——昨年、あなたはマクラーレン・グループのCEOに戻りました。
「過去3年間、マクラーレン・オートモティブの経営に力を注いだ。それがマクラーレンの未来には欠かせなかった。会社を多角化する必要があった。それがマクラーレンが生き延びる道だからだ。しかし、今でもマクラーレンの核にあるのはF1だ。それが我々のアイデンティティだ。そして、F1にいたなら勝たなければならない。企業というのはトップが変わったり世界が変わると道を失うことが多々ある。企業というのは……この場合はF1チームだが……私はマクラーレンF1チームが方向を見失ったと感じたんだ。しかし、チーム代表というポジションには立ち入りたくなかった。このチーム代表というポジションをひとりで担うのは昔のことで、今はひとりで担うには大きすぎる仕事だ。会社も成長したので、それと同じ割合で仕事も広がった」
——マクラーレン・オートモティブにいたらF1には口は出せなかったわけですね。
「グループのCEOに戻った理由は、グループ全体の構造改革とチームの構造改革を行うためだ。オートモティブにいてはチームの改革は出来ない。だからグループのCEOとして戻って、例えばドライバーとより密接な立場で仕事をしようと思った。そうすることがチームを強力にすることだからだ」
——それにしても、マクラーレン・オートモティブは短期間に急速に成長しましたね。
「オートモティブのことは大いに誇りに思っている。F1もやっているからゼロからの立ち上げというわけではなかったけれど、工場を作ったり、生産ラインを作ったり、販売ネットワークを作ったりという意味では、ゼロからのスタートと変わらない。他社と比較するのは良くないが、例えば今年フォード・ヨーロッパは損失を出したが、我々は利益を出すことが出来た。2013年も、14年も利益を出すことが出来た。決して大きな利益ではないが、新モデルの開発をするだけのキャッシュフローを作り出すことが出来た点は自慢して良いと思っている。オートモティブの勢いは大きくなっている、優秀な経営陣も揃っている。だから私は、F1チームを再び成功させるために以前より長い時間をかけることが出来るようにと、グループのCEOに戻った」
——マクラーレン・グループの基盤がしっかりしていてこそ、F1チームの成功にも結びつく。
「マクラーレン・オートモティブの財務モデルはグループ内の他の会社とは異なるので、株式保有の構造も異なるけれど、オートモティブの株式の80%を所有しているのは全員グループの株主だ。だから、オートモティブの大株主は、チームでも大きな権限を持つ。しかし、オートモティブとチームの企業文化はまったく違う。このビジネスの特徴上、異なる必要がある」
——F1チームのビジネス形態が変化してきたということですか?
「そう、F1ビジネスのモデル自体があらゆる意味で大きく変化している。チーム経営に必要な技術が以前より難しくなっている。スキルが多様化しているからね。5年前、10年前には数学者も科学者もいなかったし、今ある規律の多くが存在しなかった。ビジネスが複雑になり、構造も変化した。財務モデルが変わった」
——過去2年のマクラーレンは、タイトル・スポンサーなしでレースを戦いました。それはF1ビジネスの変化を体現していると言えますか?
「F1参戦によって得る収入は、テレビ放映権やレース主催者からのものがかなりの割合を占めている。しかし、現在はスポンサーシップのモデルは劇的に変化していて、クルマのカラーリングもニュートラルなものになる可能性がある。なぜなら、カラーリングをコントロールできるほどの資金を出せる人や企業がいなくなったからだ。だから、我々は必要予算を分割して支払ってもらえるシステムを作る必要がある。それをベースに予算を組み立てる。幸運なことに、我々はエクソン・モービル、SAP、GSKのような巨大企業、ケンウッドやアケボノのような日本企業に支援してもらっている。今年はカルソニックもラインアップに加わる予定だし、ホンダも我々のパートナーだ。このように財務形態は変化している」
——スポンサー企業の業種も変わってきますか?
「そう思う。まず、既存のスポンサーから得られる収入とレベルが合わない契約に合意すると、ビジネスモデルが不安定になる。だから、そうしたスポンサーを見つけるまで独自に努力しなければならない。我々はグループとして技術開発や技術製品を開発・製造している会社を持っているので、プリンシパル・スポンサーが見つかるまでは技術ビジネスの利益をF1に入れようと思っている。今やタイトル・スポンサーはもう存在しなくて、プリンシパル・スポンサーの時代になったということだろう。我々は技術の会社なので、露出だけが目当ての消費者製品ではなく、技術の進歩を目指している技術系の企業と手を組みたいと思っている」
——プリンシパル・スポンサーとは?
「重要なスポンサーという意味だが、これまでタイトル・スポンサーが1社で出していた金額には届かなくても、F1活動を価値あるものと認めて出資してくれる企業だ。それも、我々はこれからは技術系の企業と手を組みたい。そのことによって、お互いの価値を高める方向に進んで行ける相手と一緒に仕事したい」
——新しいF1ビジネスの方向ですね。コリン・チャップマンが1968年にF1にスポンサーを持ち込んで以来、F1は商業化に邁進しました。その流れが今、マクラーレンによって変わろうとしていると理解して良いですか?
「新しい道を歩むということになる。我々はF1のビジネスモデルを変えようとしている。それには勇気とコミットメントが必要だ。でも、これは正しい方向だと思う。私がF1で働き始めた1966年から今までに、100余りのチームが入って来たり消えたりした。調べてもらえば分かるが206ほど(編集部調べでは204)だったと思う。平均1シーズンに4チームだ。これはF1コストが圧力になっているからだ。それをスポンサーマネーで賄おうとし、そのスポンサーが見つからない結果として小規模チームが消えていった。そのビジネスのスタイルを変えようとしている」
——例えばどのようにして?
「例えば、エンジンメーカー。今は大概自動車メーカーだが、彼らはエンジン開発費に糸目をつけないからエンジンの価格も非常に高いものになっている。それでは小規模チームには手が出せない。そこで最初はエンジンの価格を下げておいて、段階的にマージンを上乗せするようなシステムにすればいい。そうすれば小規模チームでもエンジンが手に入るはずだ。マクラーレンとホンダは状況が安定してくれば、他のチームでも購入できる価格のエンジンを提供するつもりだ。エンジンメーカー、自動車メーカーが研究開発費の負担を小規模チームに負わせるようなことになれば、それは詐欺のビジネスモデルになる。小規模チームにとってコストの負担が大きくなりすぎたら、彼らはF1が出来なくなる。マクラーレンはホンダと共に、そのビジネスモデルを変えていくつもりだ」
——貴重な話をお聞きしました。有り難うございました。