2015年03月04日 10:31 弁護士ドットコム
川崎市の中学生殺害事件で、18歳少年ら3人の少年が逮捕されたことを受けて、少年法の改正を検討課題にすべきという声が与党幹部からあがっている。
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報道によると、自民党の稲田朋美政調会長は2月27日、「少年事件が非常に凶悪化しており、犯罪を予防する観点から、少年法が今の在り方でいいのか課題になる」と述べた。現行の少年法が定めている対象年齢を20歳から引き下げたり、加害少年の氏名を報道することを禁じる規制を見直したりする可能性を示した。
近年、未成年が加害者となる刑事事件がクローズアップされることが多いが、その一方で、ネット上では「少年事件は凶悪化していない」「何を根拠にしているのか?」といった反論や疑問も多数見られる。はたして、少年事件は「凶悪化」しているのか、刑事政策にくわしい九州大学法学部の武内謙治准教授に聞いた。
『犯罪白書』がウェブでも無料で見られるようになっていますので、その2014年版を参照しながら話を進めます(http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/61/nfm/mokuji.html)。
遠回りのようですが、まず、少年犯罪一般の動向について確認をしておきます。『犯罪白書』の「少年による刑法犯・一般刑法犯 検挙人員・人口比の推移」というグラフ(http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/61/nfm/images/full/h3-1-1-01.jpg)によると、少年の検挙人員は、刑法犯(刑法と一定の特別法に定められた罪を犯した少年)、一般刑法犯(刑法犯から自動車運転過失致死傷等を除いた罪を犯した少年)ともに、減少傾向にあります。また、人口10万人あたりの検挙人員を算出した人口比も減少しています。
その上で確認しておく必要があるのは、この検挙人員のうちの多くが軽微な犯罪である、ということです。『犯罪白書』の「少年による刑法犯 検挙人員(罪名別)」というデータ(エクセルデータ http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/61/nfm/excel/shiryo3-03.xlsx)を見ると、2013年は、窃盗と遺失物等横領が、刑法犯検挙人員の約57%(一般刑法犯の約74%)を占めています。それに対して、「凶悪犯」が占める割合は、約1%(一般刑法犯の約1.3%)です。
では、「凶悪犯」に関係する統計をみてみます。警察統計で「凶悪犯」とされている犯罪は、殺人、強盗、放火、強姦です。ここでいう「殺人」には、自殺関与・同意殺人のほか、未遂、予備、教唆・幇助も含まれています。
先に参照した「少年による刑法犯 検挙人員(罪名別)」によると、これらの犯罪はいずれも、長期的には減少傾向にあります。特に、殺人は2001年以降、減少を続けており、直近の5年間は50件前後で推移しています。統計でみる限り、「凶悪犯罪」が増えているとは言いがたいです。
なお、日本は、「国際犯罪被害実態調査」に参加しており、これまで法務総合研究所が4回の調査を行っています。直近の調査結果は、2012年版の『犯罪白書』(http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/59/nfm/mokuji.html)に掲載されています(「第5編 犯罪被害者」「第3章 犯罪被害についての実態調査」)。少年非行に特化した調査ではありませんが、犯罪被害の実態調査からみても、「凶悪犯罪」が増えている、とは考えることは難しいです。
以上のように、犯罪統計を手がかりにして考えてみると、少年事件の「凶悪化」を裏づけることは難しいでしょう。ただ、このような説明の仕方に対しては、「量や数ではなく質が問題である」という疑問が出てくるかもしれません。
非行や犯罪の「質」を証明することには難しい問題が数多くありますが、関心をお持ちの方は、戦後から1970年代終わりまでの新聞での事件報道を集めている赤塚行雄編『青少年非行・犯罪史資料(1)~(3)』(刊々堂出版社、1982年・1983年)を図書館などで参照されるとよいかもしれません。私たちが今日「凶悪」だと感じるような事件は、当時も存在したことが分かります。
少年法の改正、特に少年に対して刑罰を科しやすくすることによる犯罪予防の効果は、実証されていない、といえます。
犯罪予防には、大雑把にいって、社会で暮らす市民が犯罪に及ばないようにする「一般予防」と、非行や犯罪を行った者が再び同様の行為に及ばないようにするための「特別予防」があります。
特に重大な犯罪や凶悪犯に関して、刑罰による一般予防の効果を積極的に裏づけた科学的・実証的な知見はありません。特別予防の効果に関しては、むしろ社会とのつながりを断ち切りやすい刑罰を科すことで、かえって将来における再犯のリスクが高まるという考えもあります。
「犯罪予防」を語る際には、前提として、その「予防」が誰を対象としており、またどのくらい先を見据えたものなのか、ということを、あらかじめはっきりさせておくことも必要なのではないでしょうか。
少年法は、2000年以降、4度、大きな改正をされています。そのうち2000年の法改正は、まさに少年事件が増加・凶悪化・低年齢化しているという認識の上で、少年に対して刑事処分を科しやすくするものでした。また、昨年に行われた法改正は、これまでの刑罰の重さでは対応できない犯罪に対応できるようにすることを目的として、少年に対して科すことができる刑の上限の引き上げを行っています。
こうした一連の法改正が前提とする事実認識が客観的に正しいものであったのかどうか、また、一般論を超えて具体的事件においてどのように対応すべきなのかということは、当然のことながら、別途、検討が必要になります。
しかし、いずれにしても、新たに法改正を行おうとするのであれば、その前提として、これまでの法改正によりどのような効果(と、場合によっては副作用)が生じているのかを科学的に検証することは、避けて通れません。その上で、どのような効果を見込んで、新たに法改正を行おうとするのか、印象論にとどまらない、客観的、科学的な議論を行うことが不可欠です。
これまで行ってきた法改正による効果の検証・評価も踏まえた上で、(1)前提として、法改正を支えるだけの事実が客観的に存在するかどうか、ということを確認した上で、(2)事実が客観的に存在するとして、犯罪予防の観点から法改正にどのような効果を期待できるのか、また副作用をも考えて、そうした手段が果たして望ましいのか、ということを、具体的かつ冷静に検討することが必要になる、ということになります。
【取材協力】
武内 謙治(たけうち・けんじ)九州大学法学部准教授
著書『少年法講義』(日本評論社、2015年)、『少年司法における保護の構造』(日本評論社、2014年)。編著『少年事件の裁判員裁判』(現代人文社、2014年)、訳書『ドイツ少年刑法改革のための諸提案』(現代人文社、2005年)。
(弁護士ドットコムニュース)