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9.11テロ 消防士たちに深刻な後遺症

2015年04月28日 18:41  新刊JP

新刊JP

9.11テロ 消防士たちに深刻な後遺症
イスラム過激派によるテロの脅威は全世界に及び、もはや日本も決して「安全な国」ではないというのは、多くの人が実感しているところだろう。
 ところで、米国主導の「対テロ戦争」が始まる一つのきっかけは、いうまでもなく2001年に起こった「アメリカ同時多発テロ事件(以下、9.11テロ事件)」だ。事件発生直後から、崩壊した世界貿易センターの下敷きになった人々の救出にあたった、ニューヨーク市の消防隊員たちが英雄として讃えられたことは記憶に新しいが、彼らの中には救出活動による深刻な後遺症に悩まされている人も多くいるということは、あまり報道されない。
 粉塵の舞う中での長時間の作業による肺活量の大幅な低下、人の死を間近で見続けることによる不眠や鬱、強迫観念やフラッシュバック、悪夢などがそれだ。

 『命の賛歌 ニューヨーク市消防局32分署』(ジェシカ・ロック/著、ギャラクシーブックス×バイマブックス/刊)の著者、ジェシカ・ロック氏はボストン在住だが、9.11テロに衝撃を受け、現場で消火・救助にあたる消防士たちに対して自分に何かできることはないかと、事件発生から数カ月が経った2002年1月にニューヨークに向かい、ニューヨーク市消防本部・32分署を訪れた。知人を頼ったわけでも、事前にアポイントをとったわけでもなく、完全な「飛び込み」だ。

 ジェシカの職業は音楽家であり映像作家。しかし、それとは別に「アレキサンダー・テクニック」という、心身の不必要な緊張をケアすることで体の不調や痛みを緩和し、リラックスを促す療法の技術資格を持っていた。その技術が、消防士たちの心身の健康回復に役立つのではないかと考えたジェシカだったが、突然やってきた見知らぬ女性のマッサージの申し出が手放しで歓迎されるはずもない。

 「私たちは大丈夫です。ありがとう」と丁寧に断られたジェシカ。しかし、自分の技術の新しさを必死で説明し、ようやく一人の消防士の施術を許される。
 32分署の消防士たちは、表面的には明るくそして真剣に任務に取り組んでいたが、一方で体と心は疲れ果てて、多くの隊員が何らかの体調不良を抱えていた。激務に悲鳴をあげる体に鞭打って任務を続ける隊員、「グラウンド・ゼロ」のガラス繊維を含んだ粉塵で呼吸器に深刻なダメージを負い、毎朝嘔吐するまで咳き込むという隊員、肺活量の50%を失いながらも勤務を続ける隊員……。そんな彼らを、ジェシカの施術は次々と回復させていくが、ジェシカの目により痛々しく映ったのは、彼らの精神面だった。

 彼らは事件から数カ月が経ってもなお、その精神的苦痛から逃れられていないことから意識的に目を逸らし、自分の中で「ないもの」にしようとしていた。ジェシカ自身、幼少時に母親のネグレクトによるトラウマに苦しめられた経験を持っていたことから、32分署の消防士たちのこの精神状態が直感的にわかったのだという。こうしてジェシカは、施術だけでなく彼らとの日常的な交流を通して、傷ついた魂を癒そうと試みる。ニュースで報道されるような「英雄」ではない、生身の人間の抱える苦しみ、葛藤、そして心を通わせることの喜び…裸の感情の連続は読みごたえがある。

 本書は、世界中の本やコンテンツを母国語に翻訳し、電子書籍で販売出来るプラットフォーム『BUYMA Books(バイマブックス)』を展開する株式会社エニグモと、電子書籍制作・出版取次をおこなう株式会社スマートゲートが提供する新しい出版サービスの 第一弾。
 『BUYMA Books(バイマブックス)』では、注文が入ったコンテンツを一部単位で生産・販売するプリント・オン・デマンドサービスも展開している。
 このサービスによって、これまで日本で紹介されずに埋もれていた世界中のコンテンツが、続々と日本語に翻訳され販売されていくことが予想される。
 9.11テロ事件の真実が描かれた『命の賛歌 ニューヨーク市消防局32分署』は、その試金石になるだろう。
(新刊JP編集部)