「予選での100分の4秒差がどれだけ大きな違いを生むか、目の当りにしただけにフラストレーションを感じる」
ニコ・ロズベルグがレース後に口にした言葉は、中国GPを象徴する真実──予選Q3の最後、渾身のアタックの末に1000分の42秒差でポールポジションを逃したことによって、レースは完全にルイス・ハミルトンのものになった。
「ルイスが自分のことだけを考えて必要以上に遅いペースで走ったおかげで、セバスチャン(ベッテル)が僕に接近し、アンダーカットしようとトライするチャンスを彼に与えてしまった。セバスチャンをカバーするため早いピットインを余儀なくされた僕は、最終スティントが長くなり、レース終盤はタイヤの性能低下に苦しんだ」
これは、ロズベルグの立場から見た“正論”。ハミルトンがペースを抑えて走っていたことも事実。1分42秒208というハミルトンのファステストは予選のポールポジションタイム=1分35秒782より6.4秒も遅いのだから……昨年の中国GPでニコが記録したファステストは1分40秒402と、今年のハミルトンよりはるかに速いタイムだった。
ただし、ニコの言葉にある「必要以上に」は、ハミルトンから見ると正論には当たらない。彼にとっては勝てるペース=必要なペース。ロズベルグが特に問題視したのはソフトを履いた第2スティントだが、ハミルトンにとってはフェラーリにアドバンテージがあるソフトを「可能なかぎり長くもたせること」が大きなテーマだった。金曜日のFP2、フェラーリではベッテルがソフトで合計19周以上走行する性能確認を行っていたが、ハミルトンはその手前で大きな性能低下を経験していたから──。
ソフトコンパウンドに特性が合ったフェラーリは、メルセデス以上の耐久性を引き出してくる。その一方でベッテルは、とりわけミディアムが苦手。しかしメルセデスにとってもフリー走行の時点ではタイヤ2スペックの差が大きく、フェラーリと作戦を違えてミディアム主体でレースを組み立てるリスクを冒すわけにもいかなかった。両チームが予選で新品ソフトを1セット温存した時点で、ソフト対決は明らか──メルセデスとフェラーリの4台が揃ってニューソフトを装着した第2スティントをどこまで走れるかというのは、チーム対チームの威信をかけた戦いでもあった。タイヤと作戦で負けたマレーシアを思えば、ハミルトンがそこにこだわったのも理解できる。
「僕は自分のレースに集中していただけ。抜きたいならニコはトライすることができたはずだ。でも、彼は一度も仕掛けてこなかった」
ハミルトンはこう言って“利己的”と批判したロズベルグの言葉を一蹴した。確かに、もしもニコがスタートで前に出ていたら……2秒後方から、おとなしくチームメイトに追従するハミルトンの姿は想像できない。
上海の特徴は、リヤよりもフロントタイヤに厳しい珍しいコースであること。だからみんなが「前のマシンに接近して走ると乱気流を受けてタイヤを傷めてしまう」と言う。特にバックストレート手前のターン13は空力の影響が大きく、ダウンフォースを失うとマシンがスライドしてタイヤへの負担が増す。DRSを活かして抜きたくとも手前で接近しておくのが難しく、パワーのあるマシンを相手にするとヘアピンで前に出ることも叶わない。このコースでオーバーテイクに成功するには創造力が必要だ。
そんな上海。コース上のハイライトは、まず、スタート直後のキミ・ライコネン。今回は出足も良く、前にいるウイリアムズ2台との勝負が可能になった──経験豊富なフェリペ・マッサ、賢明でフェアなバルテリ・ボッタスが相手だから、キミはリスクを感じることなく自らのラインを切り開いていくことができた。好ダッシュのあと、ターン1でいったん退くように見せながらターン2でマッサのインに入り、切り替えしの3コーナーで素早く加速優先のラインを取り、ターン5で、すでにマッサの前に出た。そしてターン6ではフェラーリのブレーキング性能を活かしてボッタスのインに飛び込み、4番手にポジションアップ。そこからは、チームメイトがライバルになった。
最終スティントのミディアムへの交換をベッテルの4周後に行ったライコネンは、周回遅れを挟んだラップ以外はすべてベッテルよりペースが速く、徐々にその間隔を詰めていた。「前のクルマに早く道を空けさせて」という無線も、余力を残しつつ、終盤にベッテルを攻撃しようと懸けていた気概の表れ。54周目のセーフティカーがなければ、タイヤを労わる必要のなくなる最終ラップ、ライコネンが全力でチームメイトを攻撃するシーンが期待できた。それが実現しなかったことだけが、ファンには心残り──でも、キミが元気に走るとレースはこんなに引き締まる。
ベストオーバーテイクは、43周目のターン6でダニエル・リカルドがマーカス・エリクソンをかわしたシーン。不調のレッドブル、スタートの失敗でせっかく手に入れた7番手グリッドからも大きく後退してしまったリカルドにとって、上海は苦難のレースだった。彼が得意とする創造力豊かなオーバーテイクも、パワー不足にことごとく阻まれた。それでも、リカルドらしさが光ったのがこのシーン。エリクソンのブロックラインも少し甘かったものの、まさかリカルドが縁石を使ってインに飛び込んでくるとは予想していなかっただろう。若手ドライバーを相手に接触を避けるため、ぎりぎりのところで自分の存在を知らせる位置までマシンを運んだ点にもリカルドのレースクラフトが表れた。
ジェンソン・バトン、フェルナンド・アロンソが揃って完走したのも嬉しい要素。ふたりのチャンピオンの巧みなドライビングを映像で確認できたことに関しては、皮肉ではなく、パストール・マルドナドに感謝しなくてはならない。同時に“チャンピオンが走るポジションではないよね”という複雑な気持ちも大きくなる。最終スティントでソフトを履いたアロンソは40周目に1分43秒台の好タイムを記録したが、それ以降は1分44~46秒台がやっと。タイヤが残っていてもペースを上げられないところにエネルギー不足の悩みが表れた。
ようやく走り始めたマクラーレン・ホンダ。アロンソ12位、バトン13位(レース後にペナルティで14位に降格)のゴールは「完走した」という点では意義のある結果だが、その後方を走っていたのはスピンとギヤボックストラブルで大きくロスしたカルロス・サインツJr.。事実上、後ろにいるのはマノー・マルシャだけという状況は変わっていない。ヨーロッパラウンドに入って大きく前進するまでは、ドライバーの頑張りがファンの支えになる。