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刑事裁判「同時傷害の特例」ってなに? 裁判員裁判の一審判決が「破棄」されたワケ

2015年05月02日 12:11  弁護士ドットコム

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名古屋高裁は4月中旬、代金トラブルで客を殴る蹴るなどして死亡させたとして、元飲食店ら3人が傷害致死罪に問われた裁判で、裁判員裁判による1審判決を破棄し、審理を地裁に差し戻す判決を下した。


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1審の裁判員裁判では、断続的に加えられた3人の被告人による暴行と、被害者の死亡の「因果関係」が争点となっていた。検察側は、3人のどの暴行によって被害者が死亡したか特定できないとして、そうした場合に、暴行に関わった全員を「共犯」とみなす刑法の特例を適用することを主張。3人全員を傷害致死罪に問うことを求めていた。



しかし、1審判決は、被告人の1人である別の客の暴行によって被害者が死亡したと認定し、特例を適用しなかった。その結果、1人だけが傷害致死罪となり、他の2人は傷害罪にとどまることになった。



●因果関係の有無が適切に判断されていない


報道によると、名古屋高裁の木口信之裁判長は「暴行と傷害の因果関係が適切に判断されていない」として、1審の事実認定に誤りがあると指摘。さらに審理を尽くす必要があるとした。



そのうえで、1審で検察側が主張していた、刑法の特例を検討し直すよう求めているという。この「特例」とは、どのようなものなのか。刑事事件にくわしい神尾尊礼弁護士に聞いた。



●共犯と同様に扱う「同時傷害の特例」


「『共同で暴行していなくても、共犯と同様に扱う特例』というのは、『同時傷害の特例』のことでしょう。次のようなケースで適用することが想定されています。



たとえば、AとBが、人に怪我を負わせたとしましょう。通常、傷害の結果について責任を負わせるためには、その者の暴行によって傷害の結果が生じたということ、つまり『因果関係』が必要とされています。



AとBが共犯関係にあるならば、それぞれが生じた結果すべての責任を負うので、問題はありません。ところが現実には、共犯関係がないのに、2人以上が同じ機会に傷害を負わせるというケースがあります。



そうしたケースだと、『どちらの暴行から傷害の結果が生じたのかわからない』として、誰にも傷害の責任を問えない可能性があります。



こうしたケースを避けるために、同時傷害の特例が定められています」



適用されると、どうなるのだろうか。



「同時傷害の特例は、刑法207条に定めがあります。『2人以上で暴行を加えて人を傷害した場合』、どの暴行が重いか、誰が負わせたか分からなくても、『共犯の例によって』処罰されることになります。



『共犯の例による』というのは、個々の暴行と傷害結果の因果関係を『推定』するということです。



さきほどの例でいえば、同時傷害の特例が適用されると、傷害結果が、A、Bどちらの暴行から生じたのか分からなくても、A、Bはすべての傷害について刑事責任を負うことになります。なお、同時『傷害』の特例なので、この特例を他の犯罪(傷害致死罪等)に適用できるか問題になりますが、判例は傷害致死罪について、この特例の適用を認めています



今回の事件でも、共犯と推定することができるかどうか、再検討することになるということです。傷害罪や傷害致死罪等の成立を否定したいなら、被告人の側で、『自分の暴行のせいではない』と立証する必要があります」



●「疑わしきは被告人の利益に」の例外


犯罪を立証する検察にとっては、とても有利な規定に思える。なぜ、こうした規定が定められたのだろうか。



「『疑わしきは被告人の利益に』といわれているように、通常、刑事裁判では検察官に立証責任があります。『同時傷害の特例』は、この原則の例外を定めた規定といえます。



この規定は、実務上、傷害の結果を生じさせた暴行を特定するのが困難であることなどから、定められたといわれています」



神尾弁護士はこのように述べていた。



(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」事務所を目指している。
事務所名:彩の街法律事務所
事務所URL:http://www.sainomachi-lo.com