イラク北部からシリア北部にまたがる広い地域を支配しているイスラム過激派組織「イスラム国」。
その勢いは最盛期より弱まったとも言われるが、両国の各地で続いている政府軍や民兵組織との戦闘は終わる気配がなく、他の中東地域やアフリカ、アジアでは「イスラム国」に忠誠を誓うことで連帯しようとするイスラム過激派組織も出始めている。
「イスラム国」については、その戦況や今後についてなど、報道だけでは分らない部分が多い。また、彼らに共鳴するように各地で起こるテロに「アメリカ主導の対テロ戦争はいつまで続くのか?」という漠然とした不安を抱く人もいるだろう。
今回は、
『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(新潮社/刊)、
『アメリカはイスラム国に勝てない』(PHP研究所/刊)などの著書がある、現代イスラム研究センター理事長の宮田律さんにインタビュー。「イスラム国」や「テロ」にまつわる疑問や不安をぶつけてみた。
【前編:専門家が語る「対イスラム国」本当の戦況】【中編:「イスラム国」「タリバン」イスラム過激派が死なない理由】――人質事件があってから「イスラム国」について、「コーランやハディースを都合よく曲解した暴力集団であり、イスラムの教えとは外れている」とする声が強くなっています。しかし、宮田さんの著書『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』では、今のイスラム過激派の思想の根幹はスンニ派の中のハワリージュ派に見ることができるとされています。宮田:「聖戦」という教えを狭く捉えてあのような暴力的な行為をしているのは間違いないにしても、彼らが突発的にそういった考え方に至ったわけではなく、ハワリージュ派の脈々と続いてきた思想的な流れの中から出てきたということは理解しておくべきです。
イスラム過激派が各地に出てくる背景には、中東イスラム世界が安定しないことに加えて、独裁政権を敷く国が多かったということもあります。
この地に独裁政権ができた過程として多いのは、軍人がクーデターを起こして王政を倒して、軍事政権を作るというケースなのですが、こうして権力を握った人は民意を聞くようなことはしません。つまり、少数のサークルによって意思決定が行われ、軍事力で国民を押さえつける独裁政権になるわけで、これに対抗するには暴力しかないという事情もあります。そして、暴力によって現状を変えるためにも「宗教的な正当化」が必要だった。イスラム過激派が宗教を極端に解釈するというのにはこんな理由もあります。
この本を出す時に、単に「イスラムの人は友好的でいい人」ということだけでなく、なぜ彼らは暴力を振るうのか、イスラムの教義の中に暴力を行う論理があるのではないかという点についても触れたほうがいいという思いがありました。そこで「聖戦」や「過激派の思想」の起源についても書いたんです。
――イスラム過激派として活動していなくても、その考え方に共感する人はイスラム世界にはいるわけですよね。宮田:それはそうでしょうね。たとえばイラクであれば、イラク戦争という本当に筋の通らない戦争で無辜の市民が何十万人と亡くなって、その中には家族や同じ部族の人もいる。こうした状況で復讐したいという思いに捉われるのも無理はないというのは、日本人の私ですら理解できるわけですから。
それと、イスラエルのガザ攻撃のようなひどい状況がイスラム世界に伝わって、アメリカ中心で作っている今の中東の秩序がとうてい平和的な手段では解決できないという思いが広く定着しているのは間違いありません。「筋の通らない現状を平和的な手段で解決できる望みがない」ということが暴力の行使に繋がっている部分もあると思います。
――サイクス・ピコ協定や石油利権の搾取、あるいはパレスチナ問題といった中東で起こってきた出来事を考えると、イスラム世界の人々が欧米に対して怒りを持つこと自体は理解できるものです。しかし、一度「テロ組織」だと認定されてしまうと、もう何を主張しても聞いてもらえなくなってしまいます。宮田:中国政府はウイグル族の分離独立運動を「テロ」と言いますし、チェチェンの分離独立運動もロシア政府は「テロ」だとしています。「テロ」という言葉が政権側に非常に都合よく使われているという面はありますね。
パレスチナのハマスやレバノンのヒズボラをアメリカやイスラエルは「テロリスト」と呼ぶのですが、イスラム世界の人から見たら彼らはテロリストでもなんでもなくて、イスラエルに抵抗する集団です。
安倍首相をはじめ日本の政治家も「テロ」という言葉を軽々しく使いますが、これはアメリカと同じ発想です。アメリカは「テロとの戦い」をしきりに主張しますが、なぜ自分たちがテロを受けるのかを自省する姿勢はまったくないわけです。日本の政治家にしても、なぜイスラム過激派が暴力を振るうかという背景を知って「テロ」という言葉を使っているとは思えません。
――そうした「テロ」という言葉の乱発もあって、一部に「イスラム=怖いもの」だと思い込んでいる人がいるのですが、宮田さんの著書を読むとそれがまったくの偏見だとわかります。宮田:人質事件が起きてから、ムスリムに部屋を貸さない不動産業者が出てきたりといった報道がありましたが、そういうことをすると当然彼らは疎外感を受けます。今ヨーロッパで起きていることを考えれば、彼らに疎外感を与えることがどんな結果をもたらすかということはわかるはずです。今までの日本社会ではあまりなかったとは思いますが、ムスリムに偏見を持たないでほしいですね。
――最後になりますが、宮田さんが2012年に創設した現代イスラム研究センターの活動について、今後の予定も含めて教えていただけますか。宮田:イスラム世界に関係するシンポジウムを開いたり、イスラムの文化を紹介する記事を発信したりしています。
今年はイスラムの女性教育支援についてのシンポジウムをやる予定があるのと、国際政治学者の山本武彦さんや木村修三さん、イスラム研究家の水谷周さんといった理事の面々との共著で青灯社から本を出すことが決まっていて、4月か5月には発売される予定ですのでぜひ読んでいただければと思います。
(インタビュー・記事:山田洋介)