2015年02月20日 14:51 弁護士ドットコム
「実際には閉店しないのに『閉店セール』を行うのは問題ではないか」。バレンタインデーの前日、立教大学の細川幸一ゼミに所属する学生たちが消費者庁へ「要望書」を出したとのニュースは、あちこちで報じられた。
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このユニークな調査を行ったゼミを率いるのが、立教大学で兼任講師としてゼミをもつ細川幸一・日本女子大学教授(消費者政策)だ。国民生活センターから大学教授に転身したという「異色の経歴」の持ち主である細川教授は、学生たちの指導にあたる思いを次のように語る。
「法学は、よりよい社会を作るために存在するものですが、学生たちは、判例や学説を勉強する受け身の姿勢になりがちです。しかし、法律は『紙に書かれた文字』なのだから、使わなければ意味がありません。
使うのは自分自身であり、社会に責任をもっているということを実感してもらいたい。誰でも消費者なので、一番身近な消費生活の問題からはじめる法学教育をおこなっていきたいと考えています」
細川ゼミでは、学生たちが教授とディスカッションを重ね、調査テーマを絞り込んでいく。今回は「閉店セール」が大きな注目を集めたが、それだけでなく、ほかにも2つの興味深い調査が要望書にまとめられている。
「ゼミ生18人を3グループにわけ、それぞれが議論の末、テーマを決めます。閉店セールの調査以外にも、家電製品販売で行われる『下取り』の価格設定は二重価格にあたるのではないかと調査し、同じく消費者庁へ要望書を提出したチームがありました。別のチームは、鉄道の運賃が高いので、就活生向けに割引サービスを始められないかとの提言をまとめ、与党の国土交通部会に要望書を出しています」
たとえば、10万円でテレビを売り出す業者が「どんなに古いテレビでも2万円で下取りします」と言っていることがある。一見、特別割引であるように見えるが、学生が調査してみると、下取り品の価値を査定せず、そのテレビは下取りありの値段の方が市場価格に近い。つまり、下取りなし価格の方が「価格の上乗せ」をしているのではないか、という問題提起だ。
一方、「就活生向けに鉄道運賃の割引を」という提言は、学生ならではの発想といえる。
「学生の貧困問題にも関心を持っているのですが、就活期間中はアルバイトもできないので、交通費は大きな負担です。学生が調査すると、就活期間の交通費は5万円を越えることもあるようでした。そこで、就活生向けの割引制度の導入を提言したのです」
消費者庁では、審議官と担当課長に要望を伝えた。与党幹部にも学生自らが提言を伝えたという。
柔軟な発想が必要なだけに、毎年の入ゼミレポートの問題からして、特色がある。たとえば、こんな内容だ。
・Xは神戸のホテルがPRしている「神戸牛ステーキコース」を食するために東京から神戸へ1泊旅行をし、食事の代金1万円を含め、旅行に総額5万円使った。食事をして半年後、そのステーキがオーストラリア牛であることが分かった。Xは同ホテルにいくらの賠償請求が可能か? Xは神戸牛を食べるために旅行をしたのだから5万円の賠償を希望している。(2014年度問題)
・A君は予約変更一切不可のアメリカまでの航空券を購入し、自宅の和光市から成田空港まで向かっていた。途中、東武線が信号故障で不通になり、予定の飛行機に乗り遅れた。A君にはどんな権利があるか?(2013年度問題)
問題の答えは何ですか? 細川教授にたずねると、こんな答えが返ってきた。
「正解はないですよ。学生は受験勉強に慣れているから、正解は1つだと思って、正解を探すための勉強にとらわれてしまう。考えずに、覚えておけばいいと思ってしまう。しかし、考えさせるのが法学であって、教授から『これが正解』というものではない。僕だって、正解が何か悩んでいます」
一風変わった法学教育の方針は、細川教授がたどった経歴から生まれたのだろうか。
大学では機械工学を学んだ細川教授だが、「技術を発展させるというよりも、技術に警鐘をならしたい」との思いから、卒業後は国民生活センターに就職。自動車などの製品テストを行ってきた。その傍ら、夜間の社会人向け大学で法学の勉強を重ね、2004年から日本女子大学の教員に就任した。専門は消費者政策だ。
「僕のやり方は、法律を教える前に、まず『問題』を出すのです。すると、必死になって考える。生活上の問題をぶつけると、どんな法律を適用するのかというところから始める。民法なのか、刑法なのか、行政法規なのかなどを必死になって調べ、問題解決の手段としての法律を理解するようになっていくのです」
細川教授は、次のように語った。
「法学はよりよい社会をつくるための学問です。まずは自分の自身の権利のために学んでいると実感をもってほしい。さらに一歩進んで、学生には、世の中に間違いがあれば、あきらめるのではなくて、正すことができないか考えてほしいと願っています。自分自身の被害回復をあきらめることは、加害行為を放置することを意味します。つまり、自分自身の問題というだけでなく、次の被害を生んでしまうという社会全体の問題でもあるのです」
細川教授が学生に発しているメッセージは、学生だけでなく、私たちの生活にも関係してくるといえそうだ。
「小さな声でも、声をあげてほしい。消費者被害は『少額多数被害』と言われます。1人あたりの被害は小さくても、被害を受けた人の数は多いですから。被害者がそれを放置したら、将来もそれが続くことになる。ならば、おかしいものはおかしいと声をあげること。立法府や行政庁に要望を出すことで、対応がとられれば、新たな被害を止めることができるのです」
(弁護士ドットコムニュース)