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「月給50万円。ただし、固定残業代を含む」こんな求人は「違法」じゃないの?

2015年02月15日 10:02  弁護士ドットコム

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インターネットの求人サイトをのぞいてみると、給与の欄に「月給50万円(固定残業代を含む)」といった表示をしている募集を見かけることがある。ここで使われている「固定残業代」というのは、どのような意味なのだろうか。


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本来、残業代(時間外手当)は、働いた時間にしたがって、通常の賃金から割増された額が支払われるはずだ。しかし「固定残業代」を採用している企業では、どんなに残業をしても、残業代が一定の金額に抑えられてしまうということだろうか。



そうだとすると、企業にとっては都合がいいが、労働者は割があわないような気がする。このような条件で労働者を働かせることは、違法なのではないか。労働問題に取り組む日本労働弁護団常任幹事の棗一郎(なつめ・いちろう)弁護士に話を聞いた。(取材・構成/関田真也)



●法律で認められているわけではないが「違法」とはいえない


――そもそも「固定残業代」とは、どういうものなのでしょうか。



労働者が1日8時間を超えて働くと、その時間分は残業代として、使用者が割増賃金を支払う必要があります(労働基準法37条)。



しかし、時間外労働が日常的になっている職場もありますよね。そのとき、割増賃金を計算する手間を避けて、使用者側の労務管理を簡単にするためのものとして、「固定残業代」という方法が存在します。



一定の割増賃金を、あらかじめ基本給に組み込んで支給する方法や、基本給とは別に「手当」という形で支給する方法があります。どちらも「固定残業代」という形をとっているという点では同じです。



――この制度は、法律で認められているのでしょうか?



積極的にこの制度を認める法律の規定はありませんが、判例では認められているものもあります。以下が、判例が示す条件です。



1 基本給のうち、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意されていること



2 労働基準法で決められた計算方法による割増賃金の額が、「固定残業代」の額を上回るときは、その差額を支払うことが合意されていること



3 実際に時間外の労働をした場合は、差額賃金が支払われていること



(小里機材事件・最高裁判決昭63.7.14、東京高裁判決昭62.11.30)



あらかじめ決められた時間について、残業代を固定すること自体は「違法」とはいえません。しかし、その決めた時間を上回る仕事を労働者が行っている場合は、その時間分についての残業代を、法律にしたがって支払う必要があるということです。



――しかし、会社としては、残業代を一定額以上払わないようにするために「固定」にしている場合が多いのではないでしょうか。



そうですね。正直なところ、この判例が示したルールは守られていないというのが現実です。そもそも、使用者と労働者の間で、条件1の内容について、合意がない場合がほとんでしょう。判例が示した基準を守ろうとすれば、結局、企業は労働者の働いた時間を正確に管理する必要がありますし、そもそも正しい運用に従うなら、「固定残業代」制度を用いるメリットはあまり大きくないのです。



しかし、このルールに従わず、働いた時間にかかわらず残業代を少なめに固定するのは、明確に法律違反です。労働者が働いた時間分の賃金を、使用者が支払わないことは「6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金」に問われる立派な犯罪行為でもあります。



●「固定残業代」という名前のイメージにだまされるな


――実際には、働く人の側も「固定残業代」という制度を理解していないことで、「適正な残業代が支払われなくても仕方がない」と考えている人が多いように思います。



「固定残業代」という名称は、あたかも「何時間働いても残業代を一定にする」ものであるという誤解を与えがちで、そういう気持ちになってしまう人が多いという現実は分かります。残念ながら、この制度は、企業の「残業代逃れ」の手口として、いま最も使われていると言っても過言ではないでしょう。



しかし、さきほども述べた通り、これはあくまで「あらかじめ決めた時間について、残業代を定額で支払うことを決めておく」というものです。実際に働いた時間分の残業代を請求することは可能ですから、言葉のイメージに惑わされないでほしいと思います。



――「固定残業代」制度を口実に残業代が支払われない場合、働く人としては、どのような対応をすればいいでしょうか。



賃金規定も含めた就業規則の内容や給与明細を見て、自分の給与がどのように支払われているのかを確認し、証拠をそろえたうえで、労働基準監督署に行くのがいいでしょう。



ただし、注意してほしいことがあります。企業と労働者の民事的な紛争に、行政は積極的に介入しないことになっています。ですから、単なる事実上の「相談」をするだけでは、行政はまともに相手をしてくれません。必ず、法律に基づいた「労働基準法違反の申告」(労働基準法104条)をしてください。



労働基準監督署と交渉するノウハウなどは、労働弁護団(http://roudou-bengodan.org)が持っています。戦後一貫して、労働者側、組合側で活動してきた弁護士グループです。毎週、労働相談のホットラインをやっていますから、自分でいきなり行動するのが難しいと感じた場合は、気軽に相談してほしいと思います。



――ただ、労働基準法を厳格に適用して残業代を完全に支払うことは現実的ではない、という意見も多いようです。



勘違いしている人たちが大勢いますが、日本だけ特別に、使用者に対する厳しいルールがあるというわけではありません。



労働時間を、原則1日8時間・週40時間にするという制度は、戦前から定められている国際的な条約によって決められたもので、完全に世界の標準となっています。日本で週40時間制が適用されるようになったのは1997年ですから、日本の労働時間規定が世界のルールに追いついてから、まだそれほど時間がたっているわけではないのです。



人生の時間は1日24時間と有限です。そして、それは労働をする人とその家族のためにあるものです。給料をもらえるからといって、雇用されたが最後、使用者に支配されても仕方ないというものではありません。このことを、決して忘れないでほしいと思います。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
棗 一郎(なつめ・いちろう)弁護士
第二東京弁護士会所属。1996年弁護士登録。旬報法律事務所所属(弁護士25名)。日弁連労働法制委員会事務局長。日本労働弁護団常任幹事。
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/