Aさんは、都内の不動産会社に勤める30代の女性。半年ほど前に中途入社してきた上司のパワハラに悩まされています。上司は大手企業からの転職組で、会社を拡大するために社長のツテで入社してきた40代の男性です。
上司はことあるごとに、Aさんを呼びつけて「こんなことをやっていたら儲かるものも儲からない」「ビジネスのやり方が甘すぎる」と叱責してきます。そればかりか、興奮すると「バカじゃないのお前?」「これじゃ給料は払えねえよな!」と暴言を吐くこともあります。
本当のことだから、処分したら会社がおかしいのか
Aさんは、これは明らかにパワハラだと思いつつ、社長に相談してもムダだと考えて社外の相談窓口を考えました。しかし行政に相談しても会社に調査や指導が入れば、社長は上司の肩を持ち、自分が辞めさせられるに違いありません。
そこでマスコミに情報提供しようと思いましたが、「パワハラは当事者間の問題なので公益性がない」などと言われて、記事化を断られてしまいました。そこで2人の友人に相談を持ちかけました。
Bさんは、「それが本当のことだったらブログに書いちゃえばいいじゃない?」と言います。同僚や取引先に知られれば、社長も上司を処分せざるを得ないというのです。
しかしCさんは、「それって会社の中の情報だから、外に出したらまずいんじゃないの?」といいます。それに会社の評判が落ちれば、Aさんは懲戒処分になりうるというわけです。
Bさんは譲らず、「本当のことなのに処分されたら、それこそ会社はおかしいんじゃないの?」といいます。これを聞いて、Aさんは判断に迷ってしまいました。本当のところはどうなのか。職場の法律問題に詳しいアディーレ法律事務所の岩沙弁護士に聞いてみました。
――本当につらい思いをされましたね。上司によるパワハラは、法的に見ても不法行為が成立しますし、会社に対して責任を追及できる場合もあります。しかし、相手の非を責める手段を間違えると、反対に自分が法的な責任を負ってしまう可能性があるので注意が必要です。
内部告発が有効な場合もあるが
例えば、ブログに上司や会社の実名を載せてパワハラの事実を明らかにすると、上司は世間からパワハラをする人というレッテルを貼られ、さらに、それを放置した会社の信用は大きく落ちてしまうことなども考えられます。
そのような大きなダメージを上司や会社に対して与えた場合、上司個人からは、刑事、民事両面における名誉棄損を理由に責任を負わされる可能性があります。
また、多くの会社では、就業規則等のルールがあり、それらの中には、懲戒処分の条件として「会社の不利益になるような行為を行ったこと」といった内容が定められている場合があります。これを根拠に、会社からはAさんに対して懲戒処分が下されるおそれがあります。
今回のような労働者の内部告発に対する懲戒処分は、どのような場合に有効となるのかという内容は、これまで裁判上でも争われてきました。ある裁判例では、労働者が内部の問題を外部に公表することが許されるかどうかについては、
(1)公表する内容が真実である又は誤りだとしても真実であると信じることが出来るだけの合理的な理由があるか
(2)公表の内容に公益性があるか
(3)公表の手段や状況に相当性があるか
といった内容を総合的に判断するとしています。
正確に結果を予測することはとても難しい
そうすると、Bさんが勧めたブログによる実名公表も許される可能性はあります。ところが、これらの内容は上司や会社が行った行為の内容や、Aさんが行う公表手段によって判断が変わってきます。
したがって、実際に行動を起こす前に正確に結果を予測することはとても難しいです。そう考えると、Aさんから内部告発することは更なる困難を招いてしまうかもしれません。
内部告発をするか悩んだ場合、まずは違法な行為に関する証拠を収集し、それをもって専門家や弁護士と安全な解決策を導きだしていくのが良いと思いますよ。
【取材協力弁護士 プロフィール】
岩沙 好幸(いわさ よしゆき)
弁護士(東京弁護士会所属)。慶應義塾大学経済学部卒業、首都大学東京法科大学院修了。弁護士法人アディーレ法律事務所。パワハラ・不当解雇・残業代未払いなどのいわゆる「労働問題」を主に扱う。動物好きでフクロウを飼育中。近著に『ブラック企業に倍返しだ! 弁護士が教える正しい闘い方』。ブログ『弁護士 岩沙好幸の白黒つける労働ブログ』も更新中。
*弁護士法人アディーレ法律事務所では2015年3月31日まで、残業代に関する完全報酬制のキャンペーンを実施中!
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