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「ププッ」と笑える、洋楽の日本盤に付けられた邦題と帯のコピー15選

2015年03月04日 20:20  CINRA.NET

CINRA.NET

植村和紀『洋楽日本盤のレコード・デザイン シングルと帯にみる日本独自の世界』(グラフィック社)表紙
■「アナログレコード」の揺り戻しは本物か

近年、アナログレコードのリバイバルが起きている。『The Wall Street Journal』の記事「The Biggest Music Comeback of 2014: Vinyl Records」(2014年12月11日)によれば、昨年アメリカでのアナログレコードの売り上げは、前年の49%増で800万枚を記録したという。その売り上げトップ3は、ジャック・ホワイト、Arctic Monkeys、The Black Keys。ガレージ / インディーロック系のバンドがアナログの人気を引っ張っていることが分かる。つまり、旧譜のリマスターではなく、比較的若い音楽ファンが新譜をアナログ盤で買い求めているのだ。皮肉屋のニール・ヤングはこのブームに対して「(アナログ盤とはいえ)CDマスターの音質で聴いていることに気づいている人は少ない」と図太い釘を刺したが、どこまでも利便性を追求していくような形で摂取されていく音楽文化の揺り戻しとして、このリバイバルを素直に受け止めたいところ。


■別のバンドの写真でジャケットを作成する珍事

日本国内のコレクターのみならず、海外のコレクターまでも蒐集に励んでいるのが、洋楽レコードの「日本盤シングル」と「帯付きLP」。1950年後半から1970年代初頭、まだ海外から日本のレコード会社にアーティスト写真などの素材が潤沢に入ってこなかった時代、日本盤シングルは治外法権的にオリジナルなものを多々制作していた。Fleetwood Mac『Oh Well』では、初回盤のジャケットを別のバンドの写真(Paul Revere & the Raiders)で作成するという珍事まで起きているが、それほど国内で独立して作られていたのだ。

■素晴らしき邦題10選

今では原題をそのままカタカナ表記する素直なタイトルが多いが、当時はアーティストの魅力やイメージを引っ張り出すための邦題が独自に付けられていた。シングル盤、そしてレコード会社のディレクターの熱い思いが噴出するLPの帯を約800枚掲載した書籍、植村和紀『洋楽日本盤のレコード・デザイン シングルと帯にみる日本独自の世界』(グラフィック社)の中から、あくまでも筆者の好みで名邦題を10作品抽出してみた。

■直訳なのに味わい深い邦題
・マーヴェレッツ『海には魚が多すぎる』(『Too Many Fish in the Sea』)
・イアン・デュリー『4000週間のご無沙汰でした!!』(『4,000 Weeks Holiday』)
・ジェスロ・タル『逞しい馬』(『Heavy Horses』)
・モット・ザ・フープル『すべての若き野郎ども』(『All the Young Dudes』)
・ザ・スミス『肉喰うな!』(『Meat Is Murder』)

■原題を無視した見事な超訳邦題
・イギー&ザ・ストゥージズ『淫力魔人のテーマ』(『Raw Power』)
・ナンシー・シナトラ『リンゴのためいき』(『Think of Me』)
・ホリーズ『とびだせ初恋』(『Step Inside』)
・ユーライア・ヒープ『対自核』(『Look at Yourself』)
・フランク・ザッパ『ハエ・ハエ・カ・カ・カ・ザッパ・パ!』(『The Man From Utopia』)

上記のように、名邦題は「直訳だけど味わい深い邦題」と「原題を無視した見事な超訳邦題」に分かれる。この手の名邦題が多いPink Floydの代表作を例に挙げれば、前者が『原子心母』(Atom Heart Mother)、後者が『狂気』(The Dark Side of the Moon)だろう。そのいずれも、原題よりもPink Floydの心性に近づいているという摩訶不思議。先の10作品でも共通するのは、直訳でも超訳でも、そのミュージシャンらしさを改めてすくい上げているということ。

■「最高傑作!」といった紋切型を決して許さない帯文句の世界

海外のレコード蒐集家には「Obi」として重宝されているLP盤の帯に書かれた、名物ディレクターが腕を奮った叩き文句もまた、名フレーズが連発される。「3年半ぶりのニューアルバム!」「最高傑作!」といった紋切型を決して許しはしない。どことなくプロレスの入場アナウンスに通じるものを感じる。5つほど紹介してみよう。

・「解き放たれよ伝統から!目覚めよ野獣!!ロックン・ロール・アニマル!!都会で生き抜くにはスピードが必要なのだ!」(ルー・リード『Take No Prisoners』)
・「ロックン・ロール革命!これは信じていた君のロック・モラルに対するニューヨーク革命児たちからの宣戦布告だ!」(ラモーンズ『ラモーンズの激情』)
・「虐げられた人類の味方――CRASS 本国でのプレス拒否、警察によるレコードの押収……幾多の軋轢を経てここに登場」(クラス『Penis Envy』)
・「ア・ナ・タ・ニ・ワ……コ・ノ……サ・ウ・ン・ド・テ・レ・パ・シ・ー・ガ……キ・コ・エ・マ・ス・カ……」(ゲイリー・ニューマン『TELEKON』)
・「神は貧しい人を捨て、恋人に逃げられた男は冬の嵐ヶ丘に閉めだされ、太陽は遠く、あぁ~。すべての若い野郎どもよ、コンピューターに記憶された君のプログラムはキャンセルされ、もう君の影も残らない。」(モーガン・フィッシャー『Hybrid Kids』)

外国の音楽を日本で売り出すミッションを、情報ではなく熱意で果たそうとする仰々しいテキストに圧倒される。今ではこの帯の有無が中古店の買取価格や販売価格に影響してくるほどの希少価値を持っているが、当時の営業判断としては「帯=すぐに捨てられてしまうもの」だった。逆に、その程度の扱いだったからこそ、レコード会社の担当者の個人的な思いを存分に注ぎ込めたのだ。

■「不便」と「自由」が重なり合った時代だからこそ

本書にインタビューが収録されている、The BeatlesやThe Venturesの日本盤などのデザインを東芝音楽工業(現EMI)にて手掛けてきた竹家鐵平は、1964~2006年まで43年間もの間、ジャケットデザイン一筋で過ごした。シングル盤全盛期の頃には1日5~6枚のジャケットを作っていたというから驚く。竹家は洋画のポスターを参考にするべく、映画館を走り回ってはカメラでポスターを写真に収めて参考にしていたそう。

使える素材に制約がある時代、それでいて、アーティストの管轄外でジャケットを決めてしまえる時代、この「不便」と「自由」が重なり合うからこそ生まれた素晴らしき邦題と帯コピーの世界。「どうせ捨てられるんだし」と必死に読まれようと粋がった大胆なテキストの数々は、結果として、文化遺産と呼ぶべき日本独特の音楽カルチャーを作ったのだ。

テキスト:武田砂鉄