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きのこ帝国・佐藤が明かす、音楽家としての”根っこ”「誰かと出会いたい一心で音楽をやっている」

2015年05月06日 00:11  リアルサウンド

リアルサウンド

メジャー1stシングル『桜が咲く前に』インタビュー

 きのこ帝国が4月29日にメジャー1stシングル『桜が咲く前に』をリリースした。今回、ボーカル/ギターの佐藤千亜妃に行なったインタビューによると、叙情的で美しいメロディを持つ表題曲は、前シングル『東京』で描いた風景から10年前にさかのぼり、バンドの初心に帰るような気持ちで書かれた曲であるという。さらに佐藤は、バンドの「根っこの部分」と「変化してきた部分」を、自身の音楽観を交えて語ってくれた。


・「『桜が咲く前に』みたいな曲を出すのは自分としては攻めの姿勢」


——「桜が咲く前に」はノスタルジックなミディアム・ナンバーで驚きました。一方でサウンドは、うなるギターにしてもきのこ帝国らしいです。この曲をメジャー・デビュー・シングルに選んだ理由は?


佐藤千亜妃(以下、佐藤):「選んだ」と言われると難しいんですけど、去年リリースした「東京」から10年前にさかのぼって、バンドが初心に帰る気持ちで書いた曲ですね。10年前に上京したときの気持ちと、今のレーベルを移籍する気持ちが不思議とリンクしました。


——「桜が咲く前に」を書かれたのはいつ頃なんですか?


佐藤:今年の年明けで、去年の年末にあった曲の欠片をブラッシュアップしていきました。


——それはメジャー・デビューが決まった頃でしょうか?


佐藤:メジャーの話は実はなんとなく以前からあったりして、1年ぐらい前から「どうしようか」と話し合いを始めました。「桜が咲く前に」を書いたときにはメジャー移籍は決定していましたね。


——10年前に立ち返ってみたのは、メジャー・デビューというタイミングがあったからでしょうか?


佐藤:そういうのもありますし、自分が上京して10年で、このタイミングでこの曲を出しておくと表現的にも根っこの部分が表現できるかなと思って「今しかない」と思い、書きました。


——「根っこの部分」というのはきのこ帝国の根っこの部分でしょうか?


佐藤:きのこ帝国というよりは、自分が音楽をやるうえで、どんな気持ちで上京したのかが純粋に残っている部分ですね。


——「桜が咲く前に」のレコーディングでは、インディーとは違う意識で取り組んだ面もありました?


佐藤:もっとメジャーらしさを求められるかと思ってました。派手だったり、キャッチーだったり。むしろきのこ帝国らしい硬い曲で、今までの延長線上の中で出てきている音楽なので、長く残る曲になるといいなと。常に挑戦的なことをしていきたいし、「桜が咲く前に」みたいな曲を出すのは自分としては攻めの姿勢だと思ってます。


——今までシューゲイザーやポストロック、あるいはオルタナティヴと言われてきたきのこ帝国ですが、そうした肩書きを一旦捨てる覚悟さえ感じました。


佐藤:最初からシューゲイザーだと思ってリリースしたことは一度もないんです。歌モノであり、景色や感情を表現するためのツールとして音楽を機能させているだけであって、シューゲイザーやオルタナという音楽ジャンルとしての目的を果たすために音楽をしているわけではないので、ピンとこないんです。何か琴線に触れるものがないといけないと思うんです。きのこ帝国はそういう音楽を作り続けていると思うので、ジャンルのことを言いたい人もわかるんですけど、勘違いしてほしくないのはきのこ帝国は「ジャンルにこだわっているグループではない」ということですね。


——では今「きのこ帝国ってどんな音楽をしているグループですか」と聞かれてなんと答えていますか?


佐藤:うーん、出すたびに変わっちゃうので、自分たちから触れないことが多いです。「大学時代に組んだバンドです」って。自分ではJ-POP、J-ROCKって言われて差し支えないかなと思ってます。


——佐藤さんの中でメインストリームのJ-POPとはなんですか?


佐藤:イメージだと、サザンオールスターズ、Mr.Children、エレファントカシマシ、ウルフルズ、JUDY AND MARY、川本真琴さん、あと広瀬香美さんとか。


——佐藤さんが好きなJ-POPだと?


佐藤:宇多田ヒカルさん、鬼束ちひろさん、とかよく昔聴いていましたね。


——そういうアーティストから影響は受けていますか?


