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「歌舞伎町で10人と喧嘩して勝った」そんな同僚をボコボコにした新聞販売店員の法廷

2015年05月08日 10:31  弁護士ドットコム

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全国にある裁判所で日々、繰り広げられる悲喜こもごもの法廷模様。しかし、報道されるのは、そのごく一部でしかない。メディアが「ニュース」として扱わなかった、ある傷害事件の公判を傍聴ライターが取材した。(ライター/高橋ユキ)


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●傍聴で人気は「強姦」、不人気は「傷害・覚せい剤」


4月初旬。この時期は裁判官の人事異動の季節ということで、刑事事件は開廷が思いっきり少なくなる。なので、ちょっとした事件でも、法廷は傍聴人でいっぱいになったりして、なかなかやりづらい。



刑事事件の法廷では、人気・不人気の罪名がある。傷害は傍聴人がさほど多くない。覚せい剤取締法違反も、被告人が有名人でなければ、いつも閑古鳥がないている。逆に、強姦になるとすごい数の傍聴人が押し寄せたりもする。



ただ、これは開廷数も傍聴人数も桁違いに多い「東京地裁」に限った話だ。他の裁判所ならば、もう少し快適な傍聴ライフが送れるのだろうな・・・と、いつも思う。



●事実認否で「間違いありません」 次々に出て行く「傍聴人」


そんな閑散期に開かれた、ある傷害事件の裁判は、新件(初公判)なのに、傍聴人はまばらだった。



被告人は、昭和60年(1985年)生まれの男性。ずんぐりむっくりした体型にグレーのスウェットの上下で法廷にあらわれた。昨年10月、タクシーに同乗していた同僚を、降りざまに殴ったり蹴ったりして、全治1カ月のケガ(顔面打撲・顔面挫傷・肋骨骨折)を負わせたようだ。新聞販売所で配達や営業の仕事をしていたが、本件逮捕により解雇された。



「(起訴事実に)間違いありません」



冒頭、被告人は淡々とこう述べた。事実認否が「間違いありません」だと、法廷で「ひと波乱」起こる可能性は低い。この時点で、もともとまばらだった傍聴人は次々に出て行き、筆者と知らないおじさん1人だけに・・・。東京地裁の傍聴人は裁判に見切りを付けるのが早い人が多い。イマイチだな、と思うとサッと席を立ち、別の法廷へ走るのである。



冒頭陳述によれば、被告人は高校卒業後に上京し、事件当時は先述の通り新聞販売所の社員として働いていた。住所は不定で、知人や友人の家を転々としていたという。同種の前歴・前科があり、平成19年(2007年)に執行猶予つきの有罪判決を受けている。



●「歌舞伎町で10人に囲まれて勝った」という被害者


事件当日の夜、被告人の勤める販売所では宴会が開かれていた。その宴席で、被害者である同僚は、仕事や同僚、上司への悪態をつき続けたという。店長がシメの挨拶をしているときも、横から口を出したり騒いだりした。



二次会へ向かうタクシーの中でも、同乗した主任や被告人に対して悪態をついた。とうとう堪忍袋の緒が切れた被告人が今回の事件を起こした・・・という顛末だ。



被告人質問で、被告人は「過去にも同じ失敗をして・・・深く反省しないと・・・」と、3度目の逮捕にしょげた様子を見せていた。その一方で、被害者の同僚がタクシーの中で、図に乗った発言をしていたと説明した。「自分は喧嘩が強い。歌舞伎町で10人くらいに囲まれて喧嘩になったときも勝った。なので(被告人には)負けない」などと、被害者が息巻いていたというのだ。



歌舞伎町で10人に囲まれて勝った、って小学生の自慢話のようである。



●「二度も裁判を受けるなんて、社会人としてズレてる」


さらには「かかった医療費は支払ったが、そのうえに100万、200万ほしいと言っている」と、被害者側が強欲とでも言いたげな主張も繰り出した。



たしかに、社会生活を送っていたら、こういう困った人物にお目にかかる事は誰しもある。被告人は不器用な男なのかもしれないが、「逃げるが勝ち」という言葉もあるように、スルーして距離を置いたほうがよい場合もあるのだなぁとつくづく思う。



「二度も裁判を受けるなんて、社会人としてちょっとズレてると思わないの!」と裁判官から最後にお叱りを受けていた被告人には、検察側から懲役1年半が求刑された。


【プロフィール】


高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(霞っ子クラブ著/新潮社)、「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(高橋ユキ/徳間書店)など。好きな食べ物は氷。


(弁護士ドットコムニュース)