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【F1バーレーンGPの焦点】アイスマンは、勝つまで笑わない──ドライバーの感覚で繰り出した驚異的なペース

2015年04月21日 11:00  AUTOSPORT web

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ライコネンはミディアムタイヤでも、ソフトでも速かった
バーレーンのナイトレースを盛り上げた一番の立役者に、キミ・ライコネンを挙げることに異論はないだろう。メルセデスを止める“対抗馬”としてフェラーリの存在が大きくなり、今季4戦目のレースで、ついにアイスマンが覚醒した。今宮雅子氏がバーレーンGPの主役に光をあてる。


 もしかしたら、ちょっとだけ笑ってるんじゃないかな、笑いたいんじゃないかな……と、想像力を膨らませて見守る表彰台で、シャンパンファイトならぬ炭酸飲料ファイトを始める前に、まず大きなひとくち。インタビューが始まればマイクの音声が落ちているというオチも、ファンを裏切らないものであった。

 キミ・ライコネンが表彰台に立つと、みんなが晴れ晴れとした気持ちになる。それはきっとF1ドライバーとしての超人ぶりと天才的な頭脳が、ごく日常の「あらっ?」という瞬間と見事なコントラストを成すからだ。コース上のキミは、サーキットの上空からレースを眺めているようにすべてを把握し、完璧にコントロールした。ライコネンならでは──他の誰にもできないレースで、メルセデスにプレッシャーを与え続けた。

 第1スティントはソフトで17周(予選と合わせるとタイヤの履歴は20周)、第2スティントはミディアムで23周。ペースを落とさず虎視眈々と狙っている様子は明らかで、彼の最終スティントを想像するとメルセデスも自在にペースを緩めるわけにはいかなかった。

 ニコ・ロズベルグのブレーキ・バイ・ワイヤ(BBW)が56周目の1コーナーで破綻しなくとも、ライコネンは2位を奪っていただろう。レースがあと3周長く続けば、57周目の1コーナーでBBWを失ったルイス・ハミルトンもキミの攻撃に耐えることはできなかっただろう。

 ライコネンはシンプルに「最後はラップが足りなかった」とだけ言った。メルセデス2台がブレーキの過熱によってBBWに問題を抱えるとは、フェラーリに予測できるはずもなかったが、レース序盤から何度も聞こえてくるメルセデスの無線を聴いていれば、彼らのブレーキが限界ぎりぎりであることは想像できた。攻めることによって、相手のトラブルを誘発する──フェラーリのマシンはそれが可能な位置まで来た。ライコネンは、追い詰めて仕留めることが得意なドライバーだ。

 金曜日のFP2から、メルセデスはフェラーリのロングランペースに威圧されていた。赤いマシンはおそらく、自分たちほど燃料を搭載してはいない。しかしソフトを履けば0.5秒速いラップタイムでセッション最後まで走り続ける様子を見ると、速さにおいても安定性においても「レースではフェラーリが速い」と認め、対応策を取るしかなかった。DRSゾーンで抜かれないためには、ストレート速度を伸ばすセットアップを採用せざるを得なかったのだ。タイヤには厳しいが、フェラーリの後ろで走行することになると、もっと厳しい。ブレーキが酷使されるバーレーンで、それはブレーキにとってもギリギリの選択だった。

 対するフェラーリでは、セバスチャン・ベッテルのドライビングが作動温度の高いソフトに合っている一方で、ライコネンのドライビング、とりわけドライバーのフィーリングはミディアムに合っていた──上海の第3スティントでも証明された傾向だ。ソフトを履いた予選ではベッテルが上手くタイヤを作動させてラップをまとめてくる。しかしミディアムを履いたロングランでは、作動温度領域の低いタイヤがライコネンの“無理強いしない”スタイルに、ぴったりと合う。結果、キミにはソフト/ミディアムを組み合わせた作戦の選択肢が広がり、攻めるフェラーリとしては攻撃のバリエーションを幾通りも用意することが可能になった。フェラーリのふたりが役割分担するわけでなくとも、守る立場のメルセデスにとってはカバーするのが難しい環境が生まれた。

 4番手という偶数グリッドから好スタートを切ったライコネンは、ロズベルグが前のベッテルにスタックする様子を見ると即座にアウト側のラインを選んだ。バーレーンの1コーナーではコース幅を活かすのが鉄則──スピードを維持してアウト側からアプローチすれば2コーナーで先行することができる。しかし、その後ストレート速度を生かしたロズベルグはDRSを使って4周目にライコネン、9周目にベッテルをパス。「あそこで少しタイムをロスした」とライコネンは説明するが、見事だったのは、その後のレースの組み立てだ。

 タイヤに優しいドライビングとはいえ、ベッテル/ロズベルグ/ハミルトンが次々にピットインし、フレッシュタイヤで好タイムを記録するなか、17周までステイアウトするには、かなりの度量が必要だ。さらに、第2スティントでは他とは違うミディアムを選択──この時点で最終スティントをソフト/ショートスティントで戦おうというフェラーリの戦略は明らかに見えたが、そうではなかった。ライコネンとしては、あくまでミディアムのフィーリングが合っているから「どうしてソフトを履く必要がある?」とエンジニアに問う。エンジニアは「総体的には同じでも、序盤のラップはソフトのほうが速いから」と答える。注目すべきは、こうした会話のあとライコネンが8周もミディアムの第2スティントを走り続けた点だ。ピットとの対話は、綿密に続いていたに違いない。フェラーリは、ミディアムの最終スティントに入ったメルセデスのペースを監視していたに違いない。そしてキミはその間、1分39秒5前後の正確なラップタイムで走り続けた。最終スティントをソフトで攻め切れる周回数にするために。

 レース中に路面温度が下降するバーレーンでは、レースの後半に作動温度領域の低いミディアムタイヤを選びたい。ライコネンが素晴らしかったのは、ソフトという選択に合意したうえで、ソフトを作動させる速さ──タイヤへの入力──と、その速さで走行した場合の耐久性を第2スティントの間に正確に計算していたこと。40周目に2ストッパー勢最後のタイヤ交換を済ませたあとは、メルセデスより2秒近く速いタイムで攻め続けた。

 みんながライコネンに憧れるのは、こうしたすべてがエンジニアの計算に基づいたドライビングによって実現しているのではなく、ドライバーの繊細なフィーリングに基づいた、コンピュータでも割り出せない計算式で成立しているからだ。

 ライコネンの“ネコ科の足”を忠実に体現する性能を備えた今年のフェラーリ。「2位でハッピーなわけがないさ……」というキミに、みんなが頷く。次は本物のシャンパンで──シーズンが熱くなればフェラーリ/ライコネンはもっとクールになる。ヨーロッパラウンドが、さらに楽しみになってきた。

(今宮雅子)