マレーシアGPは誰もが予想できなかった「フェラーリ圧勝」に終わった。しばらく覇権は揺るぎそうにないと見られていたメルセデスが、何かミスを犯したのだろうか? 彼らの内情は、レース中の無線交信から感じ取れた。
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「コーナリング中に話しかけないでくれ!」
レース終盤の42周目、ルイス・ハミルトンはエンジニアのピーター・ボニントンからの無線に対して怒りを露わにした。常勝だったはずのメルセデスが、フェラーリに歯が立たない。予選では圧倒したはずのフェラーリに負けたとすれば、その原因は戦略以外にない。ハミルトンは、そんな心境だったはずだ。
4周目のセーフティカー導入と同時にピットストップを済ませ、土曜からメインタイヤと決めていたハードタイヤに履き替えた。金曜のロングランでは、ミディアムが大きなデグラデーションに見舞われていたからだ。
「この先のシナリオは? ポジションとタイヤは?」
「いまはP6(6番手)、すでにピットストップをしたハードタイヤ勢の中ではトップだ。前にいるベッテル、ヒュルケンベルグ、グロージャン、サインツ、ペレスは全員ミディアムタイヤだ」
メルセデスはフェラーリのロングランペースを警戒しつつも、ハードタイヤを中心とした3ストップ作戦を採っていた。だから4周目のセーフティカー導入の際には迷わずピットへと呼び入れて、ミディアムタイヤを“捨て”に出た。
「僕のペースはどう?」
「ペースは良いよ。気持ち良く走れているならこのままいってくれ」
しかし、フェラーリがミディアムタイヤで好ペースを維持し、2ストップ作戦を敢行しようとしているのを見て、メルセデスの作戦は揺らいだ。24周目の2回目のピットストップでハミルトンにミディアムタイヤを履かせたのだ。
だが平気で20周走ったフェラーリ勢に対し、メルセデスのミディアムタイヤは14~15周で悲鳴を上げ始めた。
38周目、最後のピットストップでハードタイヤを履かされたハミルトンは
「このタイヤは間違いだ!」
と、すぐに不満をぶちまけた。しかしチームとしては苦しい選択の結果だった。
「ミディアムは中古しかないんだ。こっち(新品ハード)のほうがベターなタイヤだ。トラフィックに気をつけてくれ。ニコ(ロズベルグ)の(ハードでの)ペースは悪くないよ」
40周目には技術部門エグゼクティブディレクターのパディ・ロウがピットウォールで戦略を話し合う声が、謝ってハミルトンへの無線に乗ってしまい、混乱する場面もあった。
「どうして欲しいの? パディは『もう1回ピットインしろ』って言った?」
「それはミスコミュニケーションだ」
メルセデスは首位セバスチャン・ベッテルを捕まえるため、ハミルトンに0.5秒のペースアップを要求したが、当然ながらベッテルも余力を残して走っており、ギャップは簡単に縮まらない。そんな絶望的な状況でハミルトンから飛び出したのが、冒頭の怒りの無線だった。
メルセデスAMGモータースポーツ代表のトト・ウォルフは、戦略ミスでもなければチームが混乱したわけでもないと語る。
「我々にとっては3ストップ作戦がベストだったと確信している。今回はロングランペースにおいてフェラーリに匹敵することはできなかった。特にミディアムタイヤではね。彼らはミディアムタイヤで20周も走った。我々はルイスに第3スティントでミディアムを履かせてみたが、彼は14周目あたりからタイヤのグリップについて強く文句を言い始め、15~16周目には大きくペースが落ちてしまった。だから次の最終スティントでミディアムタイヤを履かせることはできなかった。つまり、彼らは勝つべくして勝ったのであって、我々が勝てるレースを失ったというべきではないだろう」
そして、完敗を認めた。
「一番の問題は、ロングランのペースにおいて突出したものがなかったということに尽きると思う。今日の我々は最速のクルマではなかったんだ。少し驚きではあったけど、我々にとってはウェイクアップ・コール(警鐘)になったし良いことだよ」
ハミルトンの怒りもまた、最速マシンという過信におぼれていたメルセデス・チームの目を覚ます絶好のウェイクアップ・コールになったことだろう。
(米家峰起)