2015年05月01日 21:41 弁護士ドットコム
大災害が発生したとき、国の権限を政府に集中させる「国家緊急権」を創設しようとする議論が、超党派の国会議員によって進められている。こうした議論に対し、大きな震災に見舞われた被災地の5つの弁護士会(兵庫・新潟・岩手・仙台・福島)が5月1日、東京・弁護士会館で共同記者会見を開き、「国家緊急権は危険だ」「被災地をダシにするのはよくない」と反対を表明した。
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そもそも「国家緊急権」とは何だろうか?
自民党が2012年に公表した憲法改正草案には、次のようなルールが盛り込まれている。
首相は閣議決定を経て「緊急事態」を宣言できる。宣言は事前・事後の国会承認が必要で、もし不承認なら、首相が緊急事態宣言を解除しなければならない。
そして、この緊急事態宣言が出た場合、内閣が政令を制定できるようになるほか、首相の判断で財政支出・処分、自治体の長に指示ができるようになる。
また、すべての人は、国・公的機関の指示に従わなければならなくなる。ただし、憲法の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならないとされている。
こうした国家緊急権を盛り込むため、憲法改正が必要だという議論が、政界では進められているわけだ。
一方で、阪神淡路大震災や新潟中越地震、東日本大震災など、大災害を経験し、そこからの復興に携わってきた弁護士たちは、この日の会見で「国家緊急権は不要」と口を揃えた。それはどうしてだろうか?
会見した弁護士たちは、災害対策でもっとも重要なのは事後対応ではなく「事前の準備だ」と、口々に指摘した。福島県弁護士会の渡邊真也弁護士は「東日本大震災の原発事故は、安全神話のうえに対策を怠ってきたのが、一番の問題だ」と述べた。
また、どうしても必要な緊急対策については「すでに法律がある」と、会見では強調されていた。災害対策基本法や災害救助法などによって、首相や自治体の長には、すでに十分に大きな権限が与えられているのだという。
たとえば、災害対策基本法では、首相が「緊急事態」を布告して、生活必需物資の価格統制をすることも可能となっている。また、緊急事態の際、首相は自衛隊法に基づいて、自衛隊の派遣を要請することもできるし、警察法に基づいて警察庁長官を直接指揮することも可能だという。
岩手弁護士会の吉江暢洋弁護士は「災害を口実にして国家緊急権を創設するという話には、裏を感じざるを得ません」と疑念を呈していた。
それでは、単に「不要」というだけでなく、国家緊急権に「反対」を表明する理由はなぜだろうか?
兵庫県弁護士会の永井幸寿弁護士は「国家緊急権は、歴史的に野心的な軍人や政治家に濫用されてきました。国家緊急宣言を出して、憲法を一時的に止めることを許せば、好き放題でなんでもできてしまいます。基本的人権も制限されてしまいます」と警鐘を鳴らした。
国家緊急権を盛り込んだ憲法として有名なのは、1919年成立のドイツ「ワイマール憲法」だ。成立当時は世界一民主的とされたが、国家の非常事態のときには集会・結社の権利など、7つの人権を停止することが可能だった。
ナチスドイツは、合法的に政権を取得した後、このルールを利用して人権を停止。反対派を追い込んで、政府に全権を委ねる全権委任法(授権法)を成立させ、独裁体制を築いた。
永井弁護士はこうした濫用の危険性があることから、「日本の憲法はあえて国家緊急権の規定を設けず、非常事態への対処は法律で決めておくことにしたのです」と指摘した。
仮に日本で大災害が起き、国家緊急権が発動されたとして、「基本的人権が制限される」というのは、具体的にどんなケースをイメージしたらいいのだろうか?
新潟県弁護士会の二宮淳悟弁護士は、福島の原発事故や秘密保護法などに触れつつ、政府が国民の知る権利を制約して「情報統制を行う可能性」に言及した。
東日本大震災の当時、岩手県弁護士会に所属していた小口幸人弁護士は「想像ですが、たとえば報道・表現の自由を制限して、ネットを止めれば、原発事故が起きていても分からない状況を作りだせます。また、たとえば財産権を制限できるとすると、区画整理は一気に進められますね」と指摘した。
吉江弁護士は国家緊急権が被災地復興に与える悪影響について、次のように述べていた。
「国家が望む方向性の復興活動しかできなくなる可能性があると思います。たとえば、被災地にいる若者は避難してはダメです。その場で復旧作業に従事しなさい、がれき撤去の労働しか許しません、というような命令があるかもしれない。また、人口流出が問題なので、そこの自治体から出てはいけないということが起きるかも知れない。国家緊急権は、被災者から離れた復興が行われる契機になりかねない、という思いがあります」
(弁護士ドットコムニュース)