今年5月13日から開催される第68回カンヌ国際映画祭。パルムドールを競うコンペティション部門に是枝裕和監督の『海街diary』がノミネートされ、日本でも期待が高まっている。審査員はジェイク・ギレンホール、シエナ・ミラー、ギレルモ・デル・トロ、グザヴィエ・ドランといった錚々たる顔ぶれだ。そんな彼らを審査員長として率いるのは、ジョエル・コーエンとイーサン・コーエンである。
現在TVドラマ化もされている大ヒット映画『ファーゴ』(1996)や、今でも絶大な人気を誇り、毎年関連イベントが催されているカルト映画『ビッグ・リボウスキ』(1998)、2007年のアカデミー賞で作品賞含む4部門で受賞した『ノーカントリー』(2007)など、アメリカを代表する監督として長年注目を集め続けている。どの映画でも、観客を引き込む「コーエン・ワールド」を作り出してしまう天才兄弟だ。
『コーエン兄弟の世界 ビッグ・リボウスキ』(ウィリアム・プレストン・ロバートソン/著、トリシア・クーク/編、池谷律代/訳、ソニー・マガジンズ/刊)は、そんな天才兄弟の『ビッグ・リボウスキ』の製作過程を中心に、彼らの映画に込められた秘密を読み解いていく一冊で、日本では1998年9月に出版されている。
ジャーナリストにして脚本家である著者のロバートソン氏は、コーエン兄弟と親交が深く、そのため本書では兄弟が8ミリカメラで映像を撮り始めた時の詳しいエピソードや、作品に頻出する「ゲロ」のシーンについての考察も紹介され、単なる「メイキング本」に留まらない魅力を放っている。
■『ビッグ・リボウスキ』は「ロサンゼルス」だ
『ビッグ・リボウスキ』は、コーエン兄弟の作品の中でも、一筋縄ではいかない脚本だと言える。映画が始まると、観客は、多彩なイメージの波に放り込まれ、マリファナが大好な老いぼれヒッピー“ザ・デュード”(リボウスキ)の物語に引き込まれる。大富豪と同姓同名なために誘拐事件に巻き込まれた男の話だが、見たことのある人なら全く筋を予想できず、いきなり登場する突飛なイメージや登場人物に驚いたのではないだろうか。『ビッグ・リボウスキ』で描かれるヒッピー・カルチャーやボウリング、現代アート、テクノポップのイメージは、観客を楽しませ、同時に混乱もさせる。
あのデュードの夢のシーンを覚えているだろうか。コーラスガールや空飛ぶ魔法の絨毯が出てくるが、それらはセックスとボウリングが核になり、メタファーとして表されていることが分かるだろう。ボウリングのボールが、性器の部分に効果的に配置されていることを思い出してほしい。
ロバートソン氏は、「『ビッグ・リボウスキ』に描かれる広範にわたる流行や事象は、ポップカルチャーの寄せ集めになっている」と述べる。「しかも、寄せ集めだとすれば、間違いなく、ロサンゼルスという大都会そのものがごちゃまぜと言える。つまるところ、コーエン兄弟が追及しているのはLAそのもの、というよりむしろLA観なのである」。
ロサンゼルスという大都会を表象しようとする途方もないこの映画は、噛めば噛むほど味が出てくる。そのことは、上映当初には人気がなかった本作が、次第に人気を集め今では毎年コスプレイベントが開催されるほどになっていることからも分かるだろう。私たちは何よりもまず、コーエン兄弟の悪戯っぽいイメージの中に没頭することが一番良いのかもしれない。
■『ファーゴ』の影響にも注目
カルト的な人気を集めている『ビッグ・リボウスキ』とは異なり、興行収入的に大ヒットし、批評家からの評価も高いのが、サスペンス映画『ファーゴ』だ。今年公開予定になっている、ゼレナー兄弟による菊地凛子を主演に置いた“Kumiko,The Treasure Hunter”(トレジャーハンター・クミコ)は、『ファーゴ』に出てくる雪の中の埋蔵金を信じてしまう、狂気じみた女性の物語になっているという。こうした影響も注目すべき点の一つだろう。
カンヌの受賞作品発表を楽しみにしつつ、映画館のコーエン・ワールドにもますます期待したい。
(新刊JP編集部/石井結)