2015年02月13日 14:32 弁護士ドットコム
娘を強姦殺人で失った父親が、無罪となった犯人への「復讐」を誓い、周到な準備の末に猟銃で射殺する。その後、父親は自首して逮捕されるが、裁判員裁判により「懲役3年、執行猶予5年」の判決を受けた――。これは、現実に起きた話ではなく、2月7日にテレビ朝日系で放送されたスペシャルドラマ「復讐法廷」の中の出来事だ。
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あらすじは次のようなものだ。主人公の愛娘を強姦した上に殺害した犯人は逮捕されるものの、裁判で無罪判決が言い渡されてしまう。証拠となった自白が、取り調べ中の警察の暴力で無理やりに引き出されたと認定され、公判が維持できなくなったためだ。そこで「正義の鉄槌」を下すべく、田村正和演じる父親が、無罪放免となった犯人に仇討ちをするというストーリーだ。
最後に父親が受けたのは「懲役3年、執行猶予5年」という判決。これが確定すれば、刑務所に行かずに済むことを意味する。ドラマの視聴者にとっては、納得の展開かもしれない。しかし、刑法199条をみると、殺人をおこなった者は「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」に処されると書いてある。
現実の社会でも、このような判決が出ることはあるのだろうか。ドラマの結論は、単なるフィクションにすぎないのか。刑事事件にくわしい小笠原基也弁護士に話を聞いた。
「ドラマの中で、このような“軽い”判決が下った理由としては、まず、被害者が強姦殺人の『真犯人』という事実認定がされたことがあるでしょう。また、『一事不再理の原則』により、この被害者の刑事責任を問えなくなったため、“復讐”をした父親(被告人)には、動機の上で酌量の余地があるとみなされたのでしょう」
一事不再理とは、一度無罪になった人は、再び審理されて刑事責任を問われることはないと定める憲法39条に基づく原則だ。
「理論的には、最初の強姦殺人事件の裁判で『無罪』と判断されたとしても、その事実認定は、後の事件の裁判所を拘束しませんし、無罪判決の後に『実はやっていた』と犯行を自白する場合もあるので、このような事実認定はありうるでしょう」
小笠原弁護士はこう指摘する。実際、ドラマ中の“裁判”でも、父親の弁護人が集めた証拠により、被害者が強姦殺人事件の真犯人だという事実があぶりだされていった。しかし、だからといって、日本の法律が「仇討ち」を認めているわけではない。
「法が裁かない・裁けないからといっても、“復讐”は、法治主義の原則である『自救行為、私的復讐の否定』に反するとして、厳しく処罰されるのが一般的だと思います。なぜなら、これを許すと,報復の連鎖が生じるなど、国家に刑罰権を独占させた意味がなくなるからです。裁判員裁判においても、このことは検察官が指摘し、裁判官からも説明があるでしょう。したがって、計画性もあり、殺意も強固なこのような事件で、上記のような“軽い”判決が下ることは、リアリティがありません。
そもそも、殺人罪の法定刑は『死刑または無期もしくは5年以上の懲役』です。しかし、ドラマ内では、酌量の余地があるとして、酌量減刑(刑法66条)により、半分の『2年6カ月以上』まで軽減されたうえに執行猶予がついたと考えられます。しかし、仮に1審で出たとしても、控訴審で破棄される可能性が高いでしょう」
現実はドラマのようにうまくは運ばないのだ。しかし、小笠原弁護士は、現実の司法に活かすべき教訓が含まれていると指摘する。
「警察の取調べの全過程が録画されていれば、そもそも暴力による自白取得など起こりえないわけですし、自白取得に偏ることなく、地道な捜査により証拠を集めていれば、最初の裁判で有罪判決が出ていたかもしれません。また、証拠が不十分であれば、検察官はそのことを遺族に説明して不起訴処分とし、真犯人を解明する努力をその後も続けることで、法秩序が保たれたと思われます」
最後に、弁護士ならではの視点で、今回のドラマをこう評した。
「取調べの全過程の録画を含め、捜査や起訴、裁判が“適正”に行われることは、えん罪の防止だけでなく、真犯人の逃げ得を許さないためにも、必要なのだと思います。このドラマは、荒唐無稽なのではなく、権力が適正に行使されないことにより、被害者の人生も被告人の人生も大きく狂わせることになるということを、パロディ化したのかもしれません」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会 委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員
事務所名:もりおか法律事務所