今年からFIAジャン・トッド会長の肝いりで始まったフォーミュラE。9月の北京での開幕戦から多くの注目を浴びて、モータースポーツ界でもその存在感を高めている。我が国からは鈴木亜久里率いるアムリン・アグリ・チームが参戦、開幕戦では佐藤琢磨も登場して注目を浴びた。
このフォーミュラEを日本で普及させようと尽力する総合プロデューサーが広告代理店・電通のスポーツ局・金淳一部長。自身、鈴鹿8耐に参戦するほどの実力あるレーサーで、公私ともに長くモータースポーツに関わってきた電通マンだ。その金部長に、フォーミュラEへの想いを語ってもらった。そこには、単にモータースポーツに限定されない自動車の未来の形や新しい自動車社会が見え隠れしている。
――広告代理店の電通がフォーミュラE推進を買って出た理由は?
「広告会社の役割は、新しい発明に付加価値をつけ、社会を元気にすることです。これからの自動車社会を、エネルギーとエコロジーという観点から我々なりに考えてきましたが、やはり活発な議論を促すには、何かシンボリックなイベントが必要だなと感じていました。そんな時にヨーロッパでフォーミュラE構想が立ち上がり、すぐに提携しました。モータースポーツという切り口はインパクトがあります。フォーミュラEはそのモータースポーツでも今までの既成概念には当てはまらない新しいものです。これを使えば、モータースポーツの価値や認識を変えることが出来ると同時に、社会におけるクルマのあり方を変えていけるのではないか、そのきっかけになれるのではないかと考えたのです。人々が幸せに暮らせる自動車社会づくりに広告会社が果たせる役割を真摯に考えたら、電気自動車レースに辿り着きました」
――具体的に電通が果たす役割は?
「まず、日本でもフォーミュラEを認知してもらう必要がある。そのための全ての情報の集約と発信の窓口を担っています。例えば、テレビ放送については、ご存じのようにテレビ朝日さんにご協力いただき、毎戦熱い実況をお茶の間に届けていただいています。それ以外にも、様々なメディアの皆様にフォーミュラEの最新ニュースを取り扱っていただいています。これらメディア各社を細やかにサポートすることにより、その先のファンの皆様の満足に繋がると期待しています」
「次に、フォーミュラEに関わる企業様のサポートにも力を入れています。フォーミュラEには、これまでのモータースポーツ以上に日本企業が関われる領域がたくさんあります。参戦を検討する自動車メーカーはもちろん、商品をサプライする部品メーカーや、コンテンツ化を目指すエンターテイメント企業などなど、電気自動車であるがゆえに日本企業の強みが際立つ切り口が多数あります。またそれら技術面での取り組みは、実は実証広告のメッセージとしても最適です。おかげさまで多くの企業様からお問い合わせをいただいています」
――開幕から3戦が終了しましたが、フォーミュラEの現状はどのように認識していますか?
「手応えを感じていますね。どんなイベントでも卵からひよこが孵り、よちよち歩きからスタートし、年月を経て成長していきます。フォーミュラEもまだひよこの段階ですが、よちよち歩きの割りには力強いというか、面白い歩き方をするなと思っています」
――レース自体はどのようにご覧になっていますか?
「想像以上に面白く、ハイレベルなコンペティションになっています。また、ある意味“テレビ向き”なレースだなとも確信しています。ドライバーのレベルの高さ、公道ならではのタイトなコース設計、ローアングルのカメラポジション、ワンミスが命取りになる緊張感、それら全てが迫力ある映像作りに貢献しています。実は開幕前から、F1と比較した絶対スピードの遅さやエンジン音の無さゆえにつまらないレースになると揶揄する声もありましたが、正直気にしていませんでした。そもそも絶対的なスピードは遠近感の問題でテレビでは伝わりませんし、エンジン音も現場で空気を共有していなければ実感しづらいものです。逆に、フォーミュラEにはこれまでのモータースポーツにはなかった新しいお楽しみ要素が幾つもあります」
「例えば、電気自動車ということでバッテリーが要ですが、序盤に飛ばしすぎるとバッテリーの消費が大きい。その加減をどうするか、F1のタイヤマネジメントと同様にチームのストラテジーをエネルギーの観点から推測しながら見るのも楽しみ方のひとつです。バッテリーの残量がテレビ画面にリアルタイムで表示されるので、ドライバーの心理や性格を推し量ることもできますし」
「もうひとつはファンブーストです。ご存じのとおり、ファンブーストはファンが贔屓のドライバーに“元気玉”を送るというシステムで、送られたドライバーは他のドライバーより多くのエネルギーを使うことが出来ます。これは従来のスポーツの在り方を根本的に覆すもので、正直、開幕前は賛否両論ありましたが、エントラントからは今のところ好意的に捉えられています。これらの新しい施策の推移を見守りながら、ファンが楽しめる余地をより広げていくことが出来るようにと考えています」
——ファンが楽しめる余地を広げるとは?
「昨今、スタンドやお茶の間でレースを見る時に、片手にスマホやタブレットを携えて、テレビの画面とは異なる情報を得ながらレースを楽しむという方法が一般化しつつあります。F1では順位やラップタイムだけでなくチームラジオも聴けるアプリなどがありますが、そういうものをフォーミュラEでも整備して、レースを総合的に楽しめるようにしたいと思います。
もうひとつはゲームです。少し先の話になりそうですが、電気自動車ならではの特色を活かし、且つリアルのレースとシンクロしたゲームを作ろうとしています。バーチャルから生まれたスタープレーヤーがリアルドライバーと同じ文脈で評価されるような土壌を作りたいですね。フォーミュラEはそういうニーズに応えられるものだと思いますし」
——そういうアイデアを含めて、フォーミュラEが定着するにはこれからどうしようと?
「レースやスポーツに限らず、新しいコンテンツが定着するには非常に複雑な要因が絡むので、簡単にコントロール出来るものではありません。クライアントを抱える広告会社の立場としては言いづらいことですが、どんなに素晴らしい新商品や新サービス、新エンターテイメントでも、社会的な条件が整わなければ当たらないこともある。今、生まれたばかりのフォーミュラEがどうしたら多くの人に愛されるかということについても、ひとつひとつ、世の中の声を聞きながら、必要な施策を愚直に考え続けるしかありません。ただ、世界最先端テクノロジーを競う場であることと、世界中が注目している新スポーツであることは間違いないので、企業がガチ競争するにふさわしい環境作りと、ファンが感情移入できる対象作りは、怠ってはいけないと思っています」
——一般的に注目度は高いといえませんか?
「注目されている実感はありますが、意義や価値観や楽しみ方が定まってくるのはもう少し先かなと思っています。電通としても長い目で育てていくつもりです。今フォーミュラEのレーストラック上で起きていることが一般道で起こるのは5年~10年先ですし、一過性のブームで終わらせてしまっては、今の子供たちに失礼ですから」
(つづく)
金淳一
株式会社電通 スポーツ局 部長
各種スポーツイベントのプロデュースやアスリートのサポートをする傍ら、自身も2輪の国際A級レーサーとして20年の活動歴を誇る。鈴鹿8耐参戦4回。カート歴3年。