆっくり磨いていこうと思っています。


――いわゆるメジャーのポップシンガーのように、技術を磨くという志向に至っているのが意外でした。


Keishi:メジャーもインディーも関係ないと思いますよ。ちなみに、後輩から時折技術的なことを訊かれますけど、全くなにも答えることが無いし、ライブ前にもお酒は飲むし、そういう意味では僕を参考にするのはあんまり良くないんじゃないかなと思ったりします(笑)。


――ソロ活動を始めてから歌い方が年々変わっていってるのは、意識的というより無意識なんですか?


Keishi:歌い方が変わっている自覚はないです。ただあるとしたら弾き語りを始めたからというのが大きいかもですね。ギターを弾いて、自分の体1つでライブをすることが結構あるので、その時の歌いやすさっていうのがベストな状態になってきてるんです。そういう自分の中の体のイメージが出来た曲を、ギターを置いてバンドセットで歌った時は気持ち良い。だからレコーディングとライブは別物だと思うし、いつかライブ盤を出してみても面白いのかもしれませんね。


――是非聴いてみたいです。6月からは『Alley』に参加したサポートメンバーも引き連れてフルバンドセットのライブを行いますが、今後さらに参加メンバーを増やしていきたいですか、それともタイトにしていきたいですか?


Keishi:どっちもやっていきたい。会場を変えてオーケストラ編成もいつかやってみたいし、例えばトリオ編成にも興味があるんです。欲張りなので、ひとつだけになりたくないんですよ。そういう毎回の変化を今は楽しいと思ってやっています。


――色んな選択肢をどんどん増やしていきたい?


Keishi:「ツアーが出来て、アルバムが作れればいい」というタイプでもないので。色んなことを踏まえて、次はどうしていくのかを決めたいです。だからこれからの動きが自分自身も楽しみです。


(取材・文=中村拓海)