関西圏在住のSさんより、とある中小企業で受けたセクハラ被害について手記を投稿していただいた。いまだに会社や上司に対する恐怖が抜けず、社名や実名が挙げられないというが、家族の温かいサポートを受けて心の病から徐々に回復しつつあるという。
深夜の残業中に上司が「こっち来てみ!」
――大学卒業後、私は地方都市の通販会社のコールセンターに就職した。中小企業だったが地元では割と有名な会社で、学生インターンとして現代的で清潔なフロアと役員たちの温かみある人間性に触れ、入社を決めた。
母は大そう喜んでくれた。大学入学時に「田舎は嫌だ、都会に行きたい」と出て行った娘が、まさか地元に帰ってくるとは思わなかったからである。
しかし入社してみれば、仕事の大半はクレーム処理と、来社されたお客様の接待。説明されていたような華やかなものではなかった。それだけでなく、想像もしなかった酷いセクハラを受けることになった。
入社間もないある日。残業のため深夜まで会社にいた私は、一息いれるために休憩室に向かった。そこでは直属の上司Yと他部署の社員、夜勤専属の派遣社員の男性たちが、コーヒーを片手に談笑していた。
Yが苦手だった私は、彼の視界に入らぬように給湯室に向かったが、それもむなしく見つかってしまった。彼は私を見るや否や、こう叫んだ。
「お前、何をコソコソとゴキブリみたいに暗闇におるんや。こっち来てみ!」
「正社員が育休なんて迷惑」上司の暴言に同調する男たち
Yはよく通る高い声で私を引き止め、自分たちのいるテーブルに呼んだ。そして、自分と他の社員の間の席に私を座らせると、堰を切ったように話し始めた。育児休暇中の女性社員や子持ちのパート女性の悪口だった。例えば、こんな感じだ。
「正社員で入社したのに育児休暇を取りたいだなんて、迷惑極まりない。俺の部下にそんな甘ちゃんがいれば、すぐに首を切ってやるところだ!」
取り巻きたちも「まったくそうですよ」「困ったものです」などと応じながら、時代錯誤も甚だしい演説に耳を傾けていた。そんな中、沈黙を通していた私が気に食わなかったのか、Yが唐突に「お前、彼氏はおるんか?」と切り出してきた。
ここで「います」と答えれば批判の的となり、長い説教を引きずる羽目になると踏んだ私は「いません」と答えた。その答えに満足したのか、どうやらお開きの空気になってきたので席を立つと、他部署の社員が飲みに行こうとYを誘ったのである。
「まだSさんの話を聞きたいので、どうですか? 今からいつもの店で一杯!」
これに気をよくしたYは「もちろん」と快く誘いを承諾し、「お前たちも行くよな?」と残った男性派遣社員と私に声をかけた。男性たちは即時に承諾したが、私は仕事が残っていたため断ることにした。どうにもそれが、Yの癇に障ったらしかった。
「彼氏がいないなら、愛人契約結んでやるぞ!」
私の返答を聞くや否や、Yのしゃくった声は裏返り、よく通るどころではない奇声を発して私を怒鳴り始めた。
「女の分際で男の、しかも上司の俺の誘いを断るとは何事だ!」
「お前みたいな仕事もセックスも凡庸な女は、できる男の言うことを大人しく聞いているのが当然なんだ!」
あまりのYの剣幕に圧倒され、しばし青ざめてオロオロしていた男性陣だったが、すぐに教祖であるYに同調して、私への痛烈な批判を開始した。
「お前は自分が仕事ができないからといって、上司の誘いを断るのか! だから男もできずに乗り遅れるんだ!」
「下っ端は上司に誘われたら、ホテルに行くことだって断ったらいけないんだ!」
結局、私は仕事を切り上げ、Y行きつけのスナックに行くことになった。店に着くと男性全員にお酌を強要され、酔った営業課の社員とYに胸の大きさを尋ねられた。
Yは「今夜、ホテルに行けるか?」と迫り、「彼氏がいないなら俺が愛人契約結んでやるぞ!」などと言いながら過剰なボディータッチをされた。結局、家についたときには深夜3時を回っていた。
その夜は悔しさと怒りで眠りにつけず、一睡もしないまま出勤することになった。それからも度々同じメンバーから、セクハラ発言や勤務後のお酌の強要は続いた。
妊娠報告したら「今までお疲れ様でした~!」
入社2年が過ぎたある日、同棲していた現在の夫との間に子どもができた。入籍と妊娠の報告をしようとYのデスクに報告に行くと、Yは渋い顔をして席を立ち、その場にいた全員の前でとんでもないことを切り出した。
「S君は、こんな忙しい時に彼氏とできちゃった婚するらしいから、明日からお腹にいる赤ちゃんのために退職するそうです! S君、結婚、妊娠おめでとう! 今までお疲れ様でした~!」
私は職場を辞めるつもりはなく、育児休暇を取って復職するつもりだった。この突然の解雇通知ともとれる発言にショックで熱を出し、その日は早退することにした。
アパートに着くと、仕事が休みだった夫がリビングでパソコンに向かっていた。重い身体を引きずりながら無言で寝室に向かう私を不審に思ったのか、「今日早いね、会社に入籍報告できた?」と声をかけてきた。
「ううん、私クビになったの」
枕に顔を埋めて泣き出す私に、夫は「どういうこと?」と驚いた。私は夫に手を握られながら全てを話すと、「ずっと我慢してたのか、気付いてあげられなくてごめん。これからはずっと俺が守るからもう我慢しなくて良いよ」と慰めてくれた。
夫の言葉で何かが吹っ切れた私は、糸が切れたように声をあげて泣いた。翌日から私は、出勤しようと玄関を出ようとすると、足が震えて外に出られなくなった。ここから私と家族の、長く苦しい闘病生活が始まった。
いまだ社名と実名をあげて告発できず
精神科に通院しながら出産し、育児を続けていたある日、何もできない自分にイライラしていた私は、夕食後に皿を洗って拭いている夫に言いようのない怒りをぶつけた。なぜ私なんかと結婚したのか。なぜそんなにニコニコしていられるのか。なぜ私を見捨てないのか。
「どうして私は、あなたや息子を苦しめながら無意味に生きてるの?」
泣きわめく私に、皿を拭く手を止めて夫が困ったように笑いながら言った。
「そうだなぁ…。いろいろ質問されてどれから答えれば良いのか分からないけど、俺や息子がママ大好きだから、俺たちと生きていかなくちゃいけないんだと思うよ?」
夫の目にも涙が浮かんでいた。その日から私は、完全ではないものの病状が徐々に快方に向かっていった。今では天気のいい日に、長男と、その後に生まれた次男を連れて散歩にまで行けるようになった。
私を追い込んだ会社は、今も人を募集し採用している。新たな犠牲者を出さないためにも、本当はこのことを社名と実名をあげて告発しなければならないと思う。しかし心の傷が苦しすぎて、まだそれができていない。
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