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『嵐、ブレイク前夜』は5人の素顔に近づいたか? ドキュメンタリー本として読み解く

2015年05月06日 08:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『嵐、ブレイク前夜』(主婦と生活社)

 国民的アイドルグループ・嵐のデビューからブレイクまでの軌跡を、「嵐の元側近一同」が綴ったという『嵐、ブレイク前夜』(主婦と生活社)。


 発売前には「暴露本」として注目されたが、実際に読んでみると、週刊誌沙汰になったこと等は全てスルーされていて、かなりマイルドな内容であることや、ファンにとっては既知の情報も多いこと、真偽が入り混じっていることから、スキャンダラスなものを期待する人にとっては肩透かしであり、ファンにとってはやや物足りなさがあるかもしれない。


参考:嵐はいかにしてバラエティ番組で活躍の場を拡げたか 萌芽期からサブカル期の足跡を辿る


 それはおそらく「嵐の初期にかなり近い立場で関わっていた関係者のソース」を、やや粗い事実確認と、やや雑な文章・編集作業で調理したためだろう。櫻井翔だけがソロコンを行ったような書き方(実際は大野智もやっている)や、ボリュームが櫻井と松本の二人に関するものに偏り、二宮の渡米期間と、それを支えた4人の活動などに全く触れられていないことなど、気になる箇所はちょこちょこある。


 でも、ブレイク前、嵐自身が「売れない」「事務所内の優先順位8番目」などと自虐的に言っていた時代を見守ってきたファンにとっては、「当時の彼らをかなり近くで見ていた人の視点」は、それだけで資料的価値があると思う。あくまで嵐にとって「真実」かどうかではなく、「元関係者が見た、嵐のブレイクまでの軌跡」というドキュメンタリーなのだ。


 たとえば、「もともと裏方志向で“熱さ”を内に秘める二宮と、ガツガツした松本が不仲だったこと」をはじめ、「櫻井翔の優越感・セレブ感」「相葉の下ネタ好き・優しさ」「大野の劣等感」など、メンバーの“素顔”やメンバー同士の関係性などは、事実はどうあれ、ファン一人ひとりが当時、テレビ番組やラジオ番組、雑誌などから思い描いていた嵐像と重なる部分が少なからずあるのではないか。


 「真実なんてわからない」のはもちろんのこと。それを大前提として、興味深いのは、嵐がまだブレイクしていない頃、彼らの身内に近い立場の人が彼らをどう見ていたのかがわかることだ。本人たちが語るのではなく、「元関係者」の視点で綴るからこそ、当時の嵐を取り巻く環境や社内あるいは業界内の立ち位置・扱われ方、現場の空気が浮き彫りになる。そして、それが嵐のブレイクに向けてどのように変化していったのかということも。


 本当の「素顔」をファンが知ることは残念ながらできない。彼ら自身の口から語られる言葉ですら、真実かどうかはわからない。それでもファンは少しでも素顔を知りたい・真実に近づきたいと思うものであり、本書もそういったファン一人ひとりが見て、感じて、考えてきた「自分なりの嵐」像と、「身近な人視点の嵐」像との、ひとつの「答え合わせ」として読むことができると思う。


 そして、実は本書を読むことで、より多くのことを考え、感じることができるのは、芸能界の頂点にのぼりつめた嵐のファンよりも、むしろ後輩の若手ジャニーズやデビュー前のジャニーズJr.たち、そして彼らのファンたちではないだろうか。


 『ミュージックステーション』の出番がいつも最初で、尺が短く、トークもさせてもらえないこと。女性アイドルグループよりも格段に扱いが悪いこと。世間に「売れない」と言われ、叩かれること。そうした状況に本人たちが焦りを感じ、努力していること。そして、そんな彼らの姿に心打たれるファン心理など、若手グループやJr.たち、そのファンにとっては、いまリアルタイムで痛いほどわかる状況が、国民的アイドルグループ・嵐にもかつてあったということを再確認でき、希望が湧いてくる部分も多い。


 嵐のブレイクは、マーケティングによるものでも、ノウハウがあるものでもない。だからこそ、将来、嵐のようになれるグループは、もう出てこないかもしれないし、後輩たちが嵐を目標とすること自体、間違いかもしれない。でも、ブレイクまでの嵐メンバーたちの葛藤・努力は実に美しく、キラキラしていて、そうした奇跡の「瞬間」に立ち会いたいという思いが、ファンにとっての大きな原動力になっているのかもしれない。(田幸和歌子)