「うちの会社は全国に事業所があり、社員は『全国転勤有』で採用してるけど、ある程度は勤務地の希望を聞いてもらえるんだろうな」
入社前、私はこのように考えていました。もちろんそんな優しい会社もきっとあるとは思いますが、しかし私が新卒で入社した会社はそうではありませんでした。
私が入社したのは、全国各地に事業所のあるビジネスホテルチェーン。入社後の集合研修期間中に配属先が決められ、研修最終日に配属発表がなされるシステムをとっていました。その配属発表の日のことです。(文:ユズモト)
発表に泣きそうな顔の子も。もしかすると…
研修中の面談では希望地の配属を聞かれており、人事部から「分かりました」と言われていたことから、私はそんなに不安は抱いていませんでした。
「名前と配属先を読み上げていきますので、聞こえたら返事をしてくださいね」と、人事の方は淡々と配属発表を始めました。まず1人目。
「足立君、宮城」
どよめきが起こりました。というのも、足立君(仮名)の出身地は中国地方。東北を希望する可能性は低いような…。実際、足立くんの返事はテンション低めでした。
次、2人目。「阿部さん、東京」。彼は東北出身で、希望順位が低かったのかどうかは分かりませんが、何だか微妙な面持ちです。3人目。「伊藤さん、大阪」。彼女も東北出身で、泣きそうな顔をしていました。
このあたりで私たち新入社員たちの多くは、「あれ? もしかして希望って通らないの?」と気付き始めます。そしてその後も、新入社員の希望を無視した配属発表は続きます。
中には希望が通っている人もいますが、それは出身地以外の場所を申告した人に限られるらしい、ということにも次第に気が付いてきます。
成長して欲しいから「深い谷に突き落とす」のか
そうするうちに、ついに私の名前が呼ばれました。告げられた配属地は、地元関西から遠く離れた場所でした。新幹線や特急電車1本では辿り着けず、移動は1日仕事という遠いところでした。
面接時に伝えた私の希望は、一切無視されていたのです。関西から近い地域から順に「第四希望:関東」まで伝えたはずなので、どれくらい遠くになったかは分かりますよね? 同期の多くも、基本的に出身地や希望地からかけ離れたところに配属されていて、その日は、
「俺、地元の東京を希望していたのに東北配属だって…」
「私なんか、札幌出身なのに九州配属だよ…」
という悲愴な声が始終聞かれました。しかし会社の配属命令には逆らうことができない新入社員は、社会の厳しさ、そして「全国転勤有」という言葉の重みをひしひしと感じながら日本各地へ旅立っていったのでした…。
しかし配属への不満が残っていた私は、配属先の事業所に馴染んできたころ、支配人に「何で、私こんな遠くに飛ばされたんですかねえ」とさりげなく聞いてみたことがあります。すると、こんなことを言われました。
「ユズモトは子ライオンなんだよ。親ライオンは子ライオンに成長して欲しいからこそ、深い谷に突き落とすんだよ」
本当は「這い上がってきた子だけ育てる」つもりでは
なるほど、配属先を決定する人事が親ライオンで、私は子ライオンですか。「可愛い子には旅をさせよ」ということわざもあるし、そういう考えで全員を遠隔地に飛ばしたのかと、当時の私は納得したのでした。
しかし「獅子の子落とし」とは「我が子を谷底に突き落とし、這い上がってきた子どもだけを育てる」ということ。支配人の言葉を突き詰めると、「苦難を与えてダメになる奴は見捨てる」「それでダメになる奴は仕方がない」ということになるのではないか。
そんなことに今、気付いてしまったのはここだけの話です。そういえば退職すると伝えたときも、割とあっさり受け入れてもらえたような…。いや、割と良い会社だったと思っていますし、これからも思っていたいので、これ以上深く考えるのはやめておこうと思います。
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