イラク北部からシリア北部にまたがる広い地域を支配しているイスラム過激派組織「イスラム国」。
その勢いは最盛期より弱まったとも言われるが、両国の各地で続いている政府軍や民兵組織との戦闘は終わる気配がなく、他の中東地域やアフリカ、アジアでは「イスラム国」に忠誠を誓うことで連帯しようとするイスラム過激派組織も出始めている。
「イスラム国」については、その戦況や今後についてなど、報道だけでは分らない部分が多い。また、彼らに共鳴するように各地で起こるテロに「アメリカ主導の対テロ戦争はいつまで続くのか?」という漠然とした不安を抱く人もいるだろう。
今回は、
『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(新潮社/刊)、
『アメリカはイスラム国に勝てない』(PHP研究所/刊)などの著書がある、現代イスラム研究センター理事長の宮田律さんにインタビュー。「イスラム国」や「テロ」にまつわる疑問や不安をぶつけてみた。今回は中編をお届けする。
【前編:専門家が語る「対イスラム国」本当の戦況】【後編:アメリカの自省なき「テロとの戦い」が招くもの】――「イスラム国」については、資金面で苦しくなってきているのではないかという報道もありますね。特に、原油安というのはどの程度彼らの資金力に影響するのでしょうか。宮田:原油価格が安くなっているといっても、「イスラム国」がやっているのは正規の輸出ではなく密売ですからね。つまり、国際価格に関係なくもともと安く売っていたわけですから、原油安が彼らの資金力に大きく影響するかというと、そうとは言い切れないところがあります。
――「イスラム国」への兵士の流入についてはいかがでしょうか。一時期までシリアとトルコの国境は事実上開放されていましたが今は規制されているようです。宮田:出入国の規制は行うにしても、それによって兵士の流入が滞りシリアでアサド政権側が勢いを取り戻すようなことになると、トルコは非常に都合が悪いはずですから、なんだかんだ入れているんじゃないかという気はします。
トルコのやり方も無茶苦茶で、本心ではシリアやイラクの一帯に親トルコ政権を作りたいのですが、仮に「イスラム国」が国として成立したとしても、それがそのまま親トルコ的な政権になる可能性は低いでしょう。
――「政権」というお話が出ましたが、今後「イスラム国」が国家として成立する可能性についてはいかがですか?宮田:アフガニスタンを実効支配していたタリバンは、一応サウジアラビアとUAE、パキスタンが承認していましたが、「イスラム国」についてはそういった国は出てこないと思います。遺跡を燃やしたり破壊したりといった彼らのやり方はイメージ的に非常に悪いので。
――「イスラム国」を国際社会に取り込もうという動きがないとなると、それまで彼らは戦い続けるしか方法がないのでしょうか。宮田:そう思いますし、たとえばイラクでいえばモスル辺りを米軍やイラク政府軍が制圧したとしても、「イスラム国」の戦闘員は一時的にどこかに散らばるだけで、また戻ってくるでしょうから、彼らの活動自体が息絶えるということはあまり考えられないんですよね。
これはタリバンの時と同じで、北部同盟の攻勢と米軍の空爆によってカブールを放棄してからも、タリバンは存続していますし、来年米軍がアフガニスタンから撤退したらまた勢いを盛り返すでしょう。そういうことを考えると「イスラム国」は死なないと思います。
「イスラム国」が急速に支配地域を広げたやり方もタリバンと似ていて、武力によって地域を制圧したわけではなく、各地域コミュニティの指導者たちが彼らに忠誠を誓う形で支配が広がっていきました。だから、今後スンニ派の部族のリーダーや地域コミュニティの指導者といった人々が「イスラム国」から離反していくというようなことが起これば、単なる武装集団になってしまう可能性はあります。
――「イスラム国」への対応を含めた中東情勢で、今後の鍵になるとされるのがイランです。今行われているイランとアメリカの核交渉が進み、両国の関係が改善されれば、シリアのアサド政権を支えるイランの方針にも変化があるかもしれません。 宮田:それはそうなのですが、そこが中東のややこしいところで、アメリカとイランが接近しすぎると、今度はサウジアラビアやイスラエルが反発します。現にイスラエルのネタニヤフは強く反発していますよね。
アメリカ側にしても、議会は上下院ともに共和党が過半数ですし、その共和党のタカ派はイランへの制裁強化を主張しています。大統領が歴史に名を残すとしたら外交が一番やりやすいので、オバマとしてはイランとの関係改善はぜひとも成し遂げたいところでしょうが、なかなか一筋縄ではいきません。
――「イスラム国」が勢力を拡大した背景には、「イラク戦争後の統治の失敗」があります。今後「イスラム国」を制圧できたとして、この失敗を踏まえるならば、どんな統治が考えられますか?宮田:一つのアナロジーとしては、レバノン内戦の時の「ターイフ合意」があります。
レバノン内戦は1975年から1990年まで続いて、本当に手のつけられないような内戦だったのですが、1989年にサウジアラビアの仲介で、「各宗派や民族に平等に権力と資源を分配しましょう」という合意がなされて、以降徐々に内戦が収まりました。最後にシリア軍が軍事的に制圧してしまったわけですが、そのシリア軍が撤退した今でも、北部で散発的にテロがあるにせよとりあえず平和は保たれていますし、徐々に内戦によって破壊された街の復興も進んでいます。
やはり、ある国の主権を侵害して、外部から軍事介入するというやり方は良くないのではないかと思います。レバノンのように内戦でめちゃくちゃになったとしても、解決はその国の人に任せるということです。冷たいようですが、外国が介入してもまったくいい結果は出ていません。それなら後に独裁政権ができたとしても、現地で生きる人に最終的な意思決定を委ねた方がいいのではないでしょうか。とても難しいところではありますが…。
【前編:専門家が語る「対イスラム国」本当の戦況】(http://www.sinkan.jp/news/index_5572.html)
【後編:アメリカの自省なき「テロとの戦い」が招くもの】(http://www.sinkan.jp/news/index_5591.html)