佐藤:最近ライヴでご一緒させていただいたスピッツさんには、感じる部分がありました。ライヴの仕方とか、リリースしていく姿勢とか、立ち振る舞いとか。「きのこ帝国がこういうバンドになっていくといいんじゃないかな」と思いましたね。


・「聴いた人の人生に残るようなアーティストがいないと音楽シーンは縮んでいく」


——昨日UK Project時代の全作品を聴き直しました。実は一番感じたのは佐藤さんのヴォーカリストとしての変化です。「渦になる」(2012年)の頃なら「桜が咲く前に」は歌えないと感じました。


佐藤:内面の変化はすごくあるし、歌に出てくると思いますね。「東京」を書いて以降は、より「楽曲至上主義」になりたいなと思ったので、その曲ごとにベストな歌い方を心がけています。今までは、ライヴハウスでの活動を念頭に入れて曲作りをしてたんです、ライヴから逆算して。でもCDになったとき、いい部分と悪い部分があったので、ライヴはライヴ、CDはCD、という分け方で制作に向かうようになってきた感じですね。


——今のバンドがフェス向けに曲を作るという話はよく聞きますし、そういう意味ではメインストリームから離れる方法にも見えますが……。


佐藤:メインストリームの流れは、5年、10年すれば変わると思うし、きのこ帝国は「音楽はこうあるべきだ」という思想を変えないでやっていきたいなと思います。


——その思想とはどういうものでしょうか?


佐藤:聴いた人の人生に残るようなアーティストがいないと音楽シーンは縮んでいくと思うんです。


——「きのこ帝国は変わっちゃった」と思う人もいるかもしれませんよね。


佐藤:でもいつかまた出会えると思います。その人もいつか歩き出さないといけないし、その先で自分たちが待っていられたらな、と思います。「背中を押す」という傲慢なことを言うつもりはなくて、自分たちの歩幅で歩いていると離れてしまう人もいるかもしれないけど、また何かの巡り合わせで、ふっと聴いて「いい」と思える日が来るかもしれないじゃないですか。そのために偽らずにやっていきたいんです。自分たちの成長を無視して立ち止まることは不義理だと思ったんです、それはパフォーマンスになっちゃうから。音楽はパフォーマンスじゃないと自分は思っているので。


——佐藤さんは、きのこ帝国としての誠実さを追求されてますね。


佐藤:誠実さだけがとりえというか、それ以外のことが器用にできる人たちじゃないので。だから「自分たちが成長することでいっぱいいっぱい」と言ったほうが正しいのかもしれません。誰かと出会いたいという一心で今はやっている感じです。


——その「誰か」というのは新しいリスナーですか?


佐藤:昔好きだった人とか、昔の友達とか、親とか、そういうのでいいんです。そういう人たちに胸を張って聴かせられる曲を作りたいんです。社会とのつながりは音楽しかないと思うので、そこで自分という人間をどうやって認めてもらうか。「わかりあう」というのは不可能だと思うので、「わかちあう」ことが可能だったら嬉しいです。


・「光の強さを知ってるからこそ闇が描ける」


——カップリングの「Donuts」はサウンドもオルタナ的で、楽曲のアウトロも3分以上の演奏です。ここで「メジャー・デビューしてもきのこ帝国の本質は変わっていない」と宣言されたようにも感じました。


佐藤:単純にきれいなものが並んでいても飽きるんで、ブッ飛んだのを入れたいなという意識はあります。


——ここのアウトロはどう作ったんですか?


佐藤:スタジオでホワイトボードに「無限」って書いて「こんな感じでよろしく」って。無限じゃないんですけどね、実際は3分で(笑)。きのこ帝国は轟音で盛り上がるのは好きなんで、そこだけはライヴを意識した感じがあっても面白いかなって。


——サウンドの方向性はメンバーと話し合われたりしますか?


佐藤:話し合いはしないですね。昔の方が私の意向が強くて、「渦になる」「eureka」(2013年)「ロンググッドバイ」(2013年)を出したあたりは、ワンマンな感じで作ってて。「フェイクワールドワンダーランド」(2014年)以降はいい曲を書けたという自信があったから、アレンジはみんなのプレイのニュアンスを活かして。今回も、デモを聴いた段階で雰囲気を読んでくれたので、それぞれプレイをブラッシュアップしてもらって、あまり私は口出しはしませんでした。初期はプレイが未熟だった面もありますし、自分の中でも音楽像が決まってたんで、フレーズとかも結構みんなに言ってましたね。特にドラムが大変だったと思います。リズムセクションにこだわりがあって、ドラムという楽器が大好きだったんで、「そのハイハットは邪魔だ」「ここでバスドラを入れてほしい」とか色々言ってたんです。


——でもきのこ帝国はリズムセクションが巧いですね。赤坂BLITZ(2015年1月21日)のライヴを見ていて感じました。


佐藤:みんなのプレイが良くなって、引き出しが増えて、口出しすることが減りましたね。


——カップリングの「スピカ」はとてもポップです。シングル1枚が現在のきのこ帝国の音楽のショーケースになっている気がしました。


佐藤:高校3年生、18歳ぐらいのときに書いた曲です。カップリングで何を入れようか悩んでて、「桜が咲く前に」は従来のサウンド面を踏襲しつつも一皮剥けてる感じがあるから、「ついでではない曲」を入れたいと思ったんです。私の中では、昔書いたすごく恥ずかしい曲ではあるんですけど、「桜が咲く前に」とリンクしてる部分があるし、今このタイミングで出さないとお蔵入りだという意識もあったので入れました。メンバーのゴリ押しもありました、「いい曲じゃん!」って。


——佐藤さんにとって恥ずかしいポイントとはどこなのでしょうか?


