昨年まで、フェラーリでビークル&タイヤインタラクション・デベロップメントを務めていた浜島裕英。12月いっぱいで同職を退き、すでに日本に帰国している。ブリヂストン時代から、F1界で“ハミー”の愛称で親しまれた人物の、突然のフェラーリ離脱に、驚いた方も多いことだろう。
その浜島に、年明け早々都内で話を聞いた。
「スッキリしたかな、と思いますよ」
今の心境について聞くと、そう答えが帰ってきた。少々意外である。
「2015年の契約について、結論が出る前はもう少しやりたいなと思っていましたけどね」
契約の延長について結論が出るまでは、様々な思いが交錯していた。しかし今回の決定がなされたことで「スッキリした」ということのようだ。チームからは、『契約を継続しない』と告げられたものの、その理由についての説明はなかったし、あえて聞こうともしなかったという。
「聞いてもしょうがないですよ。F1では、決定が覆ることはないです。あちらがいらないと言うんであれば、そうなんだろうと思うしかありませんね」
昨年、フェラーリの組織は大きく変更された。4月にはチーム代表を務めていたステファノ・ドメニカリが解任され、会長のルカ・ディ・モンテゼモロも9月に退任している。その他、エンジン担当のルカ・マルモリーニ、チーフデザイナーのニコラス・トンバジス、エンジニアリングディレクターのパット・フライらも、チームを離れた。まさに大改革だ。浜島をフェラーリに呼んだのはドメニカリであり、彼の離脱が、浜島の去就に大きく影響しているだろうことは、想像に難しくない。
「(その影響が)無いとは言えないでしょうね。ステファノ(ドメニカリ)が辞めた時、『自分も危ないかな』と思いましたから」
浜島がフェラーリで過ごしたのは、2012年から2014年までの3年間。この3年は非常に楽しかったと浜島は語る。
「だって、タイヤのことだけを考えればいいですから。会社員だと、マネージメントの仕事もしなければいけない。まぁ、これは嫌いじゃないですが、当時は人事査定もしなきゃいけなくて、それがとても辛かった。そこから解き放たれて仕事ができたというのは、良かったと思います」
ただ、やり残したこともあると感じているようだ。
「もっと、現実のタイヤを認識してもらいたかったですね。今はほとんどを計算に頼ってしまうんです。実際のデータと乖離していた時の対処をもっと機敏にやるとか、そういう部分を徹底させたかった」
浜島は2012年1月、フェラーリ入りが決まった際、「チャンピオンを獲得すること」を抱負として挙げていた。しかし、残念ながらそれを果たすことができなかった。
「2012年が非常に残念ですよね。あれはチャンピオンを獲れた年。それができていれば、もう少し色々と違ったんじゃないかと思う」
そのキーポイントとなるのが、同年のカナダGPだ。このレースでフェルナンド・アロンソは1ストップ作戦を敢行し、2ストップを選んだマクラーレンのルイス・ハミルトンに敗れるどころか、5位に終わってしまっている。終盤にタイヤが急激にタレ、ペースが極端に落ちてしまったのだ。この時、浜島は2ストップ戦略を主張したが、チームは1ストップを選び、敗れた。そしてアロンソは、この年のランキング2位に終わった。チャンピオンのベッテルとの差は、僅か3点である。浜島にとって一番印象に残っているレースも、このカナダGPだそうだ。
「あのレースは一番染み付いています。なんで言うことを聞いてくれないんだろうと思いました」
「タラレバだけど、あそこで1点でも2点でも多く獲っていれば、結果が違っていた可能性が高い。チャンピオンシップでは、こまめに得点することが必要ですから」
また当時の浜島は、フェラーリ入りすることについて「“夢が叶う”のひとつ」と表現していた。そして実際にその“夢”を現実に経験した感想を、次のように語ってくれた。
「F1を引っ張っているチームに入れるということは、とても貴重な経験でした。そして以前はタイヤを供給する側にいて、今度はタイヤを使う側に立てた。今までとは違う側面を見れたということで、“夢が叶った”と言えるのではないでしょうか。そして、フェラーリは人を非常に大切にする会社でしたし、レーシングチームのオペレーションも経験できた。凄く勉強できた3年間だったと思います」
今は「スッキリした」とはいえ、「もう少しフェラーリで仕事をしたかった」と言う浜島。その最大の理由は、2015年から新たにフェラーリに加入する、セバスチャン・ベッテルの存在だ。
「セバスチャン(ベッテル)と仕事をしたかった。チームの中での彼を見たかったですね。運転技術とか、色んな部分でも彼の持ち味を勉強したかったと思います」
1993年以来の未勝利シーズンとなってしまった2014年のフェラーリ。かつてのミハエル・シューマッハーのように、チームを立て直す役割を担うことが、ベッテルにできるのか? 2015年のベッテルには、そんな期待もかかる。
「それは見てみたかったですよね」
浜島は自身の今後について、「まったくの白紙」だと語る。
「これは本当です。どっかのF1チームが声をかけてくれれば考えるし、国内レースでもいいし。半年プラスアルファは、フェラーリとの契約で、他のチームに入ることはできませんけどね。もう既にどこかのチームから声がかかっているんじゃないかって? それはノーコメントです。とにかく、またレースに関わりたいとは思います」
浜島を惹き付ける、モータースポーツの魅力とはいったい何なのか? 浜島は学生時代はもとより、ブリヂストン入社後もモータースポーツには全く関わりの無かった人物だ。しかし、突如モータースポーツタイヤの開発を命じられ、F1タイヤ開発の責任者を務め、世界で一番長い歴史を持つF1チームに招聘されるまでになった。
「モータースポーツは、技術を切磋琢磨していくという所が魅力です。それはタイヤを造るという意味でも、使うという意味でも。F1はもちろん良いですが、スーパーGTもいいんですよ。それこそ、タイヤメーカー同士で競争してるから、面白いですよね。その仕事も魅力あります」
しばしの休養を経て、浜島はまたレースの世界に戻ってくるだろう。どのカテゴリーのレースになるのかは分からないが、その時の浜島はどんな影響を、彼の周囲にもたらすことになるのだろうか?
※敬称略