佐藤:曲を書き出した頃の曲なんで、歌詞の表現にしろ、メロディーにしろ「ストレートでベタだなー」というのが恥ずかしいんですよ。ベタさが恥ずかしい。今はベタのその先を意識したいと思っていて、ベタだから頭に残るんじゃなくて、「なんだこのメロディー!?」と聴いているとベタに感じてくるメロディーを書きたいです。


——「桜が咲く前に」にしろ「東京」にしろ、人の胸にすごく刺さる楽曲を佐藤さんは狙って作れている感じなのでしょうか?


佐藤:思い入れがありすぎて、いつの間にかそういう曲になっちゃうというのはあるんですけどね。


——2007年に結成して、メジャー・デビューまで8年をかけた感慨はいかかがでしょう?


佐藤:すぐ結成10年が来ちゃうなと思いますね(笑)。でもイベントとかできたら面白いですよね、若いバンドをフックアップする企画とか。


——今、ふだん佐藤さんが聴かれている音楽は昔と変わらない感じですか?


佐藤:中学ぐらいに聴いていたメジャーなものに戻ってきてます。高校、大学あたりは国内のインストを聴いたり、オルタナ、ポストロック、シューゲイザーと呼ばれるものを聴いたり、ライヴハウスに行ったりしてたけど。シガー・ロスがすごく好きで来日公演も行ってます。「渦になる」の「足首」はシガー・ロスを意識してみんなに注文してましたね。「渦になる」は音楽的趣味を盛り込んでました。


——今はそこまで「趣味」を押し出していない感じですか?


佐藤:そうですね、誰かの音楽をトレースするより、自分たちの新しい音楽を切り開く方が楽しいです。


——それはバンドのレベルが上がったり、佐藤さんのソングライティングが上がったからでしょうね。


佐藤:でもバンドの底力や、ソングライティングの力はやりだしてから終わるまで変わらないと思いますよ。きのこ帝国も闇の側面を語られることが多かったけど、光の強さを知ってるからこそ闇が描ける部分もあって、表裏一体の二面性だと思っていて。きのこ帝国の核の部分が最近見えてきただけだと思いますね。


・「自分たちの心が震えるものを常に出したい」


——今後メジャーで自分たちのどういう側面が出ていくと思いますか?


佐藤:自分たちの心が震えるものを常に出したい。それがどういうものかは、メンバーで共通してるんですよ、不思議ですね。なぜかシンクロするんです。今後は結成10年を目標にやりたいなと思います。


——若いメンバーのバンドなのに8年続いていることがまずすごいですね。


佐藤:ハングリーですから。田舎から出てきた身としては、一旗揚げないと帰れないという意識があるから、そこが違うところですね。


——「一旗揚げたい」とは具体的にどういうことなのでしょう。


佐藤:たとえば美空ひばりさんって、歌い手として憧れの対象なんです。人生を感じるというか。そういう表現者になっていきたいなと思うし、それを多くの人に「いいよね」と言われたらすごく幸せなことじゃないですか。「自分は何者なんだ」と人それぞれ悩むと思うんですけど、自分が満たされる瞬間は、自分の作った音楽が「いい」と言われた瞬間しかないんで、「日本征服」みたいな感じですね。


———美空ひばりのどこがそんなに好きですか?


佐藤:天才と言われて出てきて、それで終わらずに素晴らしい歌い手として後世まで聴かれたじゃないですか。あの人が何を考えて歌っていたかは全然わからないんですけど、歌う様に圧倒される感覚はあって、「世の中がこう求めてるからこう歌う」とか一切ないんじゃないかと思っていて。自分が歩んできた人生から言葉を紡いできたアーティストって貴重だし、尊ぶべきだと思います。


——きのこ帝国から美空ひばりの話を聞くという展開が意外でした。佐藤さん自身から見た、ヴォーカリストとしての佐藤さんはどう見えるんですか? 「東京」から大きく変わったと思います。


佐藤:自分の声や歌が、心情を表現するにあたって、いい器になるように努力したいと思いますね。ただうまく歌うことが目標になったらダメだと思います。
(取材・文=宗像明